線香花火

銀足車道

マスタープラン

「す、鈴さんこれ」
 鈴さんにCDRを手渡した。
「自分で曲作ったんだ。聴いてみて」
「本当に。すごい、すごい!でも、うーん」
 と言って鈴は下を向いた。そして、顔を上げると何かを思いついたかのように言った。
「うれしい。うれしいけど、やっぱり返す」
「え?」
 俺は深い海の底へ沈んでいくような気分になった。ひどく落ち込んだ。計画は頓挫した。思いを伝えられなかった。もやもやとした心を、作り笑いで誤魔化して言った。
「そっか。わかった。そうだ。元村にでも聴かせてみるよ」
「私のために作ってくれたんでしょ?」
「まあ、そうなんだけど」
 俺は照れくさくて、頭を掻いた。そんな俺に鈴さんは笑って言った。
「じゃあ、聴かせてみてよ」
「でも。受け取ってくれないんでしょ?」
「直接。直接聴かせてよ」
「ど、どこで?」
「金手先生の実家の喫茶店で」
「ジャルーン?いつ?」
「八月二十三日。私の誕生日」
「わかった。八月二十三日にジャルーンね」
 うれしくて涙が出そうだった。鈴さんが俺の歌を聴いてくれる。それも、誕生日に。永島と会って祝うであろうそんな日に、そんな大切な日に、俺を優先してくれたんだ。しかし、浮かれていた俺に一気に緊張が走った。鈴さんの席の後ろのドアに、永島が立っていたのである。永島は、二人の友達と一緒に教室に入ってきた。
「面白そうじゃん。鈴、俺も行くよ。お前らも行こうぜ」
 永島の仲間は、「行く行く」と話しに乗った。鈴さんは、一瞬、嫌な顔をしたが、気を取り直してこう言った。
「いいね。いいね。皆で聴こうよ。大丈夫?」
「大丈夫。大丈夫。多い方が楽しいからさ」
 上等だ。鈴さんに必ず思いを伝えてやる。俺は武士だ。心に火が付いた。
 脇で一部始終を見ていた元村が、心配そうな顔をして俺に言った。
「俺も行くよ。香川と一緒に」
 香川とは、元村の仲の良い友達であり、俺ともよく話す間柄だ。
「僕も行っていいかな。友達連れて」
 そう言って教室に入って来たのは、大和実で、ニューサマー3が表紙の雑誌を握っていた。大和もまた少し心配そうな顔をしていた。
 元村も大和も、俺に何かあったらいけないと、思ってくれているのであろう。永島と、取り巻きの連中にボコボコにされるとか?まあ、そうなったらそうなったでかまわないんだけど、俺の友達が来るのは、少し心強い。
「よし、決まりね。後太朗君、楽しみにしてるわ」
「うん。みんな楽しんでね」
 こうして俺のいわばミニコンサートが、八月二十三日、金手の喫茶店ジャルーンで開かれることとなった。

コメント

コメントを書く

「文学」の人気作品

書籍化作品