線香花火

銀足車道

ドントルックバックインアンガー

 部屋に戻ると、元村はまだオアシスを聴いていた。
「この曲もいいんだよ。ソオー、サリィキャントウエーイ」
 と歌った。俺はまたしても感動した。ステレオから流れてくるその音楽にじっと聴き入った。素晴らしかった。ワンダーウォールとは歌声が違って、美しいというよりも、暖かい気持ちになった。
「これは『ドントルックバックインアンガー』。さっき歌ってたのは弟で、こっちが兄貴」
「兄弟でバンドやるなんて仲良いね」
「いや、それがすげえ仲悪いらしいんだよ。喧嘩ばかりしてさ。それでもう、解散しちまったらしい。不仲が原因かはわかんねえけどさ」
「まじかよ。ショックだわ」
 オアシスと同じ時代に生きられなかったことを悔やんだ。オアシスのライブに行ったという担任の金手が急に羨ましくなった。
「おめえがオアシスになれ。ほら弾いてみ。今日からお前はロックンロールスターだ」
「まかせろ」
 流れているオアシスの「ロックンロールスター」という曲を止めて、黒いギターケースを開けて、ギターを取り出した。そして、適当に弦を押さえて鳴らした。
「うわあ。下手くそ」
 それは、音楽ではなかった。けたたましい雑音が部屋中に響いた。これが、あのオアシスの「ワンダーウォール」のイントロのように鳴るのだろうか。少し不安になった。
 翌日、学校を終えると俺は電車に乗って下田へと向かった。イヤホンから流れるオアシスの歌は、車窓から見える景色を一変させた。広がる海、連なる山々を見て、まるでイギリスにいるかのように感じられた。いつもなら田舎臭いと嫌悪していた景色だが、今日は何だかオシャレに見える。伊豆の自然も捨てたものじゃない。
 下田に着くなり、俺は楽器店室井ミュージックへ向かった。そこで、チューナーとピック、「一週間で覚えるギター」という教則本とオアシスの「ワンダーウォール」が載っている楽譜を買った。他の店には立ち寄らず、弾ける胸の鼓動を抑えながら、わくわくとした気持ちで家に帰った。

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