線香花火
出会い
喜衛門は、稲取を発った。途中、今井浜で休みながら河津村に入った。天城かあ。よし、頑張ろう。と、気合を入れて山に向かって歩いていく。周りの景色は緑に変わり、涼しい風が葉を揺らし、シャラシャラと心地よい音が鳴っていた。
山の中腹にさしかかった頃、人影が見えた。旅人かなあ。喜衛門はじっと見つめた。人影はどんどん近づいてくる。木漏れ日に辺り、顔が照らされる。一人は、彫りの深い男らしい顔をしている。もう一人は色白く気品に満ちた顔をしていた。二人とも立派な着物を着ていて、腰には刀をぶら下げている。
喜衛門は、彫りの深い男が誰だかわかった。河津三郎祐泰である。喜衛門は以前、河津が、相撲をとっているのを見たことがある。小柄な河津が、身長六尺二寸(約百八十八センチ)の大男を投げ飛ばしたのである。この痛快な勝負の結果に、大きな歓声が湧いた。会場で喜衛門も、興奮しながら見つめたものだった。
「出たな、山賊め!」
河津は刀を抜き、喜衛門に斬りかかってきた。喜衛門は、弁解する前に、咄嗟に自分の刀を抜いた。そして、カキン!河津の刀を受けた。もしも、ここで「違います。私は漁師です。この刀は拾ったものです」などと弁解していたとしたら、忽ち斬られていたであろう。そんな時間はなかった。
「とおりゃあ!」
河津はまたしても斬りかかってきた。カキン!カキン!カキン!その全てを喜衛門は受けた。喜衛門の体は反射的に動いた。死にたくない。そんな必死の思いで受けたのかというとそうではなく。ほとんど、無だった。瞬間、瞬間に集中していた。ゾーンに入っていたのだ。
「やめい!やめい!」
もう一人の男が叫んだ。すると、喜衛門は我に返った。どうして、あんなに俊敏に動けたのであろうか。喜衛門は不思議でならなかった。河津は刀を下して言った。
「どうしてだよ。頼朝さん。こいつは山賊だぜ」
喜衛門は驚いた。自分の目の前に立っているこの色の白い男は、あの源氏の嫡流、源頼朝だ。
「こいつは、山賊ではない。鞘の家紋を見てみろ。北条さんのとこだ」
「ああ、本当だあ。わりぃことしたなあ」
喜衛門は胸を撫で下ろした。
「名をなんと申す?」
喜衛門は、また驚いた。なんと、源頼朝に名前を聞かれたのである。
「き、喜衛門と申します。漁師をやっております」
「漁師?!」
頼朝と河津は、声を合わせて驚いた。
「その武芸。漁師であるまい」
「そうだそうだ。俺が漁師に苦戦するわけねえ」
喜衛門は、褒められているようでうれしくなった。ただ、あの剣技はまぐれというより他ない。自分で動いたというよりも、体が勝手に動いたのだ。
「それが、漁師なんです。刀を合わせたのも初めてでございます。この刀は拾ったもので、北条さんの館へ届けに行く途中でございました」
喜衛門は頭を掻いた。頼朝と河津は、二人で顔を合わせて笑った。
「お主、気に入ったぞ。武芸の達者な漁師。こりゃあいい」
頼朝は、真面目な顔をして続けた。
「喜衛門、これからは、武士の世になる。もはや貴族になって落ちぶれた平氏の世は終わりだ。国司の圧政も終わるだろう。新しい時代を、わしがつくる。お主もついてこい。」
喜衛門は耳を疑った。
「私?」
「そうだ。武士になれ」
山の中腹にさしかかった頃、人影が見えた。旅人かなあ。喜衛門はじっと見つめた。人影はどんどん近づいてくる。木漏れ日に辺り、顔が照らされる。一人は、彫りの深い男らしい顔をしている。もう一人は色白く気品に満ちた顔をしていた。二人とも立派な着物を着ていて、腰には刀をぶら下げている。
喜衛門は、彫りの深い男が誰だかわかった。河津三郎祐泰である。喜衛門は以前、河津が、相撲をとっているのを見たことがある。小柄な河津が、身長六尺二寸(約百八十八センチ)の大男を投げ飛ばしたのである。この痛快な勝負の結果に、大きな歓声が湧いた。会場で喜衛門も、興奮しながら見つめたものだった。
「出たな、山賊め!」
河津は刀を抜き、喜衛門に斬りかかってきた。喜衛門は、弁解する前に、咄嗟に自分の刀を抜いた。そして、カキン!河津の刀を受けた。もしも、ここで「違います。私は漁師です。この刀は拾ったものです」などと弁解していたとしたら、忽ち斬られていたであろう。そんな時間はなかった。
「とおりゃあ!」
河津はまたしても斬りかかってきた。カキン!カキン!カキン!その全てを喜衛門は受けた。喜衛門の体は反射的に動いた。死にたくない。そんな必死の思いで受けたのかというとそうではなく。ほとんど、無だった。瞬間、瞬間に集中していた。ゾーンに入っていたのだ。
「やめい!やめい!」
もう一人の男が叫んだ。すると、喜衛門は我に返った。どうして、あんなに俊敏に動けたのであろうか。喜衛門は不思議でならなかった。河津は刀を下して言った。
「どうしてだよ。頼朝さん。こいつは山賊だぜ」
喜衛門は驚いた。自分の目の前に立っているこの色の白い男は、あの源氏の嫡流、源頼朝だ。
「こいつは、山賊ではない。鞘の家紋を見てみろ。北条さんのとこだ」
「ああ、本当だあ。わりぃことしたなあ」
喜衛門は胸を撫で下ろした。
「名をなんと申す?」
喜衛門は、また驚いた。なんと、源頼朝に名前を聞かれたのである。
「き、喜衛門と申します。漁師をやっております」
「漁師?!」
頼朝と河津は、声を合わせて驚いた。
「その武芸。漁師であるまい」
「そうだそうだ。俺が漁師に苦戦するわけねえ」
喜衛門は、褒められているようでうれしくなった。ただ、あの剣技はまぐれというより他ない。自分で動いたというよりも、体が勝手に動いたのだ。
「それが、漁師なんです。刀を合わせたのも初めてでございます。この刀は拾ったもので、北条さんの館へ届けに行く途中でございました」
喜衛門は頭を掻いた。頼朝と河津は、二人で顔を合わせて笑った。
「お主、気に入ったぞ。武芸の達者な漁師。こりゃあいい」
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「喜衛門、これからは、武士の世になる。もはや貴族になって落ちぶれた平氏の世は終わりだ。国司の圧政も終わるだろう。新しい時代を、わしがつくる。お主もついてこい。」
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