線香花火

銀足車道

はんまあさま

 喜衛門は海を眺めた。沖の方でカモメが群がっている。そして、足元に目をやると、長い棒のようなものが岩に挟まっていたので、喜衛門は、ざぶんと海に腰までつかると、その棒のようなものを、力を込めて一気に引き抜いた。
 それは刀であった。鞘を見ると家紋が描かれており、それは北条氏のものだとわかった。喜衛門は、八兵衛に見つからないように、それを岩の隅に隠した。
「おい!」
 そう言われて喜衛門は驚いた。隠した刀が見つかったかと思ったが、そうではなかった。
「鳥山があるぞ!舟出すべえ!」
「お、おう」
 このところ、不漁だったので、八兵衛の気分は最高潮であった。のっぺりとした凪の海を漕いで行く。期待に胸を膨らませながら漕いでいく。そんなウキウキとした八兵衛とは対照的に、喜衛門は難しい顔をしている。喜衛門は、漁のことよりも刀のことを考えていた。あの刀をどうするべきか。自分のものにするか。届けるか。そんなことを。
「なんだよありゃあ」
 カモメが群がっているさきには、黒く大きな塊が点々とあった。漕ぎ進めていくうちに、それが人間の死体だとわかった。それも武士だ。二人は異臭に鼻をつまんだ。
「仏様じゃねえか。どうするよお」
「どうするもこうも、葬ってやろうじゃよお。かわいそうに」
 喜衛門は、急いで船を漕ぎ、仲間の漁師たちを呼びに行った。集まった漁師たちは、目を閉じて手を合わせ、お経を唱えると、幾つもの死体を船に乗せ、港まで運び葬った。皆、へとへとだったが、善い行いをした。そんな満足感が疲れを少し緩和させたのだった。その証拠に皆、微笑んでいた。
 その年を境に、それまでの不漁は嘘のように終わり、イカとサンマが大漁に獲れるようになった。人々は、これをあの武士の仏様のおかげだと考え、その仏様を「はんまあさま」と呼び、毎年おまつりをするようになった。

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