放課後の事件簿〜この美人探偵は凄腕なのにやる気がない〜

黄舞

第13話

きらびやかな調度品が、互いに主張せずに落ち着いた色合いの室内に飾られている一室で、牧原は予定の時間の三十分以上も前から席について待っていた。
思えば高校生の頃に唯一の自慢だった武道で打ち負かされ、その後何度も気持ちを伝えたが拒絶され続けた恋がいま進展を迎えようとしている。

個室の扉が開き、店員に案内され入ってきた女性に牧原は釘付けにされた。忙しく凄惨な職業についた今でも、いや今だからこそ心のオアシスとして一時も忘れたことの無い彼の中の女神が目の前に現れたのだ。
『私は探偵になろうと思う』彼女のその一言で、牧原の進路は決まった。補佐が出来るよう、護れるように苦手だった勉強も本にかじりつきながら頑張った。彼女に馬鹿にされたくない一心で、気が付けば彼は警視正などという職にまで登りつめていた。

一歩、また一歩と思いの彼女が夢や想像ではなく実態を持って近付いてくる。牧原はただ呆けた顔でその扉の方に顔を向けたたまま固まっていた。

「おやおや。随分とおしゃれなお店ですね。さすが宗次郎さん。素敵なお店をご存知ですね」
「ここはよく両親と兄とで来るんですよ。味も良いし、何より普段行くお店の中ではリーズナブルです」

「なんだ。牧原。随分早いな。私たちの方がさすがに早く着くと思ったんだが。珍しく私の推理が外れたな。そんなに警察は暇なのか?」
「綾乃さん!! ど、どういうことですか!? これは!!」

「うん? なんだ? 飯を食わせてくれると言うから来たんだ。ここの肉は美味いらしい。宗次郎のお墨付きだから間違いない。ほら。座れ。さっさと始めるぞ」
「そ……そんなぁ。あんまりです……」

牧原はうなだれ、他の三人は思い思いに席に着き注文を始めた。結局さんざん飲み食いされた、主に綾乃にだが、おかげで牧原の財布の中身では足りず、現金主義の彼の唯一持っているカードを使って決済をした。

「美味かった。ご馳走になったな。ありがとう。牧原」
「ど、どういたしまして!! こ、今度はぜひ二人で行きましょう!!」

「ああ。まぁ、機会があればそのうちな」
「ほ、本当ですか!!?」

牧原は約束とも言えない口約束を至上の誓のように受け止め、上機嫌で帰って行った。

「さてと、私たちも帰るか。轟、飲んでないだろうな? 私と宗次郎を送れ」
「はいはい。分かってましたよ。どこへなりとも」

「そうか。じゃあ先に宗次郎を送ってくれ。予定より遅くなってしまったからな。それから私は……」

綾乃が送り届けられたのは先ほど訪れたばかりの毛利運業だった。社長が殺され、その妻と愛人が逮捕された会社には人の気配がほとんどなかった。

「よくやったな。とまずは褒めてやろう」

綾乃が話しかけた相手はゆっくりと振り向いた。どうやら仕事道具のトラックの手入れをしていたらしい。

「結局これでお前の思惑通りになった訳だ。しかしだ。どうやって夫人を焚き付けた?」
「何故俺だと分かった?」

そうとだけ笹山は答えた。

「夫人は車を運転しない。横尾もドライバーじゃない。そんな二人に今回の事件の計画が出来るとは思えない部分があった。そもそも社長が現れるトリックだ。あれはいくら坂があっても意図的にアクセルやブレーキ、ハンドルを操作しないとそう上手くはいくまい。ドライバーは共犯者。つまりお前だ」
「何故俺が社長を殺す必要がある? 社長には恩があった」

「ああ。そうだろう。だが、社長よりもお前が恩義を感じていたのはこの会社自体だ。社長がこの会社を畳むと決めた時、お前は社長に相談され反発した」
「そうだ。だが、誰も知らないはずの内容を何故お前が知ってる?」

笹山は焦るでもなく慌てるでもなく、ただ朗々と短い質問を続ける。

「相談されたのはお前だけじゃない。高橋と言うやつもお前の後に相談されたらしい。あいつは寡黙だがよく物事を見ている。信用されていたんだろう」
「なるほど……高橋か。あいつなら……あるかもな」

笹山はそうとだけ呟くと一度大きく息を吐いた。

「社長はいい人すぎた。この業界の業務体系を知っているか? 引き継ぎ運送なんてやる所は稀、一日車を運転しても少し寝たらすぐ仕事だ。一方この会社はその間逆を行っていた。社員が大事だとよ。それで会社を潰したら意味が無い」
「それで、畳むと公にする前に殺したのか?」

「殺したのは俺じゃない。奥さんと横尾の野郎だ。それはあんたの言った通りさ。ああ、これも高橋から聞いたんだ。あいつはほんとにどこから情報を仕入れてくるのか得体がしれねぇ」
「まぁ。私の推理でもお前はあくまで教え、その企みが上手くいくように少しだけ、ほんの少しだけ注意深くいつも通りに物を運んだだけだ」

笹山が鋭い目付きで綾乃を見据えた。

「俺を逮捕するのか?」
「何を馬鹿な。私は警察じゃない。それに仮に逮捕したとしても証拠不十分ですぐに釈放だろう。私はただ伝えに来ただけだ。私は分かっているぞ、とな」

「そうか……」

その一言のやり取りを最後に男は再び元の作業を始めた。綾乃は公道まで歩いていく。

「終わったんですか?」
「なんだ。轟。まだ居たのか」

「なんだはないでしょう。夜とはいえ暑い中待っていたのですから、少しはお礼を言ってください。私が居なかったらどうやって帰るつもりだったのです?」
「そうだな。礼を言う」

二人を乗せた車はべとつく暑さを残した夜の道を真っ直ぐに走っていった。

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