辺境暮らしの付与術士

黄舞@ある化学者転生3/25発売

第80話

ジェスターは右手を中空にかざし、円を描くと、その手には燃え盛る炎に包まれた、メスのグリフォンの頭部が握られていた。
まじまじと見つめた後、大きく息を吹きかけると、炎は消し飛び、後には鎮火し焼けただれた皮膚を晒す、頭部のみが残っていた。

「誰だ、てめぇは。いや? 見覚えがあるな? まさか・・・お前はあの時の・・・」
「おや? どこかでお会いしたことがあったでしょうかね? どうもいけませんね。私は人間にはあまり興味がないものでして・・・」

カインは視力を失った両目を手で抑えると、その場でうずくまるほどの痛みに耐えていた。
肩に乗るマチが心配そうに首を傾げて、カインの顔を覗き込んでいた。

「や、めろ・・・。そいつに手を出すな。貴様、何が望みだ?」

カインは辛うじて意識を保ちながら、突然現れたフードの男、ジェスターに問いかける。
ジェスターは、右手の頭部を弄ぶように空中で振り回しながら、カインに答えた。

「目的はもう手に入れましたから。いやぁ。今回はドキドキしましたよ。実がなる前にあなた達が現れた時は、思わず殺してしまおうかと、思ったものです。ああ。思い出しました。あなた、あの時の人ですね。よく生きていましたね」
「くっ。目的を達成したのなら、俺らには要はあるまい! ここから去ってくれ!」

カインはまるで懇願するかのような内容を、ジェスターに言い放つ。
ルークはその発言に驚き、目を見開くと、隣のララを見た。

カインと同じく、相手の強さに関する感性が優れたララは、ジェスターの出現に合わせて、大量の冷や汗を流していた。
ララのこのような状態を見るのは、ルークも初めてで、二人の様子から、少なくとも手を出したらただでは済まない相手だということが窺い知れた。

「私としては、目的の物が手に入った今、あなた達をどうこうするつもりも、意味もないんですよねぇ。ということで、お望み通り、私はこの場を去らさせてもらいますね」
「待って!」

仰々しいお辞儀をしたジェスターに向かって、サラが突然大声を上げた。
ジェスターは腰を折ったまま顔を上げ、サラに真っ直ぐに顔を向ける。

「あなた、タイラントドラゴンの心臓を奪った人よね? 今のお父さんの姿を見たら分かったわ。オークキングを倒した時にも近くにいたのね? 答えて! あなたはエリクサーの擬似薬を作ろうとしているの?!」
「エリクサーの擬似薬? あははははは! ああ。なるほど。あれはね。私が流したデマなんですよ。これらの使い道はそんなものでは無い。おっと、これ以上は言う訳にはいきませんね。それでは御機嫌よう」

ジェスターは再び顔を下げると、その格好のまま、どこかへ転移していった。
ジェスター消えると、痛みが消えたのか、カインはその場にすとんっと腰をおろした。

額には大量の脂汗が浮かんでいた。
カインは無事に退いてくれた事に安堵し、大きく息を吐いた。

兎にも角にも、これでこの辺りの魔物の危険性は管理解消されたはずだ。
これでようやくミスリルの発掘ができる。

「こいつはどうするんだ?」

ルークが、今にも倒れそうな瀕死のオスのグリフォンを指差し、誰にともなく聞いた。
オスのグリフォンは、メスのグリフォンに受けた傷から大量の血を流し、先程の魔法で気力も使い果たしたのか、地面に伏せた状態で、呼吸による胴体の伸縮だけを見せていた。

「こうなった以上、遅かれ早かれ死ぬのは間違いないと思うし、そのままにしてもいいんじゃないか?」

カインが答える。意図しなかったとはいえ、結果的にはこのオスのグリフォンの活躍があってこそ、この強敵に打ち勝つことが出来たのだ。
そのいわば戦友の命を、この手で断つのは忍び無かった。

「あ! カインさん! あれ! あの石、様子が変ですよ!」

ソフィが突然大きな声を上げ、地面に転がる緑色に強く輝く金属の欠片を指差した。
それは、カインが付与魔法をかけ、今までメスのグリフォンに保管されていた、オリハルコンの欠片だった。

「これ、風の精霊がすごい数集まっています。恐らくこの辺りに居た精霊全部が。これきっと精霊の卵ですよ・・・」

精霊の卵。魔力を込めると精霊が誕生し、眷属化出来るという、精霊術士垂涎のアイテムだった。
原因は定かではないが、風魔法に身近で晒され続けたオリハルコンは、カインの付与魔法とは別に、風の精霊にとって居心地のよい場所になっていたのかもしれない。

「ソフィちゃん。新しい精霊と契約したいと言っていたじゃないか。やってみたらどうだい?」
「いえ! それならカインさんの方が! 私じゃ羽化出来るかも分からないですし・・・」

「俺は魔力が切れて、もう無理だよ。それに、俺が上げたペンダントの効果で魔力も底上げされてるはずだ。試すだけ試してご覧よ」
「分かりました! やってみますね」

そう言うとソフィは、地面に転がっていたオリハルコンの欠片を拾い上げ、両手で包むと、魔力を込め始めた。
緑色の光は、輝きを増し、ソフィの両手を通してもその光を感じることが出来る。

やがて眩い光が広がると、ソフィの目の前に手の平サイズの、小さなグリフォンが目線の高さで一生懸命羽ばたき、浮かんでいた。

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