銀の魔眼は楽園を夢見る

黄舞@ある化学者転生3/25発売

第9話【同行者】

「素材細工鍛冶師?」

ノーラの紹介にミトラは首を傾げる。
説明を聞いてもさっぱりだった。

試しにククルの方を見ても、ククルも首を必死に横に振り、分からないとアピールする。

「知らないのも訳ないよ。あたしが作った言葉だからね!」
「ああ。ミトラ。ノーラはいい子だが、これに関しては俺もなんも言えん。鍛冶師は鍛冶師だって言ってんのに、一向に聞かん」

自慢げにふくよかな胸を反らすノーラに、ザイツは若干呆れ顔だ。
どうやらノーラのことは目に入れても痛くないほど可愛がっていても、いざ仕事の話、自分の領域になると変わるらしい。

「具体的には何をどうするんだ?」
「よくぞ聞いてくれた! いいかい? 鉱物ってのは物によって様々な性質を持つんだけど、所詮は塊。どう頑張っても特殊な形にしたり、機能を持たすのは難しい」

「うん、それで?」
「一方魔物の素材ってのは形も性能も様々だよ。下手な金属よりも硬いものや切れ味の高いものもあるんだけどね。ただこれは入手が困難で、数も少なく全てで武具を作るのは難しい」

ノーラの言う通り、魔物の体の一部は様々な細工を施され、様々な性能を持つ装飾品にされることが多い。
英雄と称されるような冒険者や物好きな王侯貴族には、魔物の素材で作られた強力な武器や防具を持つものも居るが、持っているだけで尊敬される、それほどに珍しい。

「だからね。あたしが目指してるのは、魔物の素材の良いところと鉱物の良いところを上手く使って、沢山の魔物の素材を使った武具を作るってことなのさ!」
「だからな。ノーラ。細工師は細工師だ。魔物の素材なんて種類は数限りないんだぞ? 剣一つまともに打てるようになってから夢は語れって言ってるだろう」

目を輝かせながら語るノーラに、父親のザイツはしかめっ面だ。
鍛冶師として裸一貫から自分の店を構えるまでになったザイツにとって、ノーラの話は浮ついた子供の戯言に聞こえるのだろう。

それでもノーラは信念があるらしく、師匠でもあるザイツに向かって持論を展開させる。

「だから父ちゃん! あたしが言ってるのはそれぞれの良いところを使うってことなんだよ! 剣だって刃と柄だと別々の金属を使うだろ? そこに魔物の素材を入れて何が悪いのさ!!」
「黙れ! そういう試行錯誤ってのはな、まず基本が出来てからするもんだ!! どうしてもってんなら、全部自分で用意してみろ!! 子供のおもちゃを作るのに店の素材を無駄にさせる訳にはいかねぇ!」

「もう! 父ちゃんの分からず屋!!」

売り言葉に買い言葉だが、ザイツも鍛冶師としての実力もプライドもある。
だからこそ、娘には自分と同じようにきちんとした仕事ができるように一つずつ着実に身に付けていってもらいたい。

そんな気持ちから語気が強くなるのも仕方がない。
しかし相手も鼻っ柱は強いが年頃で、頭ごなしに否定されれば反発も余計に強くなる。

ノーラはザイツに向かって叫んだ後、ずかずかと大股で店に裏に去っていってしまった。
それを見ながらザイツは大きく息を吐く。

「おっと。すまねぇな。みっともないものを見せちまって。それで、どうする? 間に合わせって言うのでもすぐには用意できそうもないが」
「うん。それはしょうがないけど。ねぇ。ザイツ。ノーラのことなんだけどね?」

「うん? ノーラがどうした? まさか坊主! 惚れたって言ったってダメだぞ。アレは坊主でもやらんからな!」
「いや。そういうのじゃなくて、お節介かもしれないけど、彼女のしたいようにさせてあげるのは無理かな? きっと上手くいくよ?」

その言葉を聞いた瞬間、ザイツは右の眉を上げる。
懇意にしている客であるミトラだが、やはり自分の領分に軽口を叩かれるのは面白くないらしい。

「念の為聞くが、どういう意味だ? ことと次第によっちゃあ、いくら坊主でも出てってもらうことになるぞ?」
「どういう意味も何も。そのままの意味だよ。彼女は鍛冶師も細工師もどっちの才能もある。本人がその気になれば、きっと彼女しか作れない武器や防具が作れると思うよ」

ザイツは目を閉じると、しばらく黙り込む。
正直なところ、ノーラに鍛冶師の才能がありながらも伸び悩んでいることは、ザイツも感じていた。

心の迷いは槌を振る勢いや正確性に表れる。
魔物の素材を使った構想を語ってから、それが表れたのも気が付いていた。

今のままでは鍛冶師としてもままならない。
集中するようにと厳しくしたつもりだったが、余計に集中力を欠いてしまう結果を導いてしまった。

ザイツは良き父であり、良き師匠であったが、年頃の女性の感情を上手く扱えるような器用さはなかった。
一度かけ違った歯車を自分の力だけで直すことが出来ないほどには、職人特有の頑固さもあった。

「なぁ。娘が、ノーラがそんな才能あるって本当か? 俺だってなぁ、応援してやりてぇ気持ちはあるんだよ。父親だからな。だが、世間は厳しい。生半可な技術じゃあ客がつかねぇってのも知ってるんだ」
「大丈夫。保証するよ。きっと上手くいく。あ、そうだ。だったらさ。こんなのはどうかな? ククルの剣をノーラに作ってもらうのは」

救いを求めるようなザイツの問いに、いつも通りミトラは自信満々に大丈夫と答える。
知らない人から見れば、どこか胡散臭いように感じるが、ククルはミトラの魔眼の能力を知っているし、ザイツは後押ししてくれる声がもらえればそれで良かった。

更に最近話題の【魔法剣姫】であるククルが使っていると宣伝出来れば、多くの人に認められる可能性が高い。
性能が高いことに越したことはないが、まずは認知されることが何より重要だ。

結果的にザイツはミトラの言葉で、歯車をかけ直す決心がついたようだ。
一度大きく頷いて、ミトラの手を取り託すようにして想いを告げた。

「そんなこと言ってくれるなら願ったり叶ったりだ。だがな、あいにく俺は鍛冶師だ。魔物の素材のことはちっとも分からねぇ。だから俺が調達することは出来ねぇ。それでもいいか?」
「うん。そこは本人にどうしたいか聞いてみるよ。ノーラの好きなようにさせるって言っていいんだよね?」

「ああ。構わねぇ。ただな。こっちも商売だ。勝手な発言かもしれねぇが、もらった分以上の経費はかけられねぇ。それは許してくれ。ノーラを応援してやりてぇが、それで俺らが店を畳むことになったら元も子もねぇからよ」
「分かったよ。こっちも先行投資のつもりだからね。多少高くついても目をつぶるさ」

父親であり師匠でもあり店主でもあるザイツから了承を取ったので、ミトラたちは店の裏に居るノーラの元へ向かった。
ザイツも同席すると言い出したが、今は居ない方がいいとミトラに言われ、気になりながらもご飯を食べに行った。

ノーラはすでに食事を終えていたようで、工房で必死に設計図を描いていた。
どうやら何とかザイツに認めてもらおうと、本人が考える『いいとこ取り』を形にしようと頑張っているらしい。

扉が開く音で、慌てた様子で図面を隠そうとしたが、入ってきたのがザイツではなくミトラたちだったことに気付き大きく息を吐く。
座っている椅子ごと体を向けると、困った顔で話しかけてくる。

「なんだ。あんたらかい。どうやってここに忍び込んだか知らないけど、早く出てった方がいいよ。父ちゃんに見つかったら大変だからね」
「うん。大丈夫だよ。ちゃんとザイツの許可は取ってあるから。あとは君に許可をもらうだけだ」

唐突なミトラの発言に、ノーラは怪訝な顔をする。
自分のなんの許可をもらうつもりなのか、全く話が見えなかったからだ。

自分だけ色々と見えすぎるせいで、他人から見ると説明不足になりがちなのは、ミトラの悪い癖だった。
もっと言葉を多くすればいいのかもしれないが、それもウザったいだろう、と思っているせいもある。

「ああ。実はね。ノーラにククルの新しい剣を作ってもらいたいんだ。もちろんどんな素材を使うかはノーラに任せるよ。欲しいのは、ミスリルのように魔力親和性が高く、ミスリルよりも丈夫な剣だ」
「なんだって!? そんなことっ。父ちゃんが本当に許したのか!?」

ミトラとは今日が初めての出会いであるノーラは、自分にとって夢のような話を語る相手を素直に受け入れることは出来なかった。
それでもまさに夢を実現出来るかもしれないという甘い誘惑を、無条件に突き放せるほど成熟もしていなかった。

「うん。全てノーラのしたいようにさせるって言ってたよ。嘘だと思うなら自分で聞いてくるといい。ただね。出来るだけ早く欲しいんだ。試作品って形でもいいからできないかな?」
「まさか……父ちゃんが……」

ノーラは目の前にいる黒髪の青年の言葉を真に受けていいのかどうか分からず葛藤していた。
ミトラの言う通り、この部屋を出た先に居るザイツに聞けば真偽は分かるのだが、そこで否定されるのが怖くて行動に移すことが出来ない。

嘘でもいいから、騙されたままでもここままミトラに従って、武器を作ることが出来たらどんなに嬉しいだろう。
そんなノーラの心の動きに気付いたのか、ククルが助け舟を出す。

「ミトラが言っていることは全部本当だ。私もその場で聞いていたから間違いない。しかし、疑う気持ちも分かる。そこでだ、持ってる分だけで申し訳ないが、前金を渡そう。私が使う剣だからな。私が払うのが当然だろう」

そういうとククルは今までの依頼で受け取った、個人の取り分のほとんど全てが入った袋を懐から出しノーラに差し出した。
恐る恐る受け取ったノーラは、中身を覗いて驚いた。

すでにいくつもの依頼を【銀の宿り木】に入ってから達成したククルだ。
報酬はパーティとしての蓄えや必要経費を抜いた後、四等分されるが既にかなりの額が溜まっていた。

少なくとも以前ククルが持っていたミスリルの剣ならば、十分にお釣りが出せるほどの大金だ。
もちろんまだ見習いのノーラは見たことも無いような額だった。

「ほ、本当に本当なんだな!? 父ちゃんが許したって。そうかぁ……あの父ちゃんが。ありがとう。分かったよ。金をもらった以上は必ず最高の仕事で答えてみせるさ」
「やる気になってくれたみたいで良かったよ、ククルもありがとう。でもね。パーティメンバーの装備は経費で出すから。後できちんと返すからね?」

やる気を見せてくれたノーラにミトラも一安心をする。
しかし、次のノーラの言葉がミトラを驚かせたのだった。

「ひとまず今できる限りの物はすぐに用意するが、それじゃあこの金額に相応しい仕事とは言えない。それにしばらくはカスタマイズやメンテナンスも必要だからね。父ちゃんはあたしの好きにしていいって言ったんだろ? 決めたよ! あたしは納得のいく武器ができるまで、あんたたちの冒険について行くことにしたからね!!」
「なんだって!?」

それほど広いとは言えない工房に、意気込んで語気を強めるノーラと、驚きのあまり目を見開いたままのミトラ、それぞれの声が響いた。

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