銀の魔眼は楽園を夢見る

黄舞@ある化学者転生3/25発売

第6話【英雄】

ミトラたちは無事に討伐を済ませたことを告げるため、村長ジラルドの家に来た。
四人を迎え入れたジラルドは、悲しそうな顔をしながらミトラより先に口を開いた。

「やはり無理でしたか……いえ、いいのです。希望を持つ方がおかしな話だったのですから」

ここを出てからまだ日も変わっていない。
四人の格好も砂漠の砂を被ったであろう砂埃以外は損傷も見当たらない。

期待させるようなことを言ったものの、やはり無理だと言いに来たのだとジラルドが早合点するのも無理はない。

「爺ちゃん! だから言ったでしょ! 冒険者なんてみんな金の亡者だって! どうせこいつらも最初は調子のいい事を言って、期待させておいてからもっと金を要求する気なんだわ!」
「こ、これ! テレサ。お客さんになんて事を。すいません……うちの孫が失礼を」

誤解を解こうと口を開いた瞬間に扉が勢いよく開けられ、一人の少女が入ってきた。
赤毛に紺色の瞳をしていて、この村の人の中では上等な服を着ていた。

どうやら村長の孫で、冒険者を快く思っていないらしい。
再び報告するタイミングを逸し、ミトラは苦笑いを浮かべる。

「それにこいつら何? 歳だって私とそう変わらないじゃない。魔物はバジリスクとかいう恐ろしいやつなんでしょ? そんなのこいつらに倒せるわけないじゃない」
「こら! いい加減にせんか!! お前のくる場所じゃない! 出ていきなさい!!」

なおもミトラたちを罵るテレサに、さすがのジラルドも青筋をたて怒鳴りつける。
諦めた、とは言ったものの、目の前の冒険者だけが未だに最後の希望の光なのだ。

「いーえ。止めません。せめてこいつらが【銀の宿り木】っていう凄腕のパーティだったら話は別だけどね。北の領主様の依頼であっという間にバジリスクを倒したのだと、さっき来た行商人が言っていたわ」
「なんだと?」

テレサの口から出たパーティ名に、思わずククルは声を出す。
他のメンバーは既に口に手を当てて笑いを押し殺している。

「ど、どういうことだね。テレサ。詳しく話しなさい。あと、この方々にこれ以上失礼なことを言うのはワシが許さん! 出来なければお前をこの村から追放する!!」
「ちょ、どういうことよ。そんな大袈裟な! ……分かったわよ。言葉を気を付ければいいんでしょ」

ここに到着して早々、ジラルドにはミトラたちパーティの名前は当然伝えてある。
孫が口にした凄腕のパーティが目の前に居て、それを当の本人が罵っていたのだからジラルドは気が気でなかった。

「えーっと、その凄いパーティはね。街に来たその日にバジリスクを倒してしまったそうよ。しかも無傷でね」

孫の話を聞くジラルドは、シワですっかり視界が狭まってしまった目を見開きミトラたちを見つめた。

「ところで、その凄腕のパーティとやらはどんなパーティだったか聞いたのかい?」

ミトラが意地の悪い顔付きでテレサに質問を投げかける。

「もちろん! 赤髪の戦士を筆頭に、土色の髪をした鉄壁の盾士、水色の髪をした神官。リーダーは黒髪の魔術師だって話よ。あんたらみたいな……」

そこでようやくテレサはあることに気付き、両手で口を塞いだ。
しかし最初に挙げた肝心の人物がいないと、再び言葉を続けた。

「た、ただ似てるだけよね……? 冒険者なんていっぱい居るでしょうし。それに赤髪の戦士じゃないもの……」
「うん。冒険者はいっぱいいるだろうけど、【銀の宿り木】って名乗れるのは俺たちだけかな。管理局がうるさいからね」

これ以上伸ばすと可哀想だと、ミトラは答え合わせをする。
ジラルドに言われてもなお不遜な態度を取り続けていたテレサの顔色は、みるみるうちに青くなる。

「でも凄腕って褒めてくれて嬉しいよ。もう前衛は赤髪ではないけれど、ククルの方がずっと優れた剣士だからね」

ミトラに褒められ、ククルは少し恥ずかしいような嬉しいような顔をする。
話を聞いているテレサは、自分の仕出かしたことにすっかり涙目だ。

「うちの孫が知らずとはいえ、本当に申し訳ありません! どうか、討伐の件。もう一度考えてはいただけないでしょうか?」
「あ。そうだった。あのね。ちょっと話が変な方向にいっちゃったけど。バジリスクは無事に倒したからね。もう大丈夫だよ」

「は?」

必死の思いで懇願するジラルドは、まるで日々の用事を済ました報告をするような軽い口調で発された言葉を理解出来ずに、間の抜けた声を上げてしまった。

「だから、この村の近くに居た三体のバジリスクはもう倒したんだよ」
「さ、三体も!?」

驚きのあまり、ジラルドは何をいえばいいか分からない状態に陥ってしまった。
若さゆえか先に立ち直ったテレサが代わりに質問を投げる。

「それは……それは本当でしょうか? もう私たちは魔物に怯えなくても?」
「うん。もうしばらく家畜を襲われることはないだろうね。もちろん人間も」

「あ、ありがとうございます!! なんとお礼を言えばいいか。それに……さっきは本当にごめんなさい。村の恩人になんて失礼なことを」

脅威が消えたという報に、テレサは喜色満面の笑みを浮かべ喜ぶ。
そして自分の非礼を深々と頭を下げ謝罪した。

「あ、でも北のガーミラ伯爵が最近砂漠の魔物の動きが活発になったと言っていたからなぁ。また他の魔物が来るかもね」
「そんな! どうすれば……」

喜んだのもつかの間、再び魔物が来るという言葉にテレサは嘆く。
そんなテレサを、ミトラは銀色の瞳で見つめていた。

「これは提案なんだけど。君が守ったらどうかな? 君にはすごい才能があると思うよ。うーん。そうだなぁ。俺の言う通りに鍛えてくれれば、一年もあればそこら辺の魔物なら倒せるんじゃないかな」
「え!? 私がですか?」

「うん。もちろん仲間は必要だけどね」
「私が……あ! でも、一年もかかるんじゃあ、間に合いません!!」

「っと、忘れるところだった。そこについては考えがあるんだ。ちょっとお願いがあるんだけど。いいかな?」



ポポイ村の村長の家の前に、この村に住むほとんどの村人たちが一同に集まっていた。
手にはそれぞれ思い思いの刃の付いた得物が持たれている。

そして何故か多くの者が、大小様々な容器を持っていた。
その村人の視線の先には、呼び集めた村長ジラルドと孫のテレサ、そしてミトラが立っている。

「ミトラ様。ご要望通り、動ける村人を全員呼び集めました」
「うん。ありがとう。それじゃあ、みんな良いかな? ジラルドさんから話は聞いていると思うけど、この先にバジリスクの死体がある。そのうち二体はなんと氷漬けで放置されてるんだ。今からそこに向かう」

集まる時に魔物を倒したとは聞いたものの、これから具体的に何をするのか分かっていない。
死んでるとはいえ魔物の住処に向かうと言われ、村人たちはざわついた。

「実はバジリスクの血は、高価な薬の原料になるんだ。みんなにはそれを採取するのを手伝ってもらう。一体だけでも馬鹿でかい。俺たちだけじゃとてもじゃないけど終わらないからね」
「なるほどな……」

ミトラの説明を村人たちと一緒に聞いていたククルは合点がいき、独り言を呟く。
結局村長からいちイェンも報酬を受け取らなかったミトラだったが、おそらくこの血を売った金を報酬代わりにしようということだろう、というのがククルの結論だった。

(しかしそれでも結果的に誰も損をしていないのだから、大したものだ)

とミトラを見直していたククルは、次の言葉で自分の考えが間違っていたことを知り驚愕する。

「それを売って、失った家畜の補填と、今後も増えるだろう魔物の襲撃に備えるための防壁作り。後は優秀な衛兵を雇う資金にして欲しいんだ」
「なんだとっ!?」

ミトラの話を聞いた村人たちは、初め意味が分からずポカーンとしていたが、徐々に理解し歓声をあげる。
ククルはミトラの考えが自分の想像の遥か上にいることに驚き、そして素直に感服した。

ミトラの補助魔法により身体能力を向上されたおかげで、村人たちは瞬く間にバジリスクの血を村まで運んだ。
あまりに量が多かったため、一体分の血で既に村にある容器はほとんど満たされてしまった。

ククルの提案で、もう一体は凍ったまま輪切りにして身体ごと村の近くへと運んだ。
魔法の氷で凍りついた身体は簡単に溶けることはなく、ククルが上手く調整したおかげで順番に溶け始め血を採取することが可能だろう。



「本当に……なんとお礼を言ったらよいか。ミトラ様。それにジルバ様、セト様、ククル様も。あなた方様は、村の恩人ですじゃ。村を代表して何度でもお礼を言わせてもらいますぞ」
「大丈夫。それにちょうど行商人が居てくれて助かったね。すぐに大商団を呼んできてくれるって言ったから。それまではちょっと血臭いけど我慢してね?」

全てが終わり、ジラルドがミトラたちに改めて礼を述べる。
ミトラはそんなジラルドに対して、驕るでも謙遜するでもなく、ただありのままにいつもと変わらず接していた。

これがミトラの当たり前なのだ。
そう思うとククルは心に暖かいものを感じた。

自分が小さい頃夢見た英雄。
決して飾らずそして驕らず、自然体のまま人々を救い苦難を乗り越え偉業を達成する。

そんな英雄が目の前に居るのが、はっきりと分かった。
今後どんな困難が待ち受けようとも、ミトラは行動を変えることはないだろう。

何故ならばそれが彼にとっての当たり前なのだから。
ククルは今後、ミトラの前にたちはだかるあらゆる困難に打ち勝つための剣になりたいと心から思った。

ミトラを守る盾は既に居る。
傷付いた時に癒してくれる仲間も。

ならば。ならばミトラ一人では打ち倒せないほどの敵を、一刀両断できる強力な剣。
そんな剣として、できる限り傍に付き添いたいとククルは神に誓った。

この日ミトラは、三人目となる真の仲間を手にしたのだった。

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