檸檬色に染まる泉(純愛GL作品)

鈴懸嶺

シンクロ

 オーディションまで後一ヵ月を切ったころから、私は毎日のように体重を計り、鏡の前で自分の体形と姿勢を細かくチェックするようになった。

 無論、自主的にはこんなストイックな事をやるはずもなく維澄さんからそうするように言われたから無理やりやっているだけなのだが……

 維澄さん曰く、体重は毎日同じタイミングで、出来れば朝起きて直ぐがいいとか。

 実は維澄さんからは体重は今のままで十分と言われていた。

 でも維澄さんは私より身長が少しだけ高いのに体重は私より少しだけ少ない。

 だからどうせなら維澄さんの体型に少しでも近付こうと私は少しだけ自分へのハードルを上げて維澄さんの体重を目指す事にした。

 お陰で、食事のカロリーや成分なども最近では相当に気を使うようになった。

 だから母が夜勤の時に私が作る食事が翔からは淡泊過ぎると大ブーイングになっている。

 フフフ、文句があるなら自分で作れ!!


 …… …… ……


 私がモデルになりたいという気持ちは維澄さんへの憧れからスタートした。

 維澄さんは実は未だにモデルという仕事が好きだという事に私は気付いた。だからその維澄さんの気持ちの中心にある、そのモデルを通じて私も彼女の気持ちに入っていきたい思ったのだ。

 つまり……

「維澄さんとの繋がりを深くしたい」

 これがモデルを目指す最大のモチベーションだった。

 しかし、今実際にモデルのトレーニングをする様になって私の気持ちは少しずつ変化してきている。

 勿論、維澄さんとの繋がりを深くしたいという想いは私の中心にある。でも今はそれだけじゃなくて、実際に維澄さんの立っていた場所で同じ風景を経験してみたいという願望が芽生えてきた。



 そんな頃に……

 美香からこんな指摘をされてしまった。

「檸檬さあ〜、流石に勘弁して欲しいんだけど……その外見」

「え?どういう事?」

「もうみんなの檸檬を見る目が羨望を通り越して戦慄に変わっている」

「何それ?意味わからないんだけど?」

「私ですら最近の檸檬の美しさが眩し過ぎて冷静でいられないよ」

「相変わらず大袈裟なんだよ、美香は。それに美香は私の外見とかに惚れたんじゃないでしょ?」

「……じ、自分で惚れたとかいうなよ!それに勘違いしてほしくないんだけど、私はメチャクチャ檸檬の外見好きだからね?」

「それをいうなら私だって美香の外見結構好きだなあ〜?」

「バ、バカ檸檬!」

 そう言って美香はゆでダコの様に真っ赤になってしまった。

「フフフ……美香は自分から話振っておいて自滅してるし」

「ホント、失敗した!……でもさ」

「え?なに?」

「檸檬の雰囲気、あの人にだいぶ似てきたよね?」

「え?そ、そうかな?それは嬉しいな」

「もう恋人ってよりは子弟って感じ?」

「それは地雷だよ!恋人じゃないんだからそう見えるわけないの!……それに実際弟子なんだからそう見えて当然だし」

「アハハ、檸檬ったら暗くなってんの……フン!仕返しだよ!」

「もう!そんなこと言うと美香のこと愛しちゃうからな!」

 ほら、また赤くなった。美香にはこれが一番効くな。

「あ、チョットやり過ぎたね、ゴメン。美香だからつい遠慮なくなっちゃう」

「いいのそれは、むしろ私も喜んでるから」

「え?そうなの?もしかして美香ってSっぽいけど〝ドM″だった?」

「そうだよ!今頃気づいた?でもそれは檸檬限定だけどね」

「美香?それ結構怖いんですけど?」

「そうだよ?だからあんまり檸檬のレベルが上がり過ぎると益々私は壊れていくから覚悟してね?」

「や、ヤバイ……美香がヤンデレになってる」

 端から聞けば随分過激な会話に聞こえるかもしれないが、この手の話は実は最近の美香との定番ネタ。

 だから会話も最初に比べて益々エスカレートして危険なゾーンに突入してる?!




 でも美香の言うこともよく分かる。

 綺麗になったかどうかは別としても、私の最近の見え方が大きく変わったのは維澄さんと一緒にいる時間が長いからだと思う。

 維澄さんは、最初に会ったときは全く感じなかったが、いざ自分がモデルをめざすようになって姿勢とか動作を気にするようになると維澄さんの姿勢や動作があまりに洗練されていることにつくづく驚かされている。

 きっと維澄さんはそうしようと思ってそうなっているわけでなく、もう自然とそれができているのだと思う。

 だから私は必死にそれを盗もうと努力しているのだ。

 モデル業がまさか職人のように「見て覚える」という要素があるとは思わなかったが、実は体重管理とか、ポージングの練習よりもこれが一番重要なのだと思う。

 夫婦が似てくくるように維澄さんとのシンクロ率が高くなるのは当然なのだ。だってほぼ毎日至近距離で意識的に真似しているのだから。

 もちろん「誰に似せる」というのは私のオリジナリティーを損なうことにもなるのかもしれないけど、私はそんなオリジナルで勝負するようなレベルではもちろんないし、すくなくとも維澄さんに似てくることのマイナス要素はまず無いと思っていい。

 だって、唯一世界を視野に入れることが出来た元カリスマモデルなんだからね、維澄さんは。

 だから、その一番弟子の私の出来が悪ければ維澄さんの伝説に泥を塗りかねない。

 今は図々しくもそんな心配までする様になった。

 まあ、これは私にとってはモチベーションを上げるいい材料なんだけどね。


 さあ、本番まで後わずかだ。


 こうなったらとことん維澄さんに近づいてやるぞ!

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