檸檬色に染まる泉(純愛GL作品)

鈴懸嶺

ならどうして?

 昨晩は、維澄さんの顔が頭にちらついてまた熟睡できなかった。

 昨日の最大のイベントは”美香からの告白”だったんだけど、なぜか思いだすのは維澄さんの顔だった。

 昨日、突然具合が悪くなって早退する時に”不安な目”で私を見つめたあの顔。

 まるで親から引き離される子供のような頼りない顔だった。

 美香は、維澄さんは私のことをかなり意識していると言った。

 もしかするとそうなのかもしれない。

 私が維澄さんに抱くのと同じような”恋愛感情”である可能性は少ないと思う。

 でも私を頼りにして、おそらく美香が指摘したように”私を美香に取られる”といった幼い独占欲のような感情はあったのではないかと思う。

 ならば……

 『維澄さんは、私が美香から告白されたと知れば、きっと心穏やかでないに違いない』

 そんな自分勝手な想像をしてしまうのだ。

 そう思ってしまったら、もう居ても立ってもいられない。

 だから今朝は”自分の中では”維澄さんを安心させるため”に”美香からの告白”を維澄さんにちゃんと報告しよういう結論に至った。

 まったく強引な論法だ。

 まったく自分勝手で自意識過剰な妄想でしかないのかもしれない。

 私は午後のアルバイトまで”この想い”を保留にすることなんてできず、通学前にお店に寄って維澄さんが出勤してくるのを待つことにした。

 私はいつもより30分早く家を出て、通学途中のドラッグストアーに立ち寄った。

 11月の盛岡の朝、寒空で待つのはちょっと辛いので、私は店のスタッフ控室で待つことにした。すると、いつもシフト表にある名前しかしらなかった午前勤務の方が珍しそうに私の姿を見ていた。

 唯一、私の顔を知る渡辺店長も、朝からいる私に訝しげに話しかけてきた。

「あれ?何してるの?」

「すいません勝手に店に入ってしまって」

「いや、それは構わないけど、忘れ物でもした?」

「いえ、ちょっと維澄さんに話があるので」

「へえ~そうなんだ」

 店長は、そのことには何も興味がないようだったが……

「せっかくならこのまま仕事に入ってもらうと助かるけど?」

 などと言いだした。

 もちろん冗談で言ってるのだろうが、目が本気なのが恐い。

「はは……学校休めって言うんですか?」

 私は苦笑いしつつ店長をいなしていると……

 維澄さんがスタッフルームに入ってきた。

 店長のお陰ですっかり緊張が緩んでしまった私であったが、維澄さん私服姿を見た瞬間に全身にじわじわと緊張感が戻ってきた。

 維澄さんは黒のタートルネックのニットにロングコート。例によってあまり目立たない、極めて平凡な服装だ。でもそんな平凡な服装だからこそ、≪維澄さんそのもの≫の美しさがむしろ異様に際立ってしまっているように感じた。

 私はそんな維澄さんの姿に見とれてしまい自分がなんでここにいるのかすら忘れてしまいそうになったくらいだ。

 しかし維澄さんが私の顔を見て驚きの表情をしたことで、私も一気に素に戻ることができた。

「な、なんで檸檬がいるの?まさか午前シフトじゃないんでしょ?」

「ハハ、そんな訳ないじゃないですか」

「そ、そうよね……じゃあなんで?」

 維澄さんは、やっぱり様子が少しおかしい。なぜかよそよそしく私と眼を合わせようとしない。

「維澄さん、もう体調はいいんですか?」

 私は維澄さんの質問には答えずに、そのことを聞いた。

「あ……ええ、もうなんとも。そういえばゴメンね昨日は、結構忙しかったでしょう?」

「ええ、よく維澄さんあんな忙しいのに一人でこなしていましたね?ちょっとびっくりですよ」

 ちょうどそんな和やかに会話で少しだけ場がなごんだところで、私はようやく切り出した。

「今日は……維澄さんに話があってきました。ちょっとだけ時間にいですか?」

「え?私に?どうしたの改まって……」

 維澄さんの表情に少しだけ緊張が宿った。


 始業まで時間があるので、スタッフルームでたむろする午前勤務の方がいる。

 ここでは話ができない。

「ちょっと店内でいいですか?」

 店内なら狭いスタッフルームよりは他人に話を聞かれずに済む。

 維澄さんがあの”ダサイ”ユニホームに着替えるのを待って、それから二人はスタッフルームから店内に入った。

「朝からすいません」

「話しって……何かしら?」

 維澄さんはやっぱり少し怪訝な顔をしている。

 私は前置きなしに切り出した。

「昨日、店を出た後、美香と話しました」

 そう言うと維澄さんは緊張の面持ちでつばを飲み込むしぐさをした。

「そして……美香に告白されました」

 維澄さんは、一瞬驚きの表情を見せたが≪予想通り≫思ったほどのリアクションではなかった。

「もしかして、想像してました?」

 維澄さんは答えなかった。

 否定しなかったという意味でこの沈黙の答えは明らからだ。

 維澄さんは昨日の美香を見ただけでやっぱりそれに気付いたんだ。

「そ、それで?……なんでそのことを私にわざわざ?」

 確かにそうだ、わざわざ朝に押し掛けて……意味が分からない。

 普通なら。



「維澄さんにはすぐに伝えたかったので」

「な、なんで?」

 維澄さんは一言そうったまま、表情を固くした。少し顔色が悪いようにも見えた。

「だ、大丈夫ですか?また顔色が悪い……」

「ご、ごめんなさい」

 そういいながら、また維澄さんは大きく深呼吸をした。

 私はこのままでは昨日の二の舞になると思い、結論を急いだ。

「美香の告白は、断わりました」

 維澄さんはその言葉を聞いて”ぎょっ!”として大きな目をひらいて私を見た。

「な、なんで?」

 なんで?

 ……とは?

 私が美香を断っこと?

 それとも、そんなことを維澄さんに朝わざわざ伝えにきたこと?

「だ、だから、どうしてそれを私に」

 やっぱりそっちか……

 私は少し焦りを感じた。

 自分の妄想が走り過ぎて維澄さんが話しについてきてくれていないという焦り。

「維澄さんには伝えるべきだとおもったので」

「な、なんで?」

「知っておいてほしいと思ったんです」

「そ、それじゃあ意味わからないけど?」

「どんな答えが欲しいんですか?」

 私はずうずうしく維澄さんを言葉で追い込んでしまっていた。

 混乱した維澄さんの表情を見て、私は少し話のトーンを柔らかなものにした。

「維澄さんは私の大切な友だちだから、内緒ごとはしたくなくて」

 すると維澄さんは微妙な表情をしたが、少しホッとしたようにも見えた。

 やっぱりここまでが限界か。

 これ以上深入りしない方がいい。

 今そんな結論を急ぐなんてありえない。


 維澄さんの顔色を見ると、さっきより顔の血の気がもどったようだ。

「それで……美香さんは大丈夫だった?」

「ああ……メッチャ泣かれましたよ」

「え!?」

「ああ……でも、もう十分話して、ずっと親友のままでいようってことで話しはついています」

「話しついてるって……それで美香さんは納得できてるの?」

「それは美香の気持ちの問題だから分らないけど……でも美香はこうなることをずっと前から想像して、それでも私の親友でいる覚悟はとっくにできたみたい」

「そ、そうなんだ」

「凄い子でしょ?」

「ええ……」

「私の自慢の親友だからね」

 私はわざと明るい表情でそう応えた。

維澄さんは私から目を逸らすと意外なことを言った。

「……やっぱり彼女が女性だから?」

「え?」

 何?……

 どういうこと?

「だから、檸檬は彼女が女性だから……その」

 維澄さんは、美香が女性だから、私は告白を受け入れなかったのか……そう聞いているのだろうか?

 まさか、そこまで切り込んでくるとは想像できず私も驚きの表情を見せてしまった。

 しかし……

「それは全く関係ありません」

 私は強い語気でこれだけははっきり伝えた。



 私は維澄さんの顔を見つめて、維澄さんの真意を探った。

 普通ならこの辺りで私の気持ちを悟ってほしいけど……維澄さんにそれを期待するのは無理なんだろうな。

「事情がいろいろあるんだよ……私にだって」

「そ、そうだよね」

「維澄さんにも色々あるようだし」

 私は上條さんの存在のことを思い出しながら意地悪くそう言い返した。

 維澄さんは困ったように……そして口をつぐんだ。

 私の想像でしかないが、もしかすると維澄さんも上條社長のことを思い出したのかもしれない。

 同性の上條社長が好きだったかもしれない維澄さんだからこそあんな質問をしたのではないか?

 そんな気がした。

 だとしたら……これ以上の深入りは禁物だ。

 そもそも、私の気持ち悪い自意識過剰な妄想に端を発した、維澄さんへのカミングアウトだ。

 結論を急ぐには私も維澄さんにも早い。

私も目的は十分果たした。

 維澄さんからしたら、そんな私の妄想に振り回されていい迷惑だったかもしれない。



 話しはこれで終わった。

二人はまたスタッフルームに戻って、私は渡辺店長に挨拶をして店を出た。

維澄さんは店の外まで見送りに来てくれた。

「また、夕方!」

 私はことさら明るい表情を作でそういってから維澄さんと別れた。

 別れ際、少しだけ維澄さんの表情が明るくなっていたように感じたのは……

 やっぱり私に都合のいい感想だったのだろうか……

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