檸檬色に染まる泉(純愛GL作品)
未来の芽生
岩手山に初雪が降ると、例年その一ヶ月後には盛岡市内にも積雪が記録される。
今年は10月の末には岩手山の山頂が雪化粧をしているのを見たからそろそろ積雪があっても決しておかしくない。
岩手の冬は東北の中でも「雪」より「氷」を連想する程に「寒い」し、「冷たい」土地だ。
今が夏だったら全く問題にはならなかった。しかし、この岩手の11月の寒さをなめてもらっては困る。
一体なんの話?
〝お風呂〝の順番の話しだ。だって底冷えする岩手の冬に……
「シャワーだけ」
なんてあり得ないから。
つまい、いま「湯ぶね」に入る順番が大問題なのだ。
〝そんなくだらない〝なんて絶対言わせない。だって私の入った湯ぶねに維澄さんが入るの?維澄さんが入った湯ぶねに私が入るの?どちらを想像しても頭がクラクラしてしまう。
そんな妄想で頭をいっぱいにしている私を尻目に……
「あ、俺は今日空手の練習でたっぷり汗かいてるから風呂は最後でいいから」
などと翔が余りに呑気にそんな事を言う。バカを言ってもらっては困る。最後に入ると言うことは、私が先だろうが、維澄さんが先だろうが……
どちらにしても維澄さんが入った湯ぶねに翔が入ると言うことだ。
そんなこと決してあってはならない!
なのに、なぜこの男はそんな暴言をサラッと言えるのだろうか?
私の声は図らずも1オクターブ程下がり、今度こそは許せないとばかりに翔を睨みつけて言った。
「なにを馬鹿なこと言ってんの?冗談でもそんな事を言って欲しくないから」
「はあ?俺なんか変な事言った?意味わかんね〜んだけど?」
意味わからない?
わかるでしょ?
てか……わかれ!!
「あんた維澄さんが入った湯ぶねに入ろうなんてどんだけエロいんだよ?」
「バ、バカじゃね〜の?!そんな事、誰も想像してね〜よ!ホンッと維澄さんの事になると檸檬おかしいから!」
「お、おかしいわけ無いでしょ?!」
そう反論して見たものの、正直その自覚は大いに感じていたので内心少し怯んでしまった。
そして〝こんなになっている〝自分に不安を感じつつもあった。
勝ち目が極めて低い恋にもう後戻りできないくらいにのめり込んでしまった自分に。
私はそんな不安を振りはらうように、殊更強い調子で翔に反撃をした。
「だったらあんたは、未惟奈ちゃんが入った湯にキモい男がエロい顔で入ってなんとも無いわけ?」
「なんで〝キモい男がエロい顔〝ってそこだけ具体的なんだよ!それ誘導尋問だろ?!」
「じゃあ未惟奈ちゃんが惚れそうなぐらいイケメンだったらどうなのよ?!」
「そ、それはどっちも嫌だけど」
「ほら!そう言うことなんだよ?」
と一瞬、勝ち誇った気になったが、したくもない想像を無理やりさせ、素で不快な表情になってしまった翔を見るとちょっと罪悪感を感じてしまった。
「分かったよ。俺はシャワーでいいから湯は落としとけよ」
翔はめんどくさそうにそう応えた。
「そ、そんな顔しないでよ。私だってこんなの初めてで悩んでるんだから」
「ホンッとに勘弁してくれよ。まあ、それは分からないでもないんだけどさ」
「そうよ、少しは私の身になってよ」
「けどさ直ぐに未惟奈の名前だすの止めろよ。洒落にならないんだから」
まあ、そうだよね。
翔だってきっと初めての恋で、しかもリアル有名人だもんね。
でも彼女はどんなに手の届かないほどに有名人でも異性だ。きっと私の恋よりずっと希望がある。そんな比較したってしかたがないのだけれど。
きっといつか私は立ち直れないほど打ちのめされる日がきっと来る。
「でもさ……」
「ん?」
「俺はこれでも安心してんだぜ?」
「え?……何を?」
「だって今まで檸檬が人を好きになるそぶりなんて全くなかったじゃん?」
「そうかもしれないけど、でも初恋が私くらいの人は結構いるでしょ?」
「檸檬の場合は人そのものに関心がなかっただろう?だから、人付き合いとか大丈夫かなって」
そうか翔から見るとそう見えてたんだ。確かに翔が言うように人とのコミュニケーションはうまくいっていたとは言い難い。
それでも端から見えてるほど、その事に関して自分にとっては深刻なことではなかった。
「だからちょっとヤバイ感じがしないでもないけど、好きな人に振り回されて必死になってるのはいいんじゃないの?人好きになったらみんな変態になるんだよ……ハハハ」
「なに自分の変態ぶりを正当化しようとしてるのよ〜」
そう意地悪くっつこんで見たものの……
そんな風に翔なりに心配してくれていたことは素直に嬉しい。
「檸檬もようやく人間らしくなってきていいんじゃないの?」
なんなのよ急に。さっきは私の方が恋愛相談してあげようなんて思ってたのに、翔から逆に励まされてしまうとか。あぁムカつく!
「檸檬って結構男子から人気あるじゃん?」
「え?なによ、突然?」
「正直俺の友達もガチで檸檬に憧れちゃってるヤツもいるわけよ。だから結構紹介しろって煩くてさあ」
「その話、私には全然届いてないんだけど?」
「だって紹介したって結果は見えてるだろ?」
「まあ……ね」
「だから檸檬が同性の……しかもあんなレベルの高い女性しか見えてないなんて男どもが知ったら檸檬は女神まで昇格しかねないよ」
「ええ?何よそれ?からかってるの?褒めてるの?」
「絶対届かないとこのに行ってしまった存在って感じ?それって女神特性って気がしない?」
なんだそれ?意味わかんない。でも翔なりに励ましてんだろうな、きっと……。
そうか、やっぱりまだ私の事結構好きだな……シスコンめ!
結局、我が家で勃発した「風呂問題」は、維澄さんが最初に入り、次に私。
そこで湯を一旦抜いた。
〝もう一回、お湯を入れなおせば?〝と翔には言ったんだけど翔もなんか意固地になってシャワーで済ませてしまった。
そう、だから私は維澄さんの入ったお湯に入らせてもらったのだ……
ああ……幸せ……
ハハ……
やっぱ私、かなりヤバイな……
…… …… ……
「檸檬ってホント、スタイルいいよね?」
「へ?」
お風呂上がり、維澄さんの湯上りの姿にうっとり見惚れているといきなり維澄さんが、爆弾を投下してきた。
「だって今日貸してもらった下着もこのナイトウェアもピッタリ。檸檬じゃなかったら、私、今日、泊まれなかったよね?」
「それって維澄さん、自分のスタイル自慢してるって分かってます?」
私はそんな軽口で突っ込んで見たが維澄さんのそんな言葉でニヤケてしまうのを誤魔化すのに必死だった。
「そ、そういう意味じゃなくて、檸檬のスタイルの話」
フフ慌ててる。とても二十代の女性とは思えない反応。やっぱ愛おしいな。
「じゃあ、私も維澄さんのようなモデルになれるって事?」
「それはなれるわよ?檸檬なら」
え?今、随分とサラリと言ったわよね?そんな言い方されるとリップサービスとかじゃなくて、なんか……
「そ、そんなお世辞言わないでくださいよ?維澄さんが言うと本気にしちゃいますよ?」
「お世辞なんて言ってないけど?」
「そ、そんな無理に決まってるじゃないですか!」
「檸檬?一応、私元モデルだよ?」
「し、知ってますよ!もう、だからそんな真剣に言われると勘違いしちゃうじゃないですか?」
「檸檬がやる気があるならなれるわよ?絶対に」
いつもふんわりしている維澄さんらしからぬ力強い口調が妙に説得力をもって私の心に入ってきてしまった。
え?
私がモデル?
昔の維澄さんと同じモデルに?私がなる?そうなれば私は維澄さんという存在に近付けたりするのだろうか?
そんな想像をしてしまうと震えるような恍惚感に満たされてしまった。
なりたい。モデルに。維澄さんという存在にもっと近づきたい。
私は突然降って湧いたそんな未来に想いを馳せ、ついついボ〜っとしてしまっていた。
しかし維澄さんは、私のそんな想いには気付くはずもなく当面の問題に話題を移した。
「夕食はどうする?」
ああ、そういえばまだだったな。母が夜勤の日は大抵私が簡単に料理をする。
だから……
「あ、私作るから、チョット待ってて」
と言ったのだが……
「私にご馳走させて!」
維澄さんが前のめりに言ってきた。きっと維澄さんのことだから今日の事で迷惑かけてしまったと心を痛めているのだろう。
私はもしや維澄さんが手料理でも作ってくれるのかと一瞬期待したがのだが、維澄さんは携帯をおもむろに取り出して……
ピザ屋に電話をしはじめた。
まあ、そうだよね。維澄さんだもんね。フフフ……そんなこと言ったらまた子供のようにむくれそうだな。
食事が終わると翔が気を使って?直ぐに自分の部屋に行ってしまったので、私達も私の部屋に向かう。
維澄さんは私と一緒のベッドで……
なんて甘い展開が起こるはずもなく維澄さんは私のベッドで、私は来客用の布団で寝る事になった。
私は〝モデルになりたい〝と言う気持ちが芽生えた事が嬉しすぎて、夜な夜な維澄さんと楽しいモデル話をするつもりで浮かれていた。
しかし、残念ながらとてもそんな雰囲気ではなくなってしまった。
二人で私の部屋に入ってから私は維澄さんのモデル時代の写真を机に置いたままだった事に気づいた。
維澄さんは、目敏くその写真を見つけて、暫く見つめていた。ただ、最初は維澄さんが今更自分のモデル時代の写真を見続けていることの意味に気付けなかった。
だってモデル時代の維澄さんに憧れていたことは既にバレてるし、今日の会話からはこれに関して維澄さんから不快な感情は感じられなかった。
翔との口論でどさくさに〝元モデル〝という話題が出てしまった時も、維澄さんから全く〝陰〝を感じることは無かった。
でも維澄さんはその写真を見る目は、なぜか苦痛に満ちていた。
なぜ維澄さんの表情は、こんなにも辛そうなんだ?
私はここに来てようやく思い出した。
やっぱり忘れてはいけないんだった。理由は分からなくても維澄さんが、”過去の写真”を見ただけでこんな表情にしてしまう〝何か〝がモデル時代にあったと言う事を。
そんな維澄さんの、こんな顔を見てしまったら、とてもじゃないが楽しいモデルトーク話なんかできるはずもなかった。
この写真を見て様子が変わってしまった理由を、私はとても聞くことも出来ない。
だからその夜は微妙な空気感の中、二人で他愛もない話を少ししていつの間にか眠りについてしまった……
今年は10月の末には岩手山の山頂が雪化粧をしているのを見たからそろそろ積雪があっても決しておかしくない。
岩手の冬は東北の中でも「雪」より「氷」を連想する程に「寒い」し、「冷たい」土地だ。
今が夏だったら全く問題にはならなかった。しかし、この岩手の11月の寒さをなめてもらっては困る。
一体なんの話?
〝お風呂〝の順番の話しだ。だって底冷えする岩手の冬に……
「シャワーだけ」
なんてあり得ないから。
つまい、いま「湯ぶね」に入る順番が大問題なのだ。
〝そんなくだらない〝なんて絶対言わせない。だって私の入った湯ぶねに維澄さんが入るの?維澄さんが入った湯ぶねに私が入るの?どちらを想像しても頭がクラクラしてしまう。
そんな妄想で頭をいっぱいにしている私を尻目に……
「あ、俺は今日空手の練習でたっぷり汗かいてるから風呂は最後でいいから」
などと翔が余りに呑気にそんな事を言う。バカを言ってもらっては困る。最後に入ると言うことは、私が先だろうが、維澄さんが先だろうが……
どちらにしても維澄さんが入った湯ぶねに翔が入ると言うことだ。
そんなこと決してあってはならない!
なのに、なぜこの男はそんな暴言をサラッと言えるのだろうか?
私の声は図らずも1オクターブ程下がり、今度こそは許せないとばかりに翔を睨みつけて言った。
「なにを馬鹿なこと言ってんの?冗談でもそんな事を言って欲しくないから」
「はあ?俺なんか変な事言った?意味わかんね〜んだけど?」
意味わからない?
わかるでしょ?
てか……わかれ!!
「あんた維澄さんが入った湯ぶねに入ろうなんてどんだけエロいんだよ?」
「バ、バカじゃね〜の?!そんな事、誰も想像してね〜よ!ホンッと維澄さんの事になると檸檬おかしいから!」
「お、おかしいわけ無いでしょ?!」
そう反論して見たものの、正直その自覚は大いに感じていたので内心少し怯んでしまった。
そして〝こんなになっている〝自分に不安を感じつつもあった。
勝ち目が極めて低い恋にもう後戻りできないくらいにのめり込んでしまった自分に。
私はそんな不安を振りはらうように、殊更強い調子で翔に反撃をした。
「だったらあんたは、未惟奈ちゃんが入った湯にキモい男がエロい顔で入ってなんとも無いわけ?」
「なんで〝キモい男がエロい顔〝ってそこだけ具体的なんだよ!それ誘導尋問だろ?!」
「じゃあ未惟奈ちゃんが惚れそうなぐらいイケメンだったらどうなのよ?!」
「そ、それはどっちも嫌だけど」
「ほら!そう言うことなんだよ?」
と一瞬、勝ち誇った気になったが、したくもない想像を無理やりさせ、素で不快な表情になってしまった翔を見るとちょっと罪悪感を感じてしまった。
「分かったよ。俺はシャワーでいいから湯は落としとけよ」
翔はめんどくさそうにそう応えた。
「そ、そんな顔しないでよ。私だってこんなの初めてで悩んでるんだから」
「ホンッとに勘弁してくれよ。まあ、それは分からないでもないんだけどさ」
「そうよ、少しは私の身になってよ」
「けどさ直ぐに未惟奈の名前だすの止めろよ。洒落にならないんだから」
まあ、そうだよね。
翔だってきっと初めての恋で、しかもリアル有名人だもんね。
でも彼女はどんなに手の届かないほどに有名人でも異性だ。きっと私の恋よりずっと希望がある。そんな比較したってしかたがないのだけれど。
きっといつか私は立ち直れないほど打ちのめされる日がきっと来る。
「でもさ……」
「ん?」
「俺はこれでも安心してんだぜ?」
「え?……何を?」
「だって今まで檸檬が人を好きになるそぶりなんて全くなかったじゃん?」
「そうかもしれないけど、でも初恋が私くらいの人は結構いるでしょ?」
「檸檬の場合は人そのものに関心がなかっただろう?だから、人付き合いとか大丈夫かなって」
そうか翔から見るとそう見えてたんだ。確かに翔が言うように人とのコミュニケーションはうまくいっていたとは言い難い。
それでも端から見えてるほど、その事に関して自分にとっては深刻なことではなかった。
「だからちょっとヤバイ感じがしないでもないけど、好きな人に振り回されて必死になってるのはいいんじゃないの?人好きになったらみんな変態になるんだよ……ハハハ」
「なに自分の変態ぶりを正当化しようとしてるのよ〜」
そう意地悪くっつこんで見たものの……
そんな風に翔なりに心配してくれていたことは素直に嬉しい。
「檸檬もようやく人間らしくなってきていいんじゃないの?」
なんなのよ急に。さっきは私の方が恋愛相談してあげようなんて思ってたのに、翔から逆に励まされてしまうとか。あぁムカつく!
「檸檬って結構男子から人気あるじゃん?」
「え?なによ、突然?」
「正直俺の友達もガチで檸檬に憧れちゃってるヤツもいるわけよ。だから結構紹介しろって煩くてさあ」
「その話、私には全然届いてないんだけど?」
「だって紹介したって結果は見えてるだろ?」
「まあ……ね」
「だから檸檬が同性の……しかもあんなレベルの高い女性しか見えてないなんて男どもが知ったら檸檬は女神まで昇格しかねないよ」
「ええ?何よそれ?からかってるの?褒めてるの?」
「絶対届かないとこのに行ってしまった存在って感じ?それって女神特性って気がしない?」
なんだそれ?意味わかんない。でも翔なりに励ましてんだろうな、きっと……。
そうか、やっぱりまだ私の事結構好きだな……シスコンめ!
結局、我が家で勃発した「風呂問題」は、維澄さんが最初に入り、次に私。
そこで湯を一旦抜いた。
〝もう一回、お湯を入れなおせば?〝と翔には言ったんだけど翔もなんか意固地になってシャワーで済ませてしまった。
そう、だから私は維澄さんの入ったお湯に入らせてもらったのだ……
ああ……幸せ……
ハハ……
やっぱ私、かなりヤバイな……
…… …… ……
「檸檬ってホント、スタイルいいよね?」
「へ?」
お風呂上がり、維澄さんの湯上りの姿にうっとり見惚れているといきなり維澄さんが、爆弾を投下してきた。
「だって今日貸してもらった下着もこのナイトウェアもピッタリ。檸檬じゃなかったら、私、今日、泊まれなかったよね?」
「それって維澄さん、自分のスタイル自慢してるって分かってます?」
私はそんな軽口で突っ込んで見たが維澄さんのそんな言葉でニヤケてしまうのを誤魔化すのに必死だった。
「そ、そういう意味じゃなくて、檸檬のスタイルの話」
フフ慌ててる。とても二十代の女性とは思えない反応。やっぱ愛おしいな。
「じゃあ、私も維澄さんのようなモデルになれるって事?」
「それはなれるわよ?檸檬なら」
え?今、随分とサラリと言ったわよね?そんな言い方されるとリップサービスとかじゃなくて、なんか……
「そ、そんなお世辞言わないでくださいよ?維澄さんが言うと本気にしちゃいますよ?」
「お世辞なんて言ってないけど?」
「そ、そんな無理に決まってるじゃないですか!」
「檸檬?一応、私元モデルだよ?」
「し、知ってますよ!もう、だからそんな真剣に言われると勘違いしちゃうじゃないですか?」
「檸檬がやる気があるならなれるわよ?絶対に」
いつもふんわりしている維澄さんらしからぬ力強い口調が妙に説得力をもって私の心に入ってきてしまった。
え?
私がモデル?
昔の維澄さんと同じモデルに?私がなる?そうなれば私は維澄さんという存在に近付けたりするのだろうか?
そんな想像をしてしまうと震えるような恍惚感に満たされてしまった。
なりたい。モデルに。維澄さんという存在にもっと近づきたい。
私は突然降って湧いたそんな未来に想いを馳せ、ついついボ〜っとしてしまっていた。
しかし維澄さんは、私のそんな想いには気付くはずもなく当面の問題に話題を移した。
「夕食はどうする?」
ああ、そういえばまだだったな。母が夜勤の日は大抵私が簡単に料理をする。
だから……
「あ、私作るから、チョット待ってて」
と言ったのだが……
「私にご馳走させて!」
維澄さんが前のめりに言ってきた。きっと維澄さんのことだから今日の事で迷惑かけてしまったと心を痛めているのだろう。
私はもしや維澄さんが手料理でも作ってくれるのかと一瞬期待したがのだが、維澄さんは携帯をおもむろに取り出して……
ピザ屋に電話をしはじめた。
まあ、そうだよね。維澄さんだもんね。フフフ……そんなこと言ったらまた子供のようにむくれそうだな。
食事が終わると翔が気を使って?直ぐに自分の部屋に行ってしまったので、私達も私の部屋に向かう。
維澄さんは私と一緒のベッドで……
なんて甘い展開が起こるはずもなく維澄さんは私のベッドで、私は来客用の布団で寝る事になった。
私は〝モデルになりたい〝と言う気持ちが芽生えた事が嬉しすぎて、夜な夜な維澄さんと楽しいモデル話をするつもりで浮かれていた。
しかし、残念ながらとてもそんな雰囲気ではなくなってしまった。
二人で私の部屋に入ってから私は維澄さんのモデル時代の写真を机に置いたままだった事に気づいた。
維澄さんは、目敏くその写真を見つけて、暫く見つめていた。ただ、最初は維澄さんが今更自分のモデル時代の写真を見続けていることの意味に気付けなかった。
だってモデル時代の維澄さんに憧れていたことは既にバレてるし、今日の会話からはこれに関して維澄さんから不快な感情は感じられなかった。
翔との口論でどさくさに〝元モデル〝という話題が出てしまった時も、維澄さんから全く〝陰〝を感じることは無かった。
でも維澄さんはその写真を見る目は、なぜか苦痛に満ちていた。
なぜ維澄さんの表情は、こんなにも辛そうなんだ?
私はここに来てようやく思い出した。
やっぱり忘れてはいけないんだった。理由は分からなくても維澄さんが、”過去の写真”を見ただけでこんな表情にしてしまう〝何か〝がモデル時代にあったと言う事を。
そんな維澄さんの、こんな顔を見てしまったら、とてもじゃないが楽しいモデルトーク話なんかできるはずもなかった。
この写真を見て様子が変わってしまった理由を、私はとても聞くことも出来ない。
だからその夜は微妙な空気感の中、二人で他愛もない話を少ししていつの間にか眠りについてしまった……
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