僕が主人公じゃない方です

脇役筆頭

11.今回は少し主人公じゃない?

「私は何とも言えない光景を目にして思わずもっと見たいと考えてしまった。嫌がりながらも全力では抵抗しないカイルと、抵抗を無視しながらも優しく攻め続けるウェンビル。ウェンカイの誕生だった。」

まさかこんなオチになるとは。結局カイルは女くさいようで、くさい男としては最後までキャラブレしてなくて少し感心する。

「…私はあまりに興奮して、覗き見しているのを忘れて部屋に入ってしまったの。」

彼女は立ち止まり海へ歩き出した。先ほどよりも波が強くなっているようで、視線を落とすと俺の足に波が当たってた。こいつも腐っていたようだし、やっぱり臭いもの同士お似合いだったな。

「ここ…。」

消え入りそうな声で呟き海へと歩き続ける彼女。一瞬目を離しただけなのに、もう腰まで沈んでいるではないか。思わず追いかけて膝まで浸かる。

「待て、それ以上は…。」

彼女が胸元まで沈む前に何とか肩をつかみ引き留めた。すると、掴んだ俺の手より強い力で俺の手が握り返された。ぎょっとしたのも束の間、それが彼女の手であり、振り返った彼女は骨になっていた。

「…!?死霊術?」

いや、人の魂に干渉する魔法は実際に人の魂をいじらなけば組み立て、構築すらできない。禁忌の魔法だ。つまり幻やそのたぐいの五感の錯覚に過ぎない。俺は足に書き込んでおいた風の魔法を発動させて跳ねるように海から陸へ飛ぶが、反動に耐えきれずバランスを崩して尻から落ちる。こういう時ぐらいかっこつけたいものだ。

足には軽いひっかき傷で魔法を書き込んだが、余裕があってこその代物だ。急いでいたり、接敵中に悠長に書き込んでいれば攻撃の隙を与えてしまうのは言わなくてもわかると思う。本来は絵の具やをその代替品で体に書き込んでおくのが普通なのだ。

俺はずり落ちた服を腰に縛りなおしながら、仕込んだ魔法があと何回使えるか確認する。…せいぜい一回?運が良ければ二回使えるかどうかといったところだ。

「ねぇ、忘れてない?」

骨となった彼女は空間を響かせるように声をだす。何を忘れたのだろう?首をかしげる俺にくすくすと笑うようなジェスチャーをとる骨。

「同族だったなんて笑える話。」

はい、と言いながら俺に向かった何かを放り投げる。両手で受け止めようとしてようやくそれが何かわかる。

俺の右手…。



どうやら彼女はもう死んでしまっているらしい。満月の夜のような空間に魔力が溢れるような日に、実体化ができるほどに有力な魔法使いだったのだろう。

まあ強い魔法使いほどやりたいことはやっているので、すぐに成仏する。やりたいことをやり終えられる程寿命が延びたりもするのでよほどのことがない限り魂が実体化することはない。結果として一握りの未練が残った魔法使いか、殺された魔法使いが化けて出る訳だ。

それに加えて実体化するような魔法使いは半人前や未熟者に多いことから、不名誉であり、弟子や家族が馬鹿にされる。自分の家系にそのようなものがいた場合、経歴に傷がつくというのは、魔法使い界隈かいわいでは有名な話だ。

俺は激痛を覚悟しつつ右手をくっつける。なるほど、右手を引っ張られたからバランスを崩して着地に失敗したのか…。この女は俺が死んでいると考えているらしい。面倒なのでそういうことにしておこう。

「早く朝にならないかな。」

俺は水平線を眺めながら聞こえない程度に口に出す。彼女は憑りついていた骨から抜け出して俺の周りをゆっくりと漂っている。改めて見るとかなり濃い実体化だ。よほど優秀だったのだろう。

「ここら辺の人はね、今夜は絶対にこの海に来ないの。私が化けて出るから。」

口元を隠しながらくすくす笑う彼女。空が明るくなってきているのに焦りもしない。

太陽の光は非常に興味深い性質があり、朝日や夕日のような太陽が欠けるような日差しの時、独特の波長が生まれて強烈な魔力の波動がくる。これが何を意味するかというと、魔力によって成り立ってるものや、魔法が大きく歪まされるということだ。

「…ここは私が連れてこられたカイルの家じゃないの。」

楽しげに話していた彼女が、突然しんみりとした口調になる。俺は顔を上げて彼女を見る。

書き込んだ魔法の場合、その効能を著しく低下させられてしまう。なので、毎朝魔法を書かないといけないし、夕方にも書かないといけないというわけだ。そして幽霊も魔力によるものだから、物体に憑りつかなければかき消されてしまうはずだ。まあ幽霊についてはあまり詳しくは知らないからどうなのかわからない。

「もしかして元の家…実家?」

消えることを決心しているようにみえたので、このまま消えてもらおうと、どこかに行ってしまわないように声をかける。すると驚いた顔をしてゆっくりと微笑み、朝日が昇ってくるであろう方角を眺める。

「私の名前言ってなかった。」

名前…。

「俺は名前を重要だと思ったことはない。」

いつもは黙って聞いている俺だが、自分から声をかけようと考えたからでもあるだろう。この時はなぜか気まぐれに自分の考えを口にする。

「…重要だよ。」

朝日に重なる彼女はぽつり、ぽつりと言葉を発する。

「私は…いい。あなたの名前は?」

「言わない。」

意地を張って即答する。

「じゃあ勝手に呼ばせてもらう。…ソーン。」

「…!?」

彼女はそう口にすると実体化が解けてゆっくりと消えていった。

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