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ペンローズの階段

橙11

志麻しまちゃんは、本当にすてき。

そう思いながらルーは隣を歩く幼なじみをちらりと見上げた。
榊志麻はぴんと背筋を伸ばし、きっちりと紺のブレザーを着こなしてまっすぐに前を向いて歩く。スカートのプリーツには一糸の乱れもなく、さっきクリーニングから戻ってきたかのようだ。制服も似合うけれど、志麻には袴がもっと似合うだろうとルーは思う。

「ねえ志麻ちゃん、明日さ、一緒にお買い物に行かない? 秋物の洋服見に行きたい!」

今日は土曜日。日曜日の午前中、志麻はいつも図書館へ行くが、昼前には家に戻り午後はフリーだ。ルーは志麻のスケジュールをしっかり把握している。
志麻は視線とともに少しだけ顔をこちらに向けて「いいよ」とうなずいた。
「どこのお店が見たいの? 渋谷?」
志麻の声は他の同級生たちのキャンキャンした声とは違い、少し低めで落ち着きがある。極上のベルベッドのようで心地よい。
ルーが首を左右に振ると、フワフワした金茶色の髪が揺れた。志麻のまっすぐな髪とは違う細い巻き毛だ。同級生たちはハーフのルーの容姿を羨むし、こうして歩いていてもすれ違う人の視線はルーに集まる。でもルーは「志麻ちゃんのほうが1万倍すてきでかっこよくてきれい」だと思っている。

「下北! 古着が見たいの。あとね、この間インスタですごくかわいいカフェがあってね」

志麻と一緒に休日の午後を過ごせるうれしさで、ルーの声のトーンが上がる。弾む足取りでターンして、この間見つけたおしゃれなカフェについて話して聞かせた。あのカフェの写真を見た瞬間、絶対志麻と一緒に行きたいと思った。ミッドセンチュリーのインテリアは絶対志麻の好みだし、実は甘党の志麻が喜びそうなニューヨーク・チーズケーキが人気らしい。スコーンとマフィンの種類も豊富だったから、焼き菓子が食べたい気分でも楽しめる。
志麻は穏やかに笑って頷き、「じゃあ明日、お昼ご飯を食べたらルーの家に迎えに行くね」と言ってくれた。
ルーのテンションは爆上がりで、「うん、待ってる!」と全開の笑顔で答え、スキップしそうな足取りで志麻と共に駅に向かった。


ルーと志麻は小学校に入る前からの幼なじみだ。ルーの母親がオーストラリア人で、ルーは物心つくまでオーストラリアで育った。そのあと神戸、北海道と日本のいくつかの街で過ごし、5歳のとき東京に引っ越してきた。近くの公園に母親と出かけ、そこで出会ったのが、近所のマンションに住む志麻と同い年ののぞむだ。漆黒の髪と瞳がおそろいで、望が小柄だったので姉弟かと思ったが、同じマンションの同じ階に住んでいる「ご近所さんの友達」だと後から知った。
話しかけたいけれどどうすればいいか分からなかったルーに、物おじなく「あっちにね、どんぐりがいっぱいある木があるよ。しってる?」と話しかけてきたのが望で、望の後をついてそばにやってきて、「おうち、どこ?」と聞いてきたのが志麻だった。ルーの家は二人が住むマンションとは公園を挟んで反対側だった。「あっち」と指さして見せると、2人は「ふーん」とうなずき、それから探検ごっこに誘ってくれた。

そうして、公園で会うたびに一緒に遊び、いつの間にかお互いの家を行き来する「仲良し」になった。たぶん、志麻と望はルーの初めての友達だ。二人は近くの保育園に通っていて、ルーは幼稚園にも保育園にも行っていなかったから会える時間は限られていたけれど、2人に会えるのが本当に楽しみだった。

近所だったから同じ小学校に進み、なんとなくルーは早生まれで小柄な望の「おねえさん」みたいに振舞っていた。そして志麻は、ルーと望の「おねえさん」みたいな存在だった。
小さな頃から物静かで落ち着いていて賢くて、何をやらせても人より抜きんでていた。そんな志麻を身近に見ているうち、いつの間にか志麻が「絶対的な憧れの対象」になり、現在に至る。

ルーの両親がルーを私立中学に進ませようと考えていることを知ったとき、ルーはさり気なく志麻と望に地元の公立中学に進むのかと探りを入れた。二人が当然のように「そうだ」と答えると、ルーは全力で親に抵抗して、まんまと二人と同じ中学に入学した。
ルーは勉強が好きではなかったけれど、絶対に絶対に志麻と同じ高校に行きたかったから、死ぬ気で勉強した。志麻がこの辺りでは一番の進学校を目指すことは分かっていたから、学習塾にも通ったし家庭教師もつけて猛勉強した。何が何でも志麻から離れたくなかったから、一生分と思えるくらいの勉強をしてがんばった。
偶然にも、望も同じ高校に進学し、3人の付き合いは10年を超える。
ルーはこの先も、志麻から離れる気は毛頭ない。

志麻はとても美人なのに、自分の容姿にそれほど興味がないようだ。少なくとも同じクラスの華やかな女の子たちのように学校に化粧をしてくることはない。私服も品の良い地味な服を着る。それは志麻の両親の好みを反映しているのかもしれないけれど、志麻の魅力を引き立たせるには役不足だとルーは考えていた。

お出かけする日も志麻はすっぴんで、もちろんすっぴんでも十分に美しいのだけれど、せっかくなのだからもっと志麻を飾り立てたとルーは思った。
日曜日の午後にルーを迎えに来た志麻を、まず自分の部屋に引っ張り込んだ。白を基調としたルーのファンシーな部屋に置かれた小さなドレッサーの上には、ルーがこれまで集めたコスメが並んでいる。
「志麻ちゃん、座って座って」
「もう、ルー、また?」
困ったように言いながらも、志麻はルーに促されるままラグの上に座った。
出掛ける前にルーが志麻を、志麻の許す限りで「プロデュース」するのは二人のお約束になっている。
「この間買った、このリップね、すごくいい色なんだよ。試してみて!」
そう言ってルーはマゼンダの色も鮮やかなリップを差し出した。それを見ると、志麻は困ったようにルーを見る。
「ちょっと、華やかすぎない?」
「そんなことない! これね、こうしてみると色が濃いけど、唇に乗せるとそんなに発色しないの。ほら」
そう言って、自分の手の甲に少し塗って見せた。
塗れたような艶を放つマゼンダは、確かに肌に乗せると透明感が強くそれほど濃くは発色しない。
困ったような顔をしながらも、そのリップを使うことを承諾した志麻に、ルーは内心飛び上がって喜びながら「じゃあ、私が塗ってあげるね!」と言ってまずはオーガニックのリップを手に取った。
ファンデーション、アイシャドウ、つけまつげ、チーク、リップとフルメイクを楽しむ同級生も少なくないけれど、志麻が許してくれるのは、せいぜい眉を整えて描き足し、リップを塗るくらいだ。アイメイクは以前断られてしまったので、それ以上は強く勧めていない。何しろ、志麻が楽しんでくれなくては意味がない、嫌われたら一巻の終わりだ。

いつもの流れでルーに任せるがごとく、目を閉じて顔をこちらに向けてきた志麻に、ルーの胸は小さく高鳴る。
無防備な志麻のこんな顔を知っているのは、たぶん同級生の中ではルーだけ。
幼なじみで、毎日3人で登校する望だって、志麻のこんな顔は知らないだろう。

私だけの、志麻ちゃんの顔。

ルーはそっと息を吸い込んで、紅筆に取ったリップを静かに志麻の唇に乗せて塗り広げる。乾いた唇に薄く透明な膜が広がり、それだけで志麻がとても大人びて見えた。
続けてルーは、自分では絶対に使わないマゼンダのリップを手に取り、別の紅筆に鮮やかなピンクを掬った。
青みさえ感じる色白の肌で黒目と白目のコントラストがハッキリしている志麻は、ブルべ肌のウィンターだとルーは見ている。ルーはイエベ肌スプリングだから、この青みを含むマゼンダのリップは似合わない。これは志麻のためだけに買ったのだ。志麻には絶対言わないけれど。
ルーの予想通り、その鮮やかなピンクを塗ると、志麻の顔色が一段と明るく見えた。そして、なぜか透明のリップだけの時よりも、わずかに幼い印象になる。不思議だなあと感じながら油とり紙を1枚引き抜いてそれで唇を抑えた。

志麻がそっと目を開けて、近い距離でルーを見る。視線を合わせてルーはフフッと笑った。

「志麻ちゃん、すっごく似合ってるよ。ほら」

鏡を向くように促すと、志麻は鏡をのぞき込んでわずかに頬を赤くした。こんな風に照れている志麻もすごくかわいい。

「……ありがとう」

礼を言った志麻に、ルーは首を左右に振って「ううん!」と元気に返事をした。やっぱり志麻ちゃんはブルべのウィンターだった。間違いない。

志麻のパーソナル情報を手に入れたルーはウキウキで、これから回る予定の古着屋に思いをはせる。表向きは自分の服を見に行くという名目で志麻を誘ったが、実際は志麻が来たら似合うだろう服を見るのが目的だ。ルーが何回か試着をして、その合間に「これ、志麻ちゃんに似合いそう!」と盛り立てれば、志麻もきっと1回くらいは試着してくれる。そうやって自分の思い通りにコーディネートした志麻を見るのは何より楽しい。
ロイヤルブルーもいいけど、ビビッドなレッドだって絶対似合う。今日は志麻ちゃんに赤いニットを絶対試着してもらおう。
ルーはそんなことを考えながら、ウキウキと立ち上がって志麻を促した。

「さ、準備完了。行こ!」


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