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今夜12時、誰かが眠る。

下之森茂

忙しすぎて死にそうだ。

私が入った会社は忙しすぎた。

業務内容を確認した時に、
右から来た案件を左へ流すだけの
単純な仕事かと思っていた。

『自由な気風を大切に。』
という標語が貼られているのを空虚に眺め、
死相の出ていた前任者の顔を思い出す。

私も今同じ顔になっているのではなかろうか。

何度も書類の確認作業を行い、
不備があれば戻ってくる。

通常業務の合間に割り込む修正作業が、
しわ寄せとなって仕事は進まず、時間は進む。

名前、年齢、性別、職業、仕事内容、理由の確認。

漢字の間違い程度であれば可愛いものだ。
ふりがなの記入漏れ、ひらがな指定部分を
カタカナで書くなんてのもある。これも修正。

ひどいものは年齢詐称、性別欄への抗議、
さらに職業の記入誤りを質したところ
反社会勢力の一員でありひと悶着あった。

残業では終わらず翌日に作業をまわす。
昨日の分の残業、残業の残業、残業の残業の残業。
仕事は雪だるま式に膨れ上がる。

これでは私は過労死してしまう。

ヒトの死因は様々あるが、
なんでもここは自殺大国らしい。

ピーク時は年間3万4千人を超えた。
それは1日100人近いペースである。

死を扱うという、想像を絶する現場を
数字だけで語れるものではないが、
検死官はさぞ大変だったに違いない。

さてどうしてそんなに死ぬのか。

よく一番多いと考えられる理由が、
不況によるものであろう。

大きな会社が倒産すると、
周辺の関連会社も仕事を失い
会社を畳まなければならない。

これまで築き上げてきた地位や、
自らの城を壊すことになる。

従業員も同じことで、
積み上げてきた仕事が無駄に終わる。

私のやっている修正作業程度ならば、
まだまだ可愛げのあるものだ。

途中で崩落するドミノ倒しを見届けるのは、
誰でも精神的に堪えるに違いない。

他人からしてみれば
小さな石ころのつまずきであっても、
本人にとっては崖に落ちることに等しい。

安易に慰めの言葉を掛けようものなら、
相手を死に追い込む場合もある。

他の自殺理由には健康上の理由が挙がる。

難病を苦に安楽死を望んだ、
と単純で明白なものではない。

不治の病や、事故による怪我、
薬での重い副作用、後遺症や障害によって、
ヒトは孤独や疎外感に耐えられず、
これまでの関係を多く失えば
社会からの排除されたものと錯覚する。

または高額な治療費により治療を受けられず
死を選ぶしかなかったのかもしれないが、
結局それは死んだ本人にしか分かり得ない。

小さなニキビひとつでも、
死にたくなったらヒトは簡単に死ぬかもしれない。

ヒトの考える生命の重さはそのヒトそれぞれだ。

不況よりも健康上の理由で
自殺するヒトの方が実際に多い。

自殺理由はひとつだけと考えられるものではない。

経済的な困窮、家庭の問題、学校、地域、
男女の問題など、それこそ十人十色と言える。

中にはエクストリーム自殺などと蔑称され、
私も理解に苦しむものもある。

登山経験が浅く、訓練を受けていない者が
下調べもなしに厳しい山に登れば、
ただの迷子や擦り傷で済むわけもなく、
遭難や転落・滑落による事故は免れない。

未熟な者の登山と同じように、誰もが
死ぬと分かっている危険行為におよび、
ひと目を引こうとするのである。

自殺を意図しているいないは別に、その死は
スリルを求めてやった行為の代償に過ぎない。

過労死でさえ問題視されている現代で、
盛大なボタンの掛け違いが起きている。

死後そうしたヒトが私の職場に
毎日のようにやってきては、
書類不備で右往左往とさまよい歩く。

〈オバケ管理局〉にはそうしたヒトが
化けて現れ、窓口にあふれかえる。

『自由な気風を大切に。』
私たちオバケは誰かに拘束されるわけではない。

しかし私は仕事に忙殺されて、
今にも死んで楽になりたかった。

自死も自由のひとつなのかもしれないと思い、
私はさっさと会社を辞めた。

あぁ、無職最高。


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