永遠の抱擁が始まる

悪魔めさ

第四章 三人の抱擁が始まる【エンジェルコール5】

 当たり前だけど僕は裁判官のおじちゃんよりも、地球上の誰よりも長く生きている。
 僕は霊的な存在で肉体なんて無いわけだから、そもそも寿命なんてものがないんだ。
 人間が思う「生きる死ぬ」とはまた違った概念になるんだろうけど、とにかく僕はかなり長いこと生きてきた。
 この超長い人生の中でここまでびっくりしたのはさすがに初めてだ。
 
「ありえないよう!」
 
 モニターに向かって思わず泣き叫びそうになっちゃった。
 
 画面にはとんでもない事実が映し出されている。
 おじちゃんから頼まれた調べ物をすればするほど、今度は僕個人の疑問が湧いちゃって、それで必要以上に調査しまくっちゃった。
 
 十六年後に起こる地球規模の大破壊。
 色んな惑星の軌道がおかしくなって、それは地球にも凄いダメージを与えることになる。
 地軸がずれちゃうもんだから北も南も変な方向にいっちゃうし、環境だってしっちゃかめっちゃかだ。
 全土を襲う大地震、大洪水のレベルだって半端ない。
 でも、そりゃそうだ。
 地球の自然が起こす通常の天災なんかじゃなく、これは地球そのものが被害を受ける災害なんだもん。
 星を水槽に例えれば、そこに悪ガキが大勢突っ込んでくるっていえばいいのかな。
 要するにとにかく凄い。
 
 運命調査班はこんな報告を残してる。
 
「たった一日で大陸がバラバラですよ。遥か上空から見ればスローモーションで割れるお皿のようです。目に見えるスピードで陸地が移動していました。といってもその頃は大洪水が地表の全てを覆っている最中ですんで、動く大陸を目撃できる人間なんていないでしょうけどね」
 
 散らばった大陸は少しずつ、長い年月をかけて速度を落とし続けて、それでいつか今以上に文明が発達する日が来るんだって。
 でも、大破壊を乗り越える人が少なすぎてちゃんとした記録が残ってないから、誰もが「プレート移動は年間数センチだから逆算すると大陸が一つだったのは何億年も昔」って信じちゃってるんだってさ。
 
 運命調査班のお兄さんはさらにこう続けてた。
 
「大陸が少しでも動く時点でそれは過去に地表が割れたことがあるっていう証なんですがね。ちょっと未来を見てきたんですが、人類は時に議論していましたよ。ムー大陸がどうのこうのって。今まさに自分らが住んでいる土地のことを幻の大陸呼ばわりしていました。まあ、破壊の規模が大きすぎて伝承や状況証拠しか残っていないわけだから、そうなるのも仕方ないんですけどね」
 
 これから起こる大災害はつまり、人間にとって間違いなく人生に刻まれるぐらいの一大事に違いないよ。
 でも僕にとっては今このモニターに映し出されている現実のほうがよっぽど衝撃だ。
 日付は十六年後で、画像には死を覚悟して抱き合う三人の親子がクローズアップされている。
 
 何度か見たはずなのに、今まで気づかなかった。
 どういうことなんだ、これは。
 どうしてこうなっているんだ。
 
 過去を変えられないように、未来も変わることはない。
 僕が未来の、この情報を見てしまうこともきっと運命に組み込まれたことなんだろう。
 つまり、僕がこれに気づいてしまったからこそ、この親子は抱き合って死ぬってことだ。
 
 でも、運命だからってそれは解せない。
 どうすればいいんだ僕は。
 
「虫としての人生もやってみれば案外悪くないかも知れん」
 
 またしてもおじちゃんのあの言葉が脳裏に浮かぶ。
 不思議と気が軽くなる自分がいた。
 
 肩の力を抜いて、僕はゆっくりと背もたれに身を委ねる。
 
「あ」
 
 リラックスしたからだろうか。
 あることに思い当たった。
 もしかして、僕は自分の意思に従っちゃって正解なんじゃ?
 
 ガバッと身を起こし、腕まくりをする。
 いつも以上に素早くリズミカルに、指先がキーボードを叩いていった。
 調べたいのは三人の死後だ。
 
 おじちゃんに電話を入れたのは、僕が悩みに悩んでスッキリした翌日になってのことだった。
 
「もしもし、ロウでございます」
「ああ、待っていた。調査結果は出たかね?」
 
 メモ帳には「ドS口調がこいつの望み」って書いておいたし、両隣の仕事仲間が通話状態に入ったことも確認済み。
 準備オッケーだ。
 
「ええ、調査結果は全て上がっております」
「ありがとう。ポイントを消費して構わんから聞かせてくれないか?」
「かしこまりました。それでは三名の人生がどれだけ充実していたかを報告させていただきますね」
 
 僕はモニターを読み上げる。
 
「例の親子は三名とも、幸福を感じながら絶命しております。死因は土砂による窒息死なのですが、不思議なことに肉体的苦痛さえ一切感じておりません」
「なに? 苦しんでない? 痛みも感じていないのか? 土砂に埋もれるのに」
「はい。これはわたくしにとっても謎なのですが、三人とも安らかでございました。わたくしの見解では死を前にした緊張感が脳内麻薬を分泌したと見ております」
「まあ、そういうこともあるだろうな」
 
 三人が苦しんでいない理由は正直、僕にも解らなかった。
 普段だったら気を利かせて調べるところなんだけど、昨日は自分のことで夢中になっちゃってた。
 ごめんね、おじちゃん。
 と、内心謝る。
 
「続きましてルイカ様のご子息と思われるお子様ですが、この二名はルイカ様の実の子ではございません」
「なに、そうなのか?」
「ええ。ルイカ様は独身のまま孤児を引き取ったようでございます」
「そうか。相変わらず優しい子だな」
「同感でございます。しかもですね、幸福度を調べましたところ、孤児二名よりも若干、ルイカ様のほうが強く幸せを感じて日々を送っていたようなんですね」
「ほほう」
「もちろん子供たちの幸福度も充分に高いのですが、ルイカ様にはそれがさらに喜びに繋がっているようなんですね。ルイカ様お一人ではこうはならないでしょう」
「そうか。なら、よかった」
「ところでお客様」
 
 僕の口調が穏やかだったのは、きっと本当に口元がにんまりしていたからだろう。
 
「その他の報告の前に、私から進言したいことがございます」
「ほう、珍しいな。どんなことだ?」
「先日、わたくしが若返りについての説明をさせていただいた日の会話を覚えていらっしゃいますでしょうか?」
「ああ、もちろんだ。つい先日のことだからな。もしかして叶えてほしい願い事ができたのかね?」
「ああいえ、それとはまた別件でございます。その件は必ずお願いいたしますので、もう少々お待ちいただければと思います」
「そうなのか。じゃあなんだ」
「はい、単刀直入に申し上げます」
 
 と、ここで少し間を置く。
 真の取り引きを持ちかけるとき以上の緊張感と、微笑ましい気分が混ざったようなむずがゆい心境だ。
 僕は聞き返されないようにゆっくりと、はっきりと喋った。
 
「お客様は、若返るべきだと、わたくしは考えます」
「ふむ。まあ、それは今まだ興味が──」
「わたくしは、天使に戻る決意をいたしました」
「なに! 本当か!」
「ええ、おかげさまで。お客様とお話させていただいた際、自分にとっての幸福とは何かを考えさせていただきました。ですのでこの決断はお客様あってのことでございます。誠に感謝しております」
「そんなことはいい! そうか、戻ることにしたのか! よかったな、それは!」
「お客様も、もうそろそろ自分のことを考えてもよろしいのではありませんか?」
 
 僕が急に冷たい口調になったから、その温度差にびっくりしたんだろう。
 おじちゃんは絶句している。
 
「お客様、失礼を承知でわたくし、今から素の口調でお話させていただきます」
「え? あ、ああ。それは構わんが」
「では、失礼いたします」
 
 僕は小さくうなずき、コホンと咳払いをする。
 
「おじちゃんさあ」
「え? おじちゃん?」
「そう。おじちゃん。あんたいっつもいっつも自分のことは置いといて、人のことばっかりじゃん」
 
 コールセンターには相応しくない荒い声に驚いたのだろう。
 両隣の同僚が見開いた目を僕に向ける。
 用意してあったメモに手を伸ばしながら僕は続けた。
 
「他人優先するそんな生き方してさ、あんたは、あんたを見守る人を心配にさせるって思ったことないの? そんなに人の幸せ願うなら、まずオメーが幸せになれよ。僕に心配かけんじゃねえよ」
 
 メモ用紙を見せながら、僕は仲間たちにウインクをする。
「ドS口調がこいつの望み」の文字を見て、同僚らは勝手に納得をしながらそれぞれのモニターに意識を戻していく。
 
「いつも見てる奴だっているんだよ! そいつに心配かけてんじゃねえよ!」
 
 言い切って、僕はふうと息を吐く。
 お客様から叱られてしまうだろうか。
 でも構うもんか。
 僕を怒ってみろ。
 僕はもっと怒ってやるぞ。
 
「なあ、ロウ君」
「はい、すみませんでした。言い過ぎました」
「いや、いい。ありがとう。だが君に三つ言いたいことがある」
「はい、なんでございましょう?」
「一つは、私は今のところ若返りに興味がないんだよ」
「存じております」
「二つ目。そこまで怒ってくれるならそろそろ私を名前で呼んでくれてもいいんじゃないのかね? お客様やおじちゃんではなく、本名でな」
「はい、かしこまりました」
「三つ目。君ね、素の口調とはいえさっきの言い方はなんだ。女の子なんだからもう少しそれなりの喋り方をしなさい。なんだね『僕』って」
「まあ、癖のようなものでございます」
 
 しかしお客様、と口が滑りかけ、僕は慌てて言い直す。
 
「しかしクラーク様、わたくしが進言した若返りには他の理由がございます」
「他の理由?」
「はい。クラーク様の大好きな『他人のため』でございます」
「フフ。鼻につく言い方をするようになったじゃないか」
「ええ。先ほど言いたいことを言ってしまったので吹っ切れたようです」
「さっきのは気持ちがよさそうだったからな。私も今度誰かにやってみよう」
 
 あはは。
 と、僕は久しぶりに声に出して笑った。
 
「クラーク様、先ほどわたくしが申し上げた報告内容が重要でございます」
「ほう」
「報告の中に『ルイカ様は子供がいたからこそ幸せだった』といったニュアンスがございましたよね?」
「ああ、あったな」
「クラーク様も以前、幼いルイカ様を引き取ろうとなさいました」
「うむ。それぐらい感謝しているからな」
「つまりクラーク様は、ルイカ様と一緒に暮らすことに抵抗はないわけですよね?」
「ん? 何が言いたい?」
「十六年後、三名の親子は死に至ります。全員の魂を調べましたところ、最年少と思われる少年はクラーク様でございました」
「え? なんだって? 私? どういうことだ?」
「クラーク様、最も安いポイント消費量でご案内させていただきます。今の体を捨て、孤児としてルイカ様のところに行きましょう」
「ちょっと待ってくれ。なんの話か解らない」
「わたくしもご一緒させていただきます」
「なんだって!?」
「悪魔のルールを破り、悪魔をクビになるだけです」
 
 悪魔にとっての不正行為。
 それは俗にいう「良い行い」だから問題ない。
 人間にされちゃうけど「虫としての人生もやってみれば案外悪くないかも知れん」の精神だ。
 
「クラーク様、我々は兄弟ということにいたしましょう。わたくしの見た目は人間と変わりありませんし、年齢にしてだいたい六歳ぐらいの容姿でございます。クラーク様に合う新しい肉体も必ず入手いたしますし、その体を使用することで他者に迷惑がかかることもないよう配慮いたしますので、どうぞご安心ください」
「おいおい、私に考える余地はないのかね?」
「ございません。運命です。それより聞いてください。わたくし、いや、もう僕でいいや」
「僕はやめろと言ったろうに」
「うっさいハゲ。僕悪魔だからさあ、霊子体から肉体に変換するのにだいたい十年から十五年ぐらいかかるのね? だからクラちゃん、それまでに身辺整理してさ、どっかで仮死状態になっててよ」
「簡単に言わないでくれ! 今までのように丁寧に説明してくれないと、私は今頭が混乱している!」
「いいからいいから。全部僕に任せて」
 
 人間の子供になったら、まずはルイカさんを故郷にでも呼び出して腕を生やしてあげよう。
 肉体の復元にはとんでもないエネルギーが必要だけれども、本人のイメージの力が強ければ実は意外と少ないポイントでも再生可能なんだ。
 クラちゃんの残りのポイントで、たぶんどうにかなるだろう。
 腕が生えるイメージなんてどうやって想像させたらいいのかわかんないけど、クラちゃんと僕ならきっといい作戦が浮かぶはず。
 
「それにしても、あの親子のさ? 大きいほうの子が僕だったって知ったときはホントびっくりしたよ。僕は人間になりたくない派だったのに、意味わかんない」
「今意味が解っていないのは私だ」
「取り敢えず詳しくはまた電話するね。それがラストコールになるからー」
「待て! 待ってくれ!」
「うるさいなあ。僕、これから色々と忙しいんだよ。もう切るよ」
「ちょ、待て、この、悪魔めが!」
「とんでもございません、クラーク様」
 
 回線を切断するまえに、僕はそれこそ天使のようににっこり微笑む。
 
「わたくしの将来は天使でございます」
 
 
 
 ──エンジェルコール・了──

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