永遠の抱擁が始まる

悪魔めさ

第四章 三人の抱擁が始まる【エンジェルコール2】

「ちょっと待ってよ」
 
 珍しく、あたしは彼の話を遮っている。
 
「あの三人のお話をするって、あんた言ったじゃない」
 
 すると彼は「言ったよ」と、相も変わらず涼しげな表情だ。
 その平然とした態度がなんとなく癇に障る。
 
「だったら──」
 
 気づけばあたしは目の前の紅茶を飲むことさえ忘れていた。
 
「語り部の女の人、なんで腕が片方ないの? 発見された三体の遺骨は全員腕が二本ずつあるのに」
「まあまあ。今日の君はせっかちだな」
「だってさあ」
 
 あたしは頬を膨らませる。
 
「最初はいきなり関係の無い話とか始められるし、そんなの聞かされたらさ? あたしだって『ちゃんと話してくれるの?』って不安にもなるよ」
「関係ない話?」
「そう。コールセンターの話、いきなり始めたじゃん」
「関係ない話なんて、僕はしてないぞ?」
「え?」
「関係、大いにあるんだ」
「え、ホントに?」
「ホントに」
 
 すると彼は頬杖をついて「聞いていれば解るさ」と自信に満ちた目をあたしに向ける。




 裁判官のおじちゃんは僕に色んなことを確認してきた。
 彼が特にこだわったのが夢の内容についてだ。
 
「ロウ君、あれは本当に起こる未来なのか?」
「はい、残念ながら事実でございます」
 
 よほど怖い「世界の終末」を見たのだろう。
 
「私に見せたあの夢なんだが、誰の視点かね?」
「視点は何度か変わったかと思うのですが」
「うむ、変わった」
「前半は主に各地で暮らす人々の視点でございますね。後半はより広く被害をご覧いただくため、鳥の目線でお送りさせていただきました」
「君たち天使が私以外の者にこういった大災害の夢を見させる場合なんだが、夢の内容は私と全く同じものになるのかね? それとも人によって内容は微妙に違ったりするのか?」
 
 ん?
 この人、なんでそんなことを気にするんだ?
 まあ、いっか。
 
「夢の内容はですね」
 
 僕は相変わらず丁重さを意識し、また余計な疑惑を持たれないように言葉を選ぶ。
 
「録画のようなものでございます。どなたがご覧になっても夢の内容は細部に置いて全く同じ内容、景色でございます」
「そうか……」
 
 僕らは悪魔なんだけど、基本的に嘘をついちゃいけない決まりになっている。
 だから十六年後に天変地異が起こるっていうのも、魂の調整が取れなくなるっていうのも本当のことだ。
 お客さんに夢を利用して見せる「大災害当事の様子」もだから、全くのホント。
 そうやって顧客の信用を得ることが第一だって、魔王ラト様は判断してる。
 とってもいい営業方針だと、僕も思う。
 最初に「天使だ」って名乗っちゃったけど、天使も悪魔も同じ生き物だもん。
 人間が勝手に呼び分けているだけなのね。
 だからまあ苦しいけど僕が天使だってこともある意味ホント。
 
「気になるシーンがあった」
 
 裁判官のおじちゃんは、あくまで夢に強い思い入れを持っている風だ。
 
「その人物が誰かなどの詳しい情報を知りたい」
「さようでございますか。ただ、そういった情報の提供でございますと、それは『願いを叶える』の範疇になってしまうんですね。ですので──」
「分かった」
「はい?」
「願いとして君に頼みたい」
「と、いいますと、来世では微生物や虫やプランクトンに生まれ変わってしまっても」
「構わん」
 
 思わぬところで契約取れちゃった。
 こんなオッケーの貰い方、初めてだ。
 でもラッキー。
 これで今月のお給料アップだ。
 
「かしこまりました」
 
 僕は浮ついていることを隠し、穏やかな口調をキープする。
 
「それでは形式的ではありますが、願いのポイントを発行するために、いくつかこちらからご説明させていただきますね」
「うむ」
 
 一つでも納得してもらえなかったら契約破棄って形になっちゃう。
 僕は詰めを誤らないよう、緊張感を高めて色々なことをお話しした。
 
 来世はやっぱり人にしてくれとか、そういった生まれ変わりについてのお願い事はできません、とか。
 それと同じように魂を扱う願い事には応じられない場合がございます、とか。
 ポイントが配布されたら、使い切る前に死んじゃったとしても来世は人にはなれませんよ、とか。
 タイムワープなどの時間操作や死者を生き返らせることは不可能です、とか。
 もちろん「ポイントを増やせ」なんて願い事は論外でございます、とか。
 他、細かいこと色々。
 
「さて、以上でございます。全てご了承いただけましたら、今すぐに願いを叶えるためのポイントを千点、付与させていただきます」
「解った、了承しよう」
「ありがとうございます。それではですね、願い事ができましたらわたくしまでお電話いただけますとすぐさま対応させていただきますので気軽にお申し付けください」
「分かった」
「さっそく先ほどの願いをお叶えになりますか?」
「ああ、頼む」
「先ほどお客様が口にされた願い事は情報収集に該当しますので、その情報の持つ重要性、情報入手の難易度から消費ポイントを計算いたします。その消費ポイント数に納得のいかない場合は願いをキャンセルさせていただくことも可能ですのでご安心くださいませ」
「分かった」
「それでは、知りたい内容を詳しくお聞かせください」
「あの夢では天変地異の瞬間、抱き合って人生を終える親子らしき三人がいたね。他にも肌が変色する病にかかった若い男女なんてのもいたが」
「はい、おりましたね」
「その親子のほうだ。あの母親の名が知りたい」
「はい、かしこまりました。名前だけでよろしいのですか?」
「ああ、今はな。場合によってはさらに色々と調べてもらうことになるが」
「もちろん構いません。ちなみにですね、それだけの情報でございますと一ポイントのみの消費で叶えさせていただきます。よろしいでしょうか?」
「ああ、頼む」
「了解いたしました。それでは調査いたしますので少々お待ちくださいませ」
 
 挨拶をして電話を切る。
 
 あの女の人の名前が知りたいなんて、なんでだろ?
 ちょっと気になって、僕はモニターに映し出されているお客さんの個人情報に改めて目を通す。
 奥さんとは死別してて、愛人さんは無し。
 妹さんとか娘さんとか、そういう女の人も無し。
 親しい女友達も見当たらない。
 じゃあ、なんでおじちゃんはあの母親のことを気にしてるんだろ。
 気になるなー。
 ま、いっか。
 
 続けて僕は「大破壊の夢」のデータベースに入る。
 あの母親の人は、と。
 あったあった。
 彼女の名前はルイカ、二十六歳か。
 
 一応このルイカさんの個人情報も目を通したけれど、どうも裁判官のおじちゃんとの接点はなさそうだ。
 すっごい不思議。
 昔法廷かどっかで会ったことがあるとか、かなあ。
 
 僕は首を傾げながら再びマイク一体型のヘッドフォンを装着する。
 
「もしもし? ロウでございます」
「ああ、どうだった?」
「はい。例の女性のお名前が判明いたしました。お伝えしますと一ポイント消費されますが、よろしいでしょうか?」
「ああ、構わん」
「それではお伝えいたします。彼女の名はルイカ、と申します」
「そうか、やはりな」
「お知り合いでございますか?」
 
 好奇心から訊いてみた。
 だけどおじちゃんは上の空で、「似ているからもしやと思ったが」とか「ならあの腕は義手か」とか「立派になって」とか、ぶつぶつつぶやいている。
 僕は黙って、おじちゃんが現実に戻ってくるのを待った。
 
「なあ、ロウ君。次の願いなんだが」
「はい、何でございましょう?」
 
 おじちゃんの願いは、僕のオペレーター人生の中で初めてのものだった。
 
「私の懺悔を聞いてほしい。どれぐらいのポイントが必要かね?」
「懺悔? わたくしに、でございますか?」
「そうだ。神父に聴いてもらうより、天使である君に直接告げたほうがいいだろう。どのぐらいかかる?」
 
 意外なことを言い出す人だなあ。
 
 僕は笑顔が伝わるよう、優しく微笑む。
 
「それでは申し上げますね。その願いは、0ポイントでございます」
「本当か」
「ええ、もちろんでございますよ。わたくしでよければ、いくらでもお話しください」
 
 そしたらおじちゃんは心から絞り出すような感じで「ありがとう」って言った。
 とんでもございませんと、僕は見られてもいないのに頭を下げる。
 
 僕ら悪魔の本当の目的は一万ポイントあげる代わりに魂を貰うことだもん。
 そのために来世がどうのこうの言って千ポイント分の願いを叶えさせて「願いが叶う中毒」にしちゃうわけ。
 だから親身にもなるよ。
 話ぐらいタダで聞いて信用を得たほうが後々に本当の取り引きに持っていきやすいじゃん。
 モニターにはない個人情報も手に入るし、一石二鳥だね。
 
「恥じらいなどもおありとは思うのですが、わたくしでよろしければ遠慮なさらず気軽にお話しになってください」
 
 僕は再びモニター越しにおじぎをし、にやりと笑む。

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