姉の友達vs妹の友達

差等キダイ

河川敷にて

 温かいお茶を飲み、心を落ち着けたところで、ちびっ子二人が肩にしがみついてきた。どうやら、休日は家でまったりというタイプではないらしい。

「おい、兄ちゃん、あそぼうぜー!」
「あそぼうぜー!」
「あー、わかったわかった。じゃあ、外行くか」

 ここに来た以上、避けては通れないイベントなので、観念して立ち上がると、水瀬さんが何やら大きなカバンを取り出してきた。

「それ、何が入ってるんですか?」
「ん?ああ、昼の弁当だけど」
「……え、マジですか?」
「マジだよ。今から河川敷に行くから、そこで皆で食べようと思ってな」
「……ちなみに俺の分は?」
「あるに決まってんだろ。これで飯抜きなんていう鬼畜はなかなかいないと思うぞ……」
「ありがとうございます!」

 ちょっと怖い人とはいえ、女子の手作り弁当は純粋にテンションが上がる。自分が青春ポイントとか計算していたら、そこそこ加算していただろう。
 すると、水瀬さんは急にそっぽを向いて、俺の脇腹を小突いてきた。

「何で!?」
「や、やかましい!いきなりテンション上げんなよ!バカ!ほら、ぼさっとしてないで、さっさと行くぞ!」
「は、はい……」

 うん、やっぱりこの人怖い……。

 *******

 歩いて十分くらいの場所にある河川敷は、他の家族連れも何組か楽しそうに遊んでいた。柔らかそうな緑や川のせせらぎに、そんな幸せな光景が組合わさると、何だかこちらも優しい気持ちになってくる。
 ちびっ子達も遊びたい欲求を爆発させていた。

「兄ちゃん、サッカーやろうよ!」
「やろうよ!」
「はいはい」

 ぶっちゃけ全然上手くないんだけど、まあ幼稚園児相手ならどうとでもなるだろう。
 ちなみに、水瀬さんはシートの上に寝転がり、真帆ちゃんは隣で本を読んでいる。
 ……どうやら二人はおやすみモードらしい。おい。
 しゃあねえ、約束は約束だし。まあやったるか。

 *******

 二時間後……

「はあ……はあ……」

 俺はシートの上に寝そべり、空を仰いでいた。雲ひとつない青空の中に浮かぶ太陽は、春にしては無駄に温かい陽射しを降らしていた。これも温暖化の影響か、なんて考えてみたけど、柄じゃなさすぎてすぐにやめた。もう何か考えるのもだるい。

「直登ー、大丈夫かー?」

 そう言いながらこちらを見下ろしてくる水瀬さんの表情は、いつもよりどこか優しい。いつもこんな感じなら文句ないんだが……。

「ふぅ……ちびっ子の体力、ぱないっすね」
「だろ?まあ、ウチは皆運動神経も結構いいんだ」
「え?」

 自然と真帆ちゃんに目が行く。他3人はともかく、この子からそんなイメージは失礼ながらまったくない。

「意外かもしれんが、真帆は短距離走学年トップだぞ」
「え……」

 俺の視線から察したのか、水瀬さんが補足してきた。
 そして、真帆ちゃんも小説から顔を上げ、またぐっと親指を上げた。何気にどやってるのが可愛らしい。

「お前は運動とかやってなかったのか?」
「あー、小学校の頃サッカーやったんですけど、一年でやめましたね」
「あんまサッカーって雰囲気じゃねえもんな」
「どこを否定してくれてんですか。まあ似合わないのは知ってますけど」
「まあまあ、拗ねんなよ。てか何でやめたんだ?」
「うーん……何だったかなぁ……たしか、ん?」

 色々思い出そうとしている途中、河川敷を見下ろせる歩道から、誰かがこちらを見ているのに気づいた。
 よく見ると、どうやら女の子のようだ。
 目が合ったかどうかは定かではないが、こちらの視線に気づいた彼女は、さっと目を逸らし、去っていった。

「どうかしたのか?」
「あ、いや、何でも……まあ、とにかく球技が向いてないことがわかっただけですよ」
「そっか。まあ過去を掘り返して悪かったな。お茶でも飲んで気持ちを落ち着けろよ」
「落ち着いてますけど」
「姉さん、古傷を抉ってはダメ」
「古傷とかないけど」

 なんか心に傷を抱えた少年に認定されたが、楽しんでもらえてるならよしとしよう。
 こうして喋っている間も、幼い二人はずっと走り回っていた。
 水瀬家の凄まじい体力を前に、俺は今日一日、自分が生き残れるのかちょっと心配になってきたのだが……

「よし、そろそろ昼飯にするか」

 その言葉に、俺は安堵の息を吐いた。よかった。午前中で体力がすっからかんになるとこだった。
 全員がシートの上に集まり、水瀬さんが弁当箱を開くと、彩り豊かな中身が露になる。おかずの彩りも素晴らしいが、何気にキャラ弁なのも可愛らしい。本当に料理上手いな、この人。

「お~……!」
「ま、まあ、その……たくさんあるから、好きなだけ食べてくれ」
「あ、はい……」

 照れながらそう言われると、何だか緊張してくるが……。
 皆で「いただきます」と言ってから、俺は真っ先に卵焼きを箸でつまみ、そっと口に運んだ。

「……うまっ!!」

 すると、想像を遥かに超えた美味さに、つい声が漏れる。やはり卵焼きは甘めが最高。

「姉さん、胃袋は掴めたみたい」
「や、やかましいわ!いつもどおりに作っただけだっての!特に何の意図もないわ!」
「「おいしい~!」」

 何だろう……すごい和む。あと食が進む。

「おい、慌てすぎだっての。ほら、ご飯粒ついてる」
「え……」

 水瀬さんは、俺の頬についたご飯粒を、ひょいとつまみ、ぱくりと口に含んだ。

「…………」
「どうしたんだよ。…………あ」

 彼女もようやく自分の行動に気づいたのか、さっと頬を赤くした。

「わ、悪い……ついクセで……」

 ちびっ子達にやってあげてるのだろう。何となくその場面が思い浮かび、微笑ましくなる。
 ……まあ、体力的にはきつかったけど、来てよかったな。
 そう考えたところで、ふいに視線を感じた。
 すると、またさっきの場所に女の子が立っていた。
 こちらからだと顔の判別がつきにくいが、真冬ちゃんじゃないのはわかる。
 しばらくすると、その女の子の姿はまた見えなくなった。
 その人影は、完成したはずの絵に、うっかり黒い絵の具を垂らしてしまったような、変な違和感を残していった。


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