魂/骸バトリング

ヒィッツカラルド

8・山中の戦い

灰色狼の口元が狂犬病の如く牙を剥いて威嚇を露にしていた。

太く硬そうな灰色の髪が殺気に揺れて、伸びた鋭い爪が両手の先で鋭く輝く。

「なんじゃあ……ありゃ……」

突然現れた新たな怪物の登場に驚く剛三がパンクタイヤの交換作業の手を休めてしまう。

その横に車内から出てきた律子が祈るような表情で立っていた。

「あれが、五代の息子なのかい、律子ちゃん……?」

「ぅ……」

律子に剛三が問うが少女は答えない。呆然と狼男を見ていた。

だが、確信している。

あれは間違いなく五代昂輝だと──。

獣と化しても律子には悟れた。

「何者?」

冷めた鷹揚で憑き姫が訊いた。

その言葉に狼男が視線を彼女に向ける。

獣の瞳は思ったよりも優しい。

『あなたがたが、妖怪退治に呼ばれた退魔師さんたちですか?』

「テレパシーか?」

しゃべる狼男の口は動いていなかった。

軒太郎の言う通りテレパシーの類で皆の心に直接語り掛けてきている。

『すみません。あの化け物に訊きたいことがあるので、退治する前に暫し僕に時間をくれませんか?』

「ほほう、まっとうな話し合いが出来る知能を持っているか」

軒太郎の言葉は目の前の狼男を対象にしていた。

怪しく舐めるような視線で狼男を観察している。

それは彼の骸を欲する眼差しだった。

憑き姫もコレクションに狼男を加えたいのか、欲に満ちた甘い表情で見ている。

狼男と化した五代昂輝は、わいらから事故の真相を訊きだしたかった。

父が事故を起こした理由が、わいらに驚きハンドルを誤ったのか?

それとも父が事故を起こした為に、わいらの封印が解けたのか?

そして、自分がこのような姿に変化してしまったのは、事故に関係しているのか?

わいらならば、何かを知っているのではないかと探しに来たのだ。

「好キカッテヲ、ヌカシオッテ!!」

岩肌の斜面にへばり付くわいらが勇ましく吠える。

その言葉が癪に触ったのか、軒太郎が黒コートの中から煌く刃を持った武器を二つ取り出した。

「新しい作品だ。是非とも君らに見てほしい!」

軒太郎が取り出した武器は先日倒したばかりの鎌鼬三兄弟の鎌から作り出した三身刃の大型手裏剣が二つであった。

「切れ味はいいぜ!」

三匹片手ずつの鎌三枚を組み合わせて作った二つの手裏剣を、両手の人差し指で皿回しの如く器用に回す軒太郎は、完全に殺る気満々の形相だ。

そして昂輝の話も聞かずに回転を極める三身手裏剣を投げ放つ。

『ちょ!』

「ナナナナナッ!」

狼男とわいらを狙った軒太郎の巨大手裏剣攻撃。

軒太郎は完全に二匹の物の怪を狩り取るつもりのようだ。

投げた手裏剣が緩いカーブを描きながら二体の妖怪に迫る。

『待ってください!』

狼男は回転しながら飛んでくる三身手裏剣を真上に飛んで回避した。

人とは思えない素早い動きと跳躍。

地面と足の距離が優に2メートルは離れていた。

その下を投げた手裏剣が過ぎて行く。

「キャイン!」

一方、わいらのほうは、飛んできた手裏剣の刃に肩を刻まれ悲鳴を上げる。

「キィャャヤヤヤ!!!」

わいらは赤い血飛沫を散らしながら斜面を転げ落ちて行く。

二体を狙った三身手裏剣が薄暗くなった空を回り軒太郎の両手に帰ってきた。

軒太郎が体を回転させながら手裏剣の勢いを殺すようにして二つを次々とキャッチする。

「ふふぅ」

その表情は自信作の出来に満足した優越感を溢れさせていた。

そしてキャッチした双子の大型手裏剣を再び振り投げる。

今度はわいら目掛けて二つ同時だった。

「とどめだ!」

鋭く回転を増す三身手裏剣が、わいらの顔面にザクザクと突き刺さる。

手裏剣は突き刺さったまま尚も車輪の如く縦に回転していた。

わいらには悲鳴を上げる余裕すらない。

顔面から悲鳴に代わって鮮血が飛び散った。

『なにを!』

昂輝の叫びと共に顔面を三等分にされたわいらの巨体が力無く地面に崩れ落ちる。

絶命の合図だ。

そこまで来て手裏剣の回転も止まる。

「何もへったくれもないわ。これが私たちのお仕事だもの」

憑き姫がそう言いながら空のカードを取り出す。

彼女の台詞は何一つ間違っていない。

軒太郎は真面目に仕事をこなしただけだ。

血塗れで動かないわいらの死体から、ユラユラと白い塊が浮き上がってくる。

―――わいらの霊魂だろう。

白い尾を引き飛び交う霊魂は、やがて憑き姫が持つ白紙のカードの中へと自ら飛び込んで行く。

それを見て憑き姫が満足そうに微笑んでいた。

「ありがとう。コレクションが増えたわ」

そして残されたわいらの亡骸が軒太郎の足元から伸びた漆黒の影に沈んで行く。

まるでタールのプール内に沈み行くようだった。

「ふふふ、牙や鉤爪は武器に使えそうだ。革も多く取れそうだな」

顎をしゃくり笑みを作る軒太郎。

影の中に亡骸を回収すると、更なる獲物を狙うように狼と化している昂輝を見た。

軒太郎と憑き姫の視線は、明らかに獲物を見る目だった。

ハンターの微笑み。口元が笑っている。

「今度はお前さんだぜ」

そう言いながら軒太郎が漆黒のロングコート内からシルバーに輝くハンドガンを一丁取り出す。

右手にあるのはコルト・バイソン。357マグナムだ。

様々な映画やアニメで使用されるシーンが多い有名な拳銃。

リボルバー式の中でもエリートと呼べる一品である。

そして軒太郎が取り出した拳銃は、M1100ディフェンダー同様に普通でないカスタムマイズが施されている。

キラリと輝くシルバーのボディーは、西洋の古い教会から失敬してきた銀の十字架を溶かし出して表面のコーティングに使用している。

弾丸も普通の鉛ではなく、人型妖怪の骸から指先を切り落とし代わりに詰め込んだ、退妖怪用の特殊弾丸である。

まさに指鉄砲だ。

妖怪はもちろんのこと、神や悪魔にすら有効な代物である。

「くっくっくっ」

握られた拳銃をゆっくりとした動きで構える軒太郎が、親指一つで安全装置を解除した。

眼前の狼男に銃口を向ける。

真っ直ぐに伸ばされた右手の先から引き金を引く音がカチャリと鳴った。

火薬の炸裂音が響く。

「ファイア!」

刹那、昂輝の胸に風穴が一つ開き、鮮血が背中から飛び散る。

貫通した弾丸が、後方にあった杉の木の枝を揺らした。

『うぅぅ!』

昂輝が獣の顔を歪めて胸を押さえた。身体が沈む。

「五代くん!」

車の側に立っていた律子が撃たれた昂輝を見て飛び出した。

その足で軒太郎に迫る。

「何するんですか三外さん。彼は人間です!」

怒鳴り散らす律子の顔を軒太郎が上から覗き込む。

「何を言っているんですか、お嬢さん。どう見ても怪物じゃないですか?」

「っ!?」

軒太郎の言う通りだ。

律子が反論の言葉を一瞬失う。

そこに軒太郎が追い討ちの言葉を掛ける。

「それにね、お嬢さん。我々の仕事はわいらの退治。ここからは私たちのプライベートです」

更に憑き姫が続く。

「そうよ。私たちの趣味は妖怪を退治して、その魂と骸を集めること。今は貴方にどうこう言われるタイミングじゃあないわ。仕事は終わったのよ」

「でも……」

軒太郎と憑き姫の言葉に戸惑いを見せる律子。

確かに二人の言う通りだ。

しかし納得がいかない。

二人の言うことが正しくとも、密かに恋心を抱いた相手が殺されそうになっているのを黙って見ていられる訳がない。

例え怪物に変わり果てても律子にとって昂輝は、人間だった五代昂輝と代わらない。

ほんの数時間前に公園で話をしたばかりなのだ。

そう容易く心が変わる筈もない。

『うぅぅぅ……』

胸を撃たれた昂輝がテレパシーで呻く。

その声を聴いて妖怪と化していようと心配が消えない相手を見た律子が、昂輝の元へ走り出そうとした。

その瞬間である。

己の脇を通り過ぎようとした律子の首筋を狙って軒太郎の左手が伸び進む。

律子の喉元に忍び込んだ軒太郎の左手は、人差し指と親指だけを立てた田舎チョキの形だった。

まるで自然の微風のように入り込み、彼女の首筋に流れる左右の頚動脈を、優しく二本の指で押さえ込む。

「え……」

異常は直ぐに現れた。

抵抗を見せる暇もなく律子が白目を剥いて崩れだす。

それを軒太郎が片腕で受け止めた。

眠るようにぐったりとする律子を軒太郎は剛三の元に運ぶ。

「大塚氏、この子をお願いします」

「はい!」

直ぐに剛三が駆け寄り律子の体を受け取った。

『な、なんてことを!』

気を失う律子を見て気が動転した昂輝が牙を剥いた途端、アスファルトを蹴って軒太郎に飛び掛かっていた。

「胸の傷が、治っているのか?」

軒太郎は怒りのままに走り出した狼男の脅威よりも、その胸を見詰めていた。

先程撃ち込んだ弾丸での一撃。

その傷が消えていた。

弾痕だけではない。

飛び散り、流れ落ちた筈の血痕も見当たらない。

「どう言うことだ?」

あれは普通の弾丸でないのだ。

自己治癒に優れた妖怪でも一日そこらで治る筈のない攻撃。

それを喰らい一分も待たずに回復している。

軒太郎の造った指鉄砲は、ヴァンパイアでも一撃で殺せるのだ。

この狼男の回復力は、異常と呼べる早さである。

「あら、リジェネレーターよ」

他人事のように言う憑き姫。

しかし新たな獲物に嬉しそうな顔をしていた。

そしてカードを取り出し彼女も戦闘態勢を取り直す。

迫る狼男に向けて軒太郎も再びコルト・パイソンを構えた。

銀色の銃身がキラリと輝き銃口が昂輝を狙う。

「妖力で回復しているのか? ならば、この魔道弾丸で妖力の総てを削り取ってやる」

走る昂輝に銃口を向けながら呟く軒太郎。

黒い姿が闇に重なり合い奇怪さを増して行く。

「死ぬまで殺し続ければいいのよ」

憑き姫の冷酷なまでの言葉が飛ぶなか黄昏が陰に隠れ、薄暗かった空が闇へと移り変わる。

気付ば立ち木の枝が隠す空に、鮮やかに星が煌き、魅惑的に月が潤んでいた。



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