コードガール
第一章・面接 3
彼の言葉を聞かなくても、パワーポイントの資料に表示されている開発スケジュールを見れば、プロジェクトが悲惨なことになっているのは一目瞭然だった。
ローンチと呼ばれる納期は二ヶ月後だが、プログラムを書く製造工程すら終わっていない機能が、いくつもあるので、テストには当然着手できない。
プロジェクトの開発規模を考慮すると、残りの期間で全てのテストを完了させることは無理ではないか。そんな印象を持ったが、羽崎はまったく別の見方をしている。
「たしかに、現状は厳しいですが、私は全くあきらめていません」
相変わらず自信に満ちた表情で彼は続けた。
「すでにメディアには発表済みですが、我々が構築しているAIを活用した金融サービスは、未来の日本にとって、なくてはならない、革命的なサービスになるでしょう。ですから、皆さんの力を是非お借りしたいと、そう考えているわけです」
「わかりました! では、当社はできる限りのご支援をさせていただきます!」
さっきまでおとなしく話を聞いていた事業部長が急に声を張り上げたので、私はびっくりして仰け反りそうになった。
「先程スケジュールを拝見させていただきましたが、我々はコーディングから入ればよろしいでしょうか?」
事業部長がそう訊ねると、羽崎の隣に座っている丸眼鏡が、コホンと小さな咳払いをしてから、抑揚をおさえた声で答えた。
「そのとおりです。設計はもう終わっているので、製造からお願いします」
「承知しました。ちなみにですが、今回の案件で使用している言語はPythonということで、お間違いないでしょうか?」
「いえ、コアの部分は、Go言語で書いています。システムの一部にはPythonも使っていますが、アーキテクトの判断で、メインはGoになっています」
「なるほど。Go言語と言いますと、Googleが開発した、比較的新しい言語ですよね」
「そのとおりです」
「わかりました。でしたら、弊社は大きく貢献できると思います」
事業部長が胸を張って、自信満々に言った瞬間、私は思わず「本当に?」と心の中でツッコまずにはいられなかった。
スケジュールを見れば、相当にヤバいプロジェクトだということがわかる。私たちのように小さな会社の数名のチームが入ったからって、状況が改善されるわけがない。
私の七年間の開発経験から簡単に予測できることだが、事業部長はそんなことはお構いなしに、セールストークを展開していった。
「弊社の桧山は、Go言語のスペシャリストとして、これまで多くのプロジェクトで、開発リーダーとして活躍してきました。さらに、当社には、ほかにも優れたプログラマーを用意しておりますので、必ずお力になれると存じます。では、一人ずつ、自己紹介をさせてください。最初に、チームリーダーの三条ですが……」
面接が終わってから三十分後、私は恵比寿駅からほど近い喫茶店にいた。事業部長を除く東洋ソフトの面々とは駅で別れて、私たちはその足でここにやって来ていた。
「おかげさまで、うまくいったよ」
私の正面に座っている事業部長は、満面の笑みを浮かべながら言った。
「君の『自己アピール』が効いたと思う。助かったよ。アレは準備していたの?」
「アレって何のことですか?」
「私は、深夜残業や休日出勤をすることになっても、必要とあればまったく躊躇しない。自分は若くて経験が浅いけど、プロフェッショナルである以上、報酬に見合う成果を出すためには、プライベートを犠牲にしても働くのが当然だと考えている。君はファストトラックの人たちに向かって、そう言ったんだ。覚えているよね?」
「あまり詳しく覚えていません。緊張していたので」
「君があのセリフを言った瞬間、羽崎社長の目の色が変わったよね。俺は見逃さなかった」
「そうですか。私にはそうは見えませんでしたが」
「いや、変わったよ。俺ね、思ったんだけど、羽崎社長は君のことを気に入ったんじゃないかな。おそらく、君みたいな子がタイプなんだと思う」
ローンチと呼ばれる納期は二ヶ月後だが、プログラムを書く製造工程すら終わっていない機能が、いくつもあるので、テストには当然着手できない。
プロジェクトの開発規模を考慮すると、残りの期間で全てのテストを完了させることは無理ではないか。そんな印象を持ったが、羽崎はまったく別の見方をしている。
「たしかに、現状は厳しいですが、私は全くあきらめていません」
相変わらず自信に満ちた表情で彼は続けた。
「すでにメディアには発表済みですが、我々が構築しているAIを活用した金融サービスは、未来の日本にとって、なくてはならない、革命的なサービスになるでしょう。ですから、皆さんの力を是非お借りしたいと、そう考えているわけです」
「わかりました! では、当社はできる限りのご支援をさせていただきます!」
さっきまでおとなしく話を聞いていた事業部長が急に声を張り上げたので、私はびっくりして仰け反りそうになった。
「先程スケジュールを拝見させていただきましたが、我々はコーディングから入ればよろしいでしょうか?」
事業部長がそう訊ねると、羽崎の隣に座っている丸眼鏡が、コホンと小さな咳払いをしてから、抑揚をおさえた声で答えた。
「そのとおりです。設計はもう終わっているので、製造からお願いします」
「承知しました。ちなみにですが、今回の案件で使用している言語はPythonということで、お間違いないでしょうか?」
「いえ、コアの部分は、Go言語で書いています。システムの一部にはPythonも使っていますが、アーキテクトの判断で、メインはGoになっています」
「なるほど。Go言語と言いますと、Googleが開発した、比較的新しい言語ですよね」
「そのとおりです」
「わかりました。でしたら、弊社は大きく貢献できると思います」
事業部長が胸を張って、自信満々に言った瞬間、私は思わず「本当に?」と心の中でツッコまずにはいられなかった。
スケジュールを見れば、相当にヤバいプロジェクトだということがわかる。私たちのように小さな会社の数名のチームが入ったからって、状況が改善されるわけがない。
私の七年間の開発経験から簡単に予測できることだが、事業部長はそんなことはお構いなしに、セールストークを展開していった。
「弊社の桧山は、Go言語のスペシャリストとして、これまで多くのプロジェクトで、開発リーダーとして活躍してきました。さらに、当社には、ほかにも優れたプログラマーを用意しておりますので、必ずお力になれると存じます。では、一人ずつ、自己紹介をさせてください。最初に、チームリーダーの三条ですが……」
面接が終わってから三十分後、私は恵比寿駅からほど近い喫茶店にいた。事業部長を除く東洋ソフトの面々とは駅で別れて、私たちはその足でここにやって来ていた。
「おかげさまで、うまくいったよ」
私の正面に座っている事業部長は、満面の笑みを浮かべながら言った。
「君の『自己アピール』が効いたと思う。助かったよ。アレは準備していたの?」
「アレって何のことですか?」
「私は、深夜残業や休日出勤をすることになっても、必要とあればまったく躊躇しない。自分は若くて経験が浅いけど、プロフェッショナルである以上、報酬に見合う成果を出すためには、プライベートを犠牲にしても働くのが当然だと考えている。君はファストトラックの人たちに向かって、そう言ったんだ。覚えているよね?」
「あまり詳しく覚えていません。緊張していたので」
「君があのセリフを言った瞬間、羽崎社長の目の色が変わったよね。俺は見逃さなかった」
「そうですか。私にはそうは見えませんでしたが」
「いや、変わったよ。俺ね、思ったんだけど、羽崎社長は君のことを気に入ったんじゃないかな。おそらく、君みたいな子がタイプなんだと思う」
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