コードガール

Natsuma Tsunesawa

第一章・面接 1

 恵比寿駅に着いたのは、午後六時半を少し回った頃だった。朝から降り続いた雪はみぞれに変わっていたが、空気は凍えそうなほど冷たかった。
 
 帰宅する大勢のサラリーマンと逆行して目的地に向かう私の気持ちは、これ以上ないほど沈んでいた。事業部長からのメールを読んだあと、すぐに彼に電話を掛けた。すると、ものすごく理不尽で、あり得ないほど無茶苦茶な要求を突き付けられた。

 私は激しく反発したものの、彼は会社の方針だからと繰り返すばかりで、いっこうに埒が明かなかった。仕方なく、今夜に関しては、彼の要求に従うこととし、すべてが終わってから、二人で話し合いをすることになった。

 待ち合わせの五分前にビルの入り口に着くと、スーツを着た三人の男性が私を待ち構えていた。

 一目でそれとわかるほど背が高い事業部長は、いつものように髪をオールバックでまとめ、これから獲物を狩りにいくライオンのように、鋭い眼光を周囲に発していた。

 もう一人は、以前に一緒に仕事をしたことがある、桧山さんというシステムエンジニアだった。年齢は三十代半ばだが、私が知っている限りにおいては、うちの会社でナンバーワンの技術力を持っている人物だ。一緒に働いた期間は短かったが、私が助言を求めると、常に的確なアドバイスをくれた記憶がある。

 最後の一人は、まったく面識のない人物だった。頭頂部が少し薄く、見た目だけだと四十代後半と言ったところだろうか。おっとりとした丸顔で、仕事ができるようなタイプには見えないが、どことなく品の良さそうな雰囲気が漂っている。事業部長によると、彼は三条さんといって、最近になって中途で入社した社員とのことだった。

「初めまして、鷲田響子です。よろしくお願いします」

 私がそう言うと、三条さんはやけに丁寧なあいさつを返してくれた。話し方にも品があり、システムエンジニアにしては珍しいなと思いながら、私は彼の自己紹介を聞いた。

 全員が揃ったところで、今夜行われる面接について事業部長が説明した。相手はファストトラックという、日本でも屈指のメガベンチャー企業。昨日の夜、うちの会社に直々に依頼があり、急遽社員をかき集めたらしい。あまりにも急だったために、明日から休みを取る予定の私まで、動員される羽目になったらしい。事情は理解しつつも、私は暗澹たる気持ちで、他の三人とともにビルの十五階に向かった。

 初めて訪れるにもかかわらず、ファストトラックのオフィスには既視感があった。白で統一されたモダンな内装と、徹底的に自動化と無人化を追求した無機質な空間は、テレビでこの会社が特集されていたときに、見たことがあったからだ。「人も会社も物凄いスピードで進化する」というのが、たしかこの会社のキャッチフレーズだった。コートの肩先を雨に濡らした私がここに立っているのは、とんでもなく場違いに感じられた。

 事業部長が、無人の受付に置いてある端末を操作した。すると、一分ほど待った後に、ベージュのセーターを着た短髪の男が、奥から歩いてやってきた。丸眼鏡の奥で光っている目に、歓迎するような気持ちはひとかけらも見えなかったが、彼は私たちに丁重にお辞儀をして言った。

「お待ちしておりました。情報サービス部・統括部長の白神と申します。どうぞ、こちらへ」

 案内されたのは、四方がガラス張りになっている会議室だった。部屋は正方形で、この部屋の色調も、当然のように白で統一されている。壁もテーブルもイスも、白だった。四隅に配置された観葉植物を眺めながら、面接が始まるのを待っているあいだ、睡眠不足の私は、あくびを堪えるのに必死だった。

 予定の時間から十分ほどが経った頃、丸眼鏡の男が、誰かを連れて戻ってきた。誰だろうと、その人物の顔を見ると、私の眠気は一瞬で消え去った。テレビやネットのニュースで何度も見たことのある男が、そこに立っていたからだ。

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