ドS勇者の王道殺し ~邪悪な本性はどうやら死んでも治らないみたいなので、転生先では自重しないで好きなように生きようと思います~

epina

ドS勇者の決意

「なに、それ……どういうことさ」

 セリアーノが魔人になった?
 わけがわからない。
 いったい、何があればそんなことになるんだ。

「ユエル様、どうかされましたか?」
「ごめん、ちょっと待って」

 ティーシャを手で制してから、ヴェルマからの思念に全神経を集中する。

(経緯は?)
(セリアーノ達は予定よりもだいぶ遅く到着したわ。出どころ不明の情報が疑わしかったからでしょうね)
(確かに。僕でもそう簡単には信じないしね)

 ヴェルマには宿の部屋の扉の隙間に手紙を差し込んでもらった。
 そこにはピゥグリッサが『ディマンド号』という船で密航し、街を脱出しようとしているという偽情報を書いておいた。
 当局にも盗賊ギルドの協力者を通して同じ情報を撒いてある。
 うまくいけば、セリアーノが乗り込んだ船を当局の衛兵が取り囲む。
 彼らが動いてくれればそれでよし、引っかからなくても楽しみを残しておける……その程度の腹積もりで実行した自他ともに認める穴だらけの作戦だ。

(驚いたのはここからよ。セリアーノが衛兵を見るなり、いきなり襲い掛かったの。曲刀から『風の刃』を飛ばしながらね。間違いなくアレは魔人に覚醒した者だけが使える能力よ。でも、魂のオーラはそれほど変化していなかった。きっと随分前から『声』を聴いていたのね)
(セリアーノは魔人になりかかっていたのか……)

 騎士の立場で隣国に不法入国するって暴挙も、セリアーノが魔人だったというなら納得がいく。
 魔人の最大の特徴は、あらゆる認識を自分に都合よく書き換える点だ。
 そして整合性が取れないときには躊躇なく力を振るう。

(虐殺はまだ続いている。ここは危険だわ。逃げてもいいかしら)
(むしろ早急に離脱して)

 ヴェルマからの思念が途絶えた。
 影に潜って撤退したのだろう。

「セリアーノが魔人になって街中で暴走した……」

 僕の稚拙な作戦のせいで……?

「どうした少年?」
「ユエル様、顔色が悪いですよ」

 いや、ヴェルマの話を聞く限り時間の問題だったようだ。
 たまたまタイミングが重なっただけだ。
 僕は悪くない。

「ごめん、僕は行かなきゃ!」
「えっ?」
「ティーシャは宿屋に帰ってて! ピゥグリッサさんもお達者で!」
「少年!」

 それだけ告げて、戸惑うふたりを置いて駆け出した。

 エクリア王国の騎士が『魔人』になってクアナガルの港で暴れた。
 これは確かに大きなスキャンダルになるだろうけど『魔人』が絡んだ以上、エクリア王国側に魔王軍の陰謀だったのだと言い訳する余地ができてしまった。
 残念ながら戦争にはならないだろう。クアナガルの穏健派も『魔人』の仕業だったのだと皇室を説得するはずだ。

 あれほど楽しみだった戦争再開も全部ご破算だ……セリアーノが『魔人』だったという、ただそれだけの理由で!

「セリアーノ……君は僕の思い通りにならない……本当に目障りで邪魔な女だよ……」

 こんなにも見知らぬ誰かを激しく憎悪したことはない。
 そもそも興味がないからだ。
 彼らが苦しむ姿は楽しいけど、どこまでいっても他人だから。

 だけど、僕が本気で楽しもうとしている娯楽を邪魔されるのだけは絶対に許せない。
 僕への悪気がまったくない、むしろ助けようとしている……というのが尚更タチが悪い。
 一方的な善意ほど迷惑なものはないのだ。

「使い魔になんてしてやるものか。魔人セリアーノ……お前だけはこの勇者ユエルの手で完膚なきまでに滅ぼしてやるぞ。絶対にだ!」




 セリアーノの二つ名は“双円そうえん”という。
 ソグリム特有の曲刀シミターを両手にそれぞれ構えた姿が、満月の如き円を思わせたからだ。
 先の戦争で数多くの首級をあげたことで、傭兵からエクリア王国の騎士に大抜擢された。
 だが、彼女が真に恩を感じる相手は騎士爵位を与えてくれた王ではない。
 完全創造主である。

 セリアーノにとって、完全創造主は絶対だ。

 祈りを捧げるほどに刃は鋭く、速くなるとセリアーノは日々感じていた。
 本当のところ彼女が無類の力を手に入れられたのは、信仰心に裏打ちされた精神力で過酷な修行に耐えることができたからだ。つまりは自分自身の努力の結果に他ならなかったのだが、セリアーノの受け取り方は違った。

 生き残るたびに祈りの時間が増えた。
 いつしか盲目的な信仰心から物事を一面的にしか見られなくなり、時折頭の中に響く声が完全創造主のお告げだと疑わなくなった。

 ――変われ。
 はい、御身の望むままに強く。
 ――変われ。
 はい、御身の望むままに正しく。
 ――変われ。
 はい、御身の望むまま……。
 
 弟フォルガートの存在が、人としては最後のよすがだった。
 血を分けた愛する弟。
 だが、セリアーノが弟に抱く愛情は男へと向けるべき、それ。
 どれほど口説いても、フォルガートにはさんざん袖にされ続けた。

 フォルガートはセリアーノがいなければ何も決められない弱い男だ。
 だから、これからもずっと一緒にいられるだろう。
 それでも……姉弟の生まれだけは、変わらない。
 男女の仲になりたいという願いは、永遠に叶わないのだ。

 ――変われ。

 ……ああ、そうか。
 私が姉じゃなければいい。
 別の何かに変わればいい。
 近親相姦の禁忌を犯すのではなく、姉弟の絆を消し去ることにより禁忌でなくしてしまえばいいのだと。

 セリアーノは『妥協』した。

「ね、姉さん……なんでこんなことを!」

 周囲にはエルフの死体と血の池ばかり。
 生きているのは目の前のフォルガートだけ。
 ああ、そうとも。愛しき男だ。

「私はお前の姉ではないよ、フォル」

 魔人セリアーノの目が妖しく輝いた。

「……ああ、そうだった。セリアーノ、愛しき女性」

 それだけで。
 たったそれだけで、弟だった男は恋人に変わった。

 今まで思い悩んでいた時間は、いったいなんだったのだろう。
 セリアーノはとても晴れやかな気分になった。

「さあ、ともに仲睦まじく事を成し遂げよう。勇者をクアナガルの魔の手から取り戻すのだ。ついでに、エルフどもを一人残らず駆逐してな」

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