ドS勇者の王道殺し ~邪悪な本性はどうやら死んでも治らないみたいなので、転生先では自重しないで好きなように生きようと思います~

epina

ドS勇者の策謀、そして大誤算

「その方々、ユエル様をお探しなのでは?」

 早速ギルドから得た情報をティーシャと共有する。
 盛り上がった気分を分かち合いたかったからだ。
 だけど、話を聞いたティーシャは至って冷静にそう言った。

「んー? ないと思うけどなぁ……僕がクアナガルにいるって確信できる情報を残してきてないし」
「でもエクリア王国の騎士が大きなリスクを冒してまでクアナガルに不法入国する理由がちょっと他に思いつかないです」

 うーん、それはまあ、確かにねぇ……。

「その人たちが追いかけてるハーフエルフって、きっとわたしのことだと思うんですよ。ほら、あのとき狼煙を上げたじゃないですか。あれを見て砦に到着した捜索隊が唯一の手掛かりとして追っているのが、わたしなんじゃないでしょうか?」
「でも、なんで連中がクアナガルに来てるのさ? それこそクアナガルへの足跡なんて残してないはずだけど」
「それはわからないですが……もしかしたら、エクリア王国は山賊に捕まった奴隷がクアナガルに売られていることを以前から知っていたのかもしれません。あるいは捕まっていた人達に知っている人がいたのかも」
「ああ、確かにそれなら辻褄は合うなあ。僕の死体が見つからなかったのはクアナガルに売られた後だったから。騎士の不法入国もクアナガル側に事情を話したところで知らぬ存ぜぬを通されるだけだったから、と考えれば彼らの愚挙も頷ける、か……?」

 やっぱり馬鹿過ぎて頷けない気はするけどなあ。
 まあ、ギフトなりなんなり使って本人達に聞けばいいのだろうけど。
 どっちみち僕は彼らと合流してエクリアに行くつもりはない。
 前にも説明したから、そこはティーシャも理解してくれているようだ。

「ティーシャは、どうするのがいいと思う?」

 僕にとって一番つまらない結果は、エクリア騎士の不法入国が発覚する前に彼らが諦めて帰ってしまうことだ。
 タイバーデン伯爵令嬢を通して情報をクアナガルに流すこともできるけど、それだと面白くない。
 セリアーノ達を従徒にするのもありきたりだし。
 だからいつもみたいに確認してみたのだけど、ティーシャの口から出た名前は意外なものだった。

「ピゥグリッサさんにお知らせした方がいいと思います」
「へ、なんで?」
「あの人には助けてもらいましたし……騎士さんがこのままスラムを捜索すると、いずれピゥグリッサさんに辿り着くと思います。そうなってしまったら……」
「血が流れそうだねぇ」

 ピゥグリッサが僕とティーシャを連れ出したことは、セリアーノ達もラグナールから聞き出しているだろう。
 しかもピゥグリッサは奴隷商人殺しの下手人……改心して僕とティーシャを助けて潜伏している、という推論はセリアーノ視点でも成り立つ。
 僕が騎士の立場なら事情を話して勇者の身柄を引き渡してもらうけど、ラグナールをあっさり殺したセリアーノ達がそんな穏便に済ませるかねぇ……?

「その……ピゥグリッサさんを助けてあげることはできないでしょうか?」
「ティーシャは助けたいの?」
「はい……駄目、でしょうか」
「なんで? いいよ、全然。ティーシャは僕の共犯者なんだからね」

 確かにティーシャの言う通りだ。
 キーパーソンはピゥグリッサ。
 彼女はタグリオット殺害犯として当局に追われている。
 セリアーノ達も僕を連れ去ったと思しきピゥグリッサを追跡している。

 だったら、僕はピゥグリッサを助けることで間接的に目的を達成しよう。
 
 誰の心を操り、誰の意志を奪えば、僕が望む結末に近づけられるか。
 大切なのは、それだけだ。
 もちろん、全部がうまくいくことなんてないだろう。
 それでも過程が楽しめれば、それでいいじゃないか。

「よーし、ピゥグリッサを街から逃がしてあげよう! 当局には囮の偽情報を流して成功率を上げつつ、僕らは高みの見物を決め込むんだ! あとは野となれ山となれだよ!」
「ユエル様、お顔がとっても邪悪です……!」

 あわあわするティーシャ。
 頭を撫でてあげると、嬉しそうだけどなんだか複雑って感じの顔をした。
 かわいい。

(マスター君。『舞い踊る愚者亭』に到着したわよ。例の二人組も確認したわ)
(ああ、ヴェルマか。ちょうどよかった。早速やってもらいたいことがあるんだ)
(何かしら? できれば危ない橋は渡りたくないのだけど)
(へーきへーき。全然、大したことじゃないよ)

 僕は念話と同時に、ティーシャにもわかるようにニヤリと笑いながら口を開いた。

「僕にいい考えがあるんだ」




「やはり我々には完全創造主様のご加護がついている!」

 セリアーノ達はピゥグリッサが船で脱出しようとしていることを突き止めた。
 スラムから出るのはリスクはあるが、今となっては唯一の手掛かり。エルフに変装して港に向かったのである。

「でも、これが罠だったらどうするのさ……」
「そんなはずはない。我々の存在はクアナガルにバレていないはずだ。罠など張りようもない」

 情報元は宿の部屋に差し込まれた手紙。
 情報提供者は不明。
 怪しいことこの上なかったが、フォルガートの心配を他所にセリアーノは文字通りの勇み足を踏んでいた。

「でも姉さん。僕らはスラムでずっと聞き込みをしてたし……当局に密告してる奴がいるかもしれないよ」
「そのようなことが、あろうはずもない。我々のようなソグリム人がエクリアの騎士に見えるか?」

 盗賊ギルドには身元が完全にバレていたことなどセリアーノには知る由もなかった。
 フォルガートだけはスラムで盗賊ギルドの影を感じ取り、慎重になるよう姉を諭していたのだが。

(あの仲買人を殺したのだけは間違いなく失敗だったよ……姉さん)

 仮にあの男が盗賊ギルドの会員だった場合、連中を敵に回すことになる。
 実際に繋がっていたのは裏切り者のタグリオットだったが、そんなこととは関係なく手駒を勝手に処分されたユエルの怒りを買った。
 フォルガートの予感は、半分ほど的中していたのだ。

「港湾第二区画の右から数えて三番目の『ディオンド号』……あれか!」

 セリアーノが船に近づいていく。

「待って姉さん、衛兵の数がやけに多いよ!」

 当局のエルフ衛兵が既に船を取り囲んでいた。
 彼らはピゥグリッサの目撃情報――ユエルが流した偽の――をもとに、捜査を開始していたのだ。
 ユエルの計画では、セリアーノたちが船に乗り込んだ後に、当局が取り囲むはずだったのだが……フォルガートが必死に姉を引き止めたためタイミングがズレたのだ。

 本来ならユエルの計画は失敗するはずだったが……。

「ああ、完全創造主様。あなた様の声が、確かに聞こえるのです」
「……姉さん?」

 セリアーノが熱に浮かされたようにつぶやく。
 フォルガートがいつも以上に姉の様子がおかしいと気づいたときには、既に手遅れだった。

 セリアーノが抜刀していたのだ。

「っ!? 駄目だ姉さん!」
「勇者殿、ただいまお救い致します!」

 セリアーノはそれぞれの手にソグリム特有の曲刀シミターをかまえ、憎きエルフの衛兵たちに突撃していった。



(マスター君。獲物が網にかかったわ)
(うーん、想定よりも随分と遅かったね。これだと僕の作戦は失敗かな……まあいいや、ありがとうヴェルマ。引き続き報告だけお願い)
(任せてちょうだい)

 ヴェルマとの《伝達》を終えた後、僕は目の前のエルフをねぎらった。

「いやあ、助かったよ。クアドゥラさん」
「なに、私と友の仲だ。気にしないでくれ」

 下水道の一角。
 僕とティーシャはクアドゥラに用意してもらったボートに元奴隷たちを乗せ終わった。
 ここの下水の流れは海まで続いている。
 盗賊ギルドが人を出入りさせるためのルートだ。

「それにしても、エルフにも親切な御仁がいるものだな。我々を国外に脱出させてくれるとは……ありがとう。この恩は忘れん」

 ピゥグリッサがクアドゥラに礼を言う。

 ピゥグリッサに話を持ち掛けたときは半信半疑の様子で、ここまで連れてくるのには少し苦労した。
 ちなみにピゥグリッサの居場所はバリンガスに金を払ったらすぐに教えてもらえた。ピゥグリッサは盗賊ギルドに金を払って、元奴隷たちといっしょに匿われてたんだってさ。バリンガスは丸儲けだね。

「友の頼みだからな。いいか、もっと大きな船を沖に待たせてある。そこからエクリアまで脱出できる手筈だ」

 もし仮に当局が感づいたとしても、クアドゥラまでしか辿り着けない。
 もちろん《友誼》で一時的な味方となっているクアドゥラは同行せず、船で待つ船員たちはクアドゥラからの指示を守って、エクリアまでピゥグリッサたちを送り届ける。
 もしバレたとしてもクアドゥラが痛くもない腹を探られることになるだけだ……クアドゥラの船が戻ってきた後は知らないけどね。
 もしクアドゥラがギルドに泣きついてきたら恩と一緒に『友達価格』で助けてあげるとしよう。

「それでは、ふたりとも。達者でな」

 ピゥグリッサが僕らに別れを告げてくる。
 もちろんピゥグリッサが相手なので僕らは《偽装》を解いている。
 僕が盗賊ギルドに関与している……というか支部長ユーディエルであることも知らせていない。

「ピゥグリッサさん、本当にありがとうございました!」

 ティーシャが別れを惜しむようにピゥグリッサに抱き着いた。
 ピゥグリッサもティーシャの頭を名残惜しそうに撫でている。

「ところで少年……」

 ピゥグリッサが僕に向かって照れ臭そうに両手を広げてくる。

「いや、むぎゅーはもういいですからね!」
「そ、そうか……」

 不穏な気配を感じた僕は全力で拒否した。
 なんでちょっと残念そうなんだ、この人は……。

 さて、と。
 無事に別れも済んだし、ティーシャの望みは叶えた。
 残念ながらセリアーノたちは罠にはかからなかったけど、まだ機会はいくらでも――

(マスター君!)

 お、ヴェルマだ。
 なんだか焦っているような?

(大変なことになったわ! 当局の衛兵は全滅しそうな勢いよ!)
(は? 何を言って――)
(マスター君、冷静に聞いてちょうだい。セリアーノが……)

 ヴェルマは僕の思念を遮って、たっぷりと間を置いてから……衝撃の事実を告げた。

(セリアーノが『魔人』になったわ)

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