ドS勇者の王道殺し ~邪悪な本性はどうやら死んでも治らないみたいなので、転生先では自重しないで好きなように生きようと思います~

epina

ドS勇者と新情報

「ご令嬢、いけません! それ以上は本当にまずいから……!! はっ! ここは……」

 見知らぬ部屋だった。
 ふわふわでやわらかいベッドから身を起こすと、豪華そうな宝石やら調度品が飾られている棚が見えた。
 頭がグラグラする。

「なんだ夢か……ひどい悪夢だ」
(あら、マスター君お目覚め? もうちょっと羽根を伸ばせると思ったのに)

 むっ、ヴェルマの思念。
 
(ひょっとして僕が寝ている間に何か企んでたの?)
(それは無理よ。マスター君自身が望まない限り、あなたの不利益になることはできないわ。もちろん自由になれたら嬉しいけど……マスター君には大きな借りができたし。別にこのまま利用されるのでもかまわないと思ってるわよ。マスター君、なんだか面白そうだし。それと……うなされるぐらい欲求不満なら夜の相手をしてあげてもいいわよ?)
(いや、あの令嬢だけで充分間に合って……じゃなくて!)

 僕が慌てふためいた瞬間。
 寝室の中に闇色の水が湧きたったかと思うと、そこからヴェルマが浮上するように現れた。
 
「それにマスター君からの強制力もあるけど、恩を感じているのも本当なのよ。私にできる範囲で助けたいと思っているわ」
「……その影みたいなのになる能力で?」
「ええ、便利でしょう? 影になるだけじゃなくて、影から影を渡り歩くこともできるわ」

 ヴェルマが魔人になったときに手に入れた特殊能力らしい。
 そりゃ誰にも見つからないわけだ。

「これで剣の扱いがシアードより上手ければ、暗殺も考えたのだけどね」

 単独での潜入能力。天才的な狙撃の技量。
 ヴェルマは引きこもりのシアードなんかより、よっぽど役に立つ。

「ヴェルマは魔人なんだろ。魔王軍の手を借りれば、シアードなんて簡単に始末できたんじゃないの?」
「あら、あなたなら察してると思ったんだけど……魔人は別に一枚岩じゃないわ。魔王軍なんて、関わりたいと思ったこともないし、私は盗賊がやりたいだけ」
「ふーん……あ、そういえばグランドルも同じような能力だったの?」
「彼の場合は自分の体を柔らかくできる能力だったわ。どんな隙間にでも入り込めたのよ」

 なるほど……ふたりとも盗賊をやるにはぴったりの特殊能力だ。
 グランドルは能力を使って金庫に忍び込んでいるところをシアードに目撃されてしまった、というわけね。

「それにしても……あなたに聞かされたのでなければ信じなかったわ。グランドルが盗賊ギルドの金庫から運転資金を盗んでいたなんて」
「え、ひょっとして知らなかったの? てっきりグルなんじゃないかと思ってたよ」
「恥ずかしながら、まったく知らなかったわ」

 それは考えもしなかったな。
 魔人カップルってぐらいだから、以心伝心なのかとばかり。

「でも、マスター君はすべての罪をシアードに擦り付けた。あなたはグランドルのことも守ってくれたのよ」
「別にそんなつもりはなかったけどね」

 ただ単にグランドルの罪を暴いちゃうと、シアードの支部長殺しに若干の正当性が出てきちゃうのが嫌だったんだよね。
 ヴェルマも盗賊ギルドでの立場が微妙になるし。
 大切なのは真実なんかじゃなくて、僕の利益だ。

「マスター君」

 ヴェルマが僕にいきなり跪いてこうべを垂れた。

「私はあなたに忠誠を誓うわ。これは《契約》とは別に、私個人の誓いよ」

 なるほど……。
 カルザフの言った通り、本当に情が深い女なんだな。

「だったら、いっぱい僕の役に立ってね」

 ヴェルマには利用価値がある。
 文句のつけようがないくらい優秀な手駒だ。
 シアードのような捨て駒じゃなくて、僕の懐刀として活躍してもらわなくては。

「……ところで、ギルドに戻ってからどのぐらい時間が経ってるの?」
「丸一日だけど。それがどうかしたの?」
「あちゃー……」

 ヴェルマを罠にかける準備に三日ほど使った。
 その間も寝るときには宿には帰っていたから、ティーシャが寂しい思いをしていそうだ。
 ティーシャも自分で《偽装》を使えるから買い物できずにお腹をすかせてるってことはないだろうけど、ここは帰って安心させてあげるべきだろう。

「ヴェルマはギルドで待機してて。あ、でも仕事したければ好きなように」
「わかったわ」

 ヴェルマに指示を出してから、僕はいそいそと寝室を後にした。




「ユディ」

 ギルド支部を出ていこうとしたところで、バリンガスに呼び止められた。

「悪いけど、今急いでて――」
「思い出したことがある。耳に入れておいてくれ」

 えっ、まさかこのタイミングで追加情報?

「何があったの?」
「ラグナールが殺された」

 ……は?

「……マジで?」
「本当だ、間違いない。未明に死体が発見された」
「それ、詳しく教えて」

 バリンガスから改めて場所を地図で指し示されてゾッとした。
 僕とティーシャがピゥグリッサに引き渡されるはずだった、あのときの倉庫だったのだ。

「やっぱり、例のソグリム人の二人組が?」
「そこまではわからん。当局にも協力者はいるが、エルフ以外の殺人は真面目に追わないからな。ただ、女の方は曲刀を腰に下げていたそうだから可能性は高い」

 確かに速度と切れ味重視の曲刀なら、人の首ぐらいはすっぱり斬り落とせる。
 普通の剣は重さで叩き切る武器だから、そう簡単にはいくまい。

「奴らはスラムのそこいら中でピゥグリッサ、ハーフエルフ、男の子の奴隷、そしてユーディエル……お前について聞きまわってるようだ」

 ラグナールに奴隷仲買の現場に案内させて、そこで起きたことを吐かせたのかな。そんでもって口封じを……。
 ソグリム人が追っているのがハーフエルフなのか、ピゥグリッサなのか、ユーディエル(チンピラ)なのかは正確にはわからないらしい。
 一応、僕らは顔を変えてるし、辿り着かれる心配はないはずだけど。

「そして、もうひとつの情報だ。ソグリム人が何者なのかわかった」
「本当!? なんで最初にそっちを言わないのさ!」
「落ち着け。女はセリアーノ、男はフォルガート。このふたりはソグリム人の姉弟なんだが……聞いて驚け。奴らの正体はエクリア王国の騎士だ」
「は……はあああああああああっ!?」

 ギルド中の盗賊がこちらを向く。
 すぐに声を潜めて、バリンガスに質問した。

「えっ、それってクアナガルがエクリアの騎士を国内に入ることを許可したってこと?」
「いや、そんな話はない。完全に不法入国だ」
「いやいやいや、休戦条約を結んでる隣国に騎士が不法入国とか、絶対に頭おかしいでしょ!」
「ああ……その点については俺も同感だ。もし仮に奴らがエルフじゃないとはいえ殺人を犯したなら、イカれてるとしかいいようがない。こんなことが表沙汰になれば、それこそ目を覆うようなとんでもない事態に発展するだろうな」

 もしもガチだったら、クアナガルはエクリアへの大義名分を得ることになる。
 魔王軍のことがあるとはいえ、休戦条約の反故すら見えてくる大スキャンダルだ。

「そんなことになったら、たくさんの血が流れることになるよ……!」
「ああ、この街は国境に一番近い。他人事ではいられないだろう」
「また、たくさんの人が家族を失ったり、親を失った子供が戦災孤児になっちゃう……!」
「……そうなるだろうな」

 そんな……もし、そんなことになったら……!

「ユディ。気持ちはわかるが、俺たちはただの盗賊だ。首を突っ込むなよ」
「ああ、わかってる。わかってるよ……!」

 ああ、でも、はやる気持ちを抑えられない。

「連中の居場所は!」
「スラムの安宿『舞い踊る愚者亭』だが……」

 僕は一目散に駆け出した。
 こうしてはいられない。

「奴らはお前のことも追っているんだ。くれぐれも、馬鹿な真似はするんじゃないぞ!」

 バリンガスが僕の背中に向かって声を張り上げているが……僕の頭の中は既に戦争のことでいっぱいだった。
 
 戦争! 戦争! 戦争! 戦争!

 ああ、子供の頃、ただのユエルだった頃の光景が脳裏によみがえる。
 戦場で死んでいく兵士たち。
 聞こえてくるのは悲鳴。怒号。痛罵。そして命乞い。

 戦場……あそこには僕の求めるすべてがあった。
 手遅れの死にぞこないが誰かの名前を呟きながら息を引き取っていくのを観察したり。
 装備を剥ぎ取ろうとした戦場泥棒が同じ目的で群がってきた山賊に殺されるのを目撃したり。
 僕の魂を震わせる演目がおおよそ考え付く限り、毎日のように上映されていた。

「また戦争が始まる!」

 どうせ休戦条約を結んだところで、この世界は大して変わらなかったのだ。
 だったら、もう一度ぐらい戦争が起きたって問題はないだろう。

「ああ、やっぱり盗賊ギルドに入ったのは正解だった!」

 もしギルドに入っていなかったら、僕の情報はセリアーノ達に金で買い取られていただろう。
 ひょっとしたら僕やティーシャに辿り着かれていたかもしれない。

 だけど、今なら先手を打てる。
 この状況がマインドベンダーの僕にとってどれほど有利に働くか、考えるまでもない。

「フフフ……それにしても、せっかく僕が生かしておいたラグナールを殺しちゃうなんて……本当に悪い奴らだね。フフフフフ……!」

 そう、きっと奴らが殺したんだ。
 僕が利用価値を見出して、ピゥグリッサにみっともなく頭まで下げて助命したラグナールを。
 そうじゃなかったとしても、そうだということにしてやる。

「なんでこの国にいるのかワケわかんないけど……この代償は高くつくからね、エクリアの騎士さん……?」

 僕は暗い笑みを浮かべながら、この極上の素材をどう料理したら一番美味しくなるか……レシピ案を巡らせるのだった。

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