ドS勇者の王道殺し ~邪悪な本性はどうやら死んでも治らないみたいなので、転生先では自重しないで好きなように生きようと思います~

epina

ドS勇者と仲買人

「クソだ。クソクソクソ。何もかもがクソだ……」

 人間区画とは名ばかりのスラム街。
 ほったて小屋の酒場で泥水のような酒をすすりながら嘆く赤ら顔の男がいる。
 名をラグナールといった。
 ドルガルと同じく元傭兵で、エクリア人だったにもかかわらず、故郷を見捨ててクアナガルに鞍替えした男だ。

 そのおかげで戦争後に食い扶持に困って従弟のドルガルのように山賊に堕ちる……なんてことにはならずに済んだが、クアナガルでは肩身の狭い生き方をしている。

 勝ち馬に乗ったと思っていた。
 自分だけは違うと思っていた。
 エルフに取り入れば美酒も美女も思いのままになる、そんな甘言に乗ってしまった己の浅はかさを嘆きながら度数の強い酒をあおる日々。
 エルフの間者が流した流言を他の仲間に吹聴して回っていたのが、そもそも自分だったということすら……彼は忘れてしまっていた。

「何が栄光だ。何が金持ちになれるだ……クソだクソ。人生なんざ、うずたかく積みあがり続けるクソだぜ……おい、次の酒だ! 持ってこぉい!」

 何度目になるかわからない愚痴をこぼし続けるラグナールの目の前に、乱雑な調子でカップが置かれる。

「馬っ鹿野郎、こぼれっちまうだろうが!」

 ラグナールが酒場の主人に呂律ろれつの回ってない文句を言うが、最初から接客する気のない老人は何も言わずに去っていった。
 小さく舌打ちして新しい酒に口をつける。
 ……ほんのり果実のような甘味を感じた。

「おい、こんなお上品な酒は頼んでねぇぞ」
「……あちらさんからの奢りだとよ」

 疲れた調子で爪磨きを再開しながら、酒場の主人が億劫そうに口を開く。
 ラグナールが指し示された方向には、目深にフードを被った見るからに怪しい男がいた。

「……誰だお前?」

 アルコールで酩酊した頭で記憶を辿るラグナールだったが、結局思い出せなかった。
 フードの男は勝手に向かいの席に座りながら、単刀直入に話題を切り出してくる。

「会うのは初めてだ。だが、お前が奴隷を買い取ってくれると聞いた」
「……はっ、なんのことだか」

 ラグナールはわずかにビクついたが、すぐにすっとぼける。
 真っ先に思い至ったのは当局の捜査だったが、クアナガル管理帝国ではエルフ以外の奴隷は合法である。
 別に怖がる必要なんてないのだと思い直したのだ。

「ドルガルから聞いた。まあ、奴は死んだが」
「そうかよ。ついにあいつもヤキが回ったか……」

 エクリア方面からの人間奴隷はいい小遣い稼ぎになる。
 国境のエルフ番兵は荷物が奴隷だとわかれば通してくれるし。もちろん、奴隷商人にそれなりの金を握らされているはずだが――。

「で、お前がその後釜ってわけか」
「ああ、そういうことになる」

 ラグナールの目が細まった。
 おそらくドルガルを殺したのは目の前の男だろう。用心深く自己保身に長けた従弟が、詳しい取引内容や取引相手――つまりラグナールのことを部下に漏らすはずがないからだ。

「そういうことなら、実績を見せてもらわなくっちゃな」

 しかし……こいつが本当にドルガルの後釜なのかどうかは、どうでもいい。
 本当に商品を納入してくれて、金になるなら何一つ文句はないのだ。

 ラグナールの言葉を受けたフードの男の口元が、わずかに吊り上がった。

「それは助かる。すぐにでも金に換えたいのが二人いるんだ」




「へぇ、こいつは確かに上玉だ!」

 ラグナールが案内された裏路地で引き合わされたのは、人間の青年とハーフエルフの少女だった。
 ハーフエルフの少女が青年を抱きしめたまま、涙目で見上げてくる。
 青年の方に至っては、よっぽどひどい目に合わされたのか……現実に焦点の合っていない目で、ぼーっと宙を眺めていた。

「こいつらは手付だ。アンタの言い値でいい」
「マジかよ! 景気がいい話だな、そりゃ!」

 ラグナールは最初から値切る気マンマンだったが、フードの男の方から切り出してくれた。

「じゃあ、2人で200ゴールドってことでどうだ?」

 かなり買い叩いたつもりだったが、フードの男は無言で頷いた。
 まるで金そのものには興味がないかのよう。
 しかし、ラグナールは違和感を覚えるどころかご機嫌だった。この価格ならば奴隷商人が相場通りに買い取ってくれれば、かなりの利ザヤが稼げる。

「今後は俺以外の人間を寄越す。もう会うことはないだろうが、今後もよろしく頼むぞ」
「ああ、もちろんだーって、待て待て。商売はこれっきりってわけじゃねえんだ。アンタの名前を聞いておかねえと取引できねぇぞ」
「……そうだな。ユーディエルとでも名乗っておこう」




「ユエル様」
「ん、うぅ……」

 ティーシャに体をゆすられて身を起こす。
 体中が痛い。
 硬い床の上でそのまま寝かされていたらしい。

 周囲を見渡す。
 どうやら僕らはどこかの倉庫に監禁されたようだ。
 近くには粗末な食事と水が用意されている。

「大丈夫? ラグナールに乱暴とかされなかった?」
「はい、今のところは平気ですけど……」

 僕が寝ている間に何かされそうになったら隠し持った短剣で自衛していいとは言ってあるけど、何事もなかったみたいでよかった。

「何か予定外のことは起きてる?」
「い、いえ。すべてユエル様のおっしゃったとおりになっています」
「ここがどこかはわかる?」
「移動中は目隠しをされていたので、そこまでは……」

 ティーシャがもじもじしながら、言いにくそうに……不安そうに呟いた。

「そ、その……ユエル様を疑うわけではないんですが、本当に大丈夫ですよね? わたしたち、このまま奴隷商人に売られたりしませんよね」
「うん、そこは平気だよ」

 もしそうなっても、僕が買い取るからね。

「このまま奴隷商人に接触できるでしょうか?」
「んー、間に何人か入る可能性はあるけど。いずれ辿り着けるはずだよ」

 エルフを売買する以外はクアナガルじゃ合法のはずだし。
 用心のために仲買人を何人も通す、という事はないはずだ。
 今のところは計画通りに進んでる。
 レベルアップで取得した新たなギフトの実験も大成功だ。これなら……。

「すいません、どうしても怖いんです。ユエル様がいくら話しかけても何も答えてくれなくなっちゃって……」

 あー、なるほど。そうなっちゃってたわけか。
 ギフトの説明を読む限り問題なさそうに思えたんだけど。
 ティーシャも、さぞかしびっくりしたことだろうな。

「それに、あのユーディエルって人は何者だったんですか!?」

 怯えるティーシャの姿がちょっとかわいかったので、くすっと笑いがこぼれる。
 僕はティーシャにパチッとウインクを返した。

「協力者さ。赤の他人のね」




 すべての取引を終えた後、フードの男はラグナールと別れてしばらくしてから……ハッと正気に返る。

「あれ? 俺はいったい何をして……おっ、なんか知らんけど金だ! ラッキー! これだけあればピーティちゃんとラッブラブだぜー!」

 ユーディエルと名乗っていた男は口笛を吹きながら、風俗街へと消えていった。

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