ゴブリンロード

水鳥天

第210話 上申

 日に照らされる街道の上空をラトムは翔ける。いくつかの都市を超えて、遠くに平地から突き出した円錐形の山が霞んでいた。その山から花弁を描くように境界線が広がっている。そしてその境界線をたどるようにして放射状に何本もの線が伸びていた。その線の中でひときわ太いものがある。それはラトムが辿っている大工房から続く街道だった。

 街道の上をいくつもの荷馬車が行きかう。一台、二台で移動をしているなか、十数台の一団があった。ラトムはその一団に向け一気に高度を落としていく。荷馬車の一団に後方から接近して追い抜くと一旦上昇し、一団の中ほどを進む一台の荷馬車へ舞い降りていった。
 
 荷台の屋根に着地したラトムは跳ねて前方に向かい、御者の隣に飛び降りると、御者に向かて声を掛ける。

「デンレイ、デンレイ!コーボーチョー、デンレイ、アリ!」

 御者は静かにラトムの事をちらりと見ると、背後の荷台に向かって「伝令の鳥が来た」と低い声で報告した。

 すると、少し間を置いて荷台の中から「入れろ」とマレイの短い返答が響いてくる。御者はその声に答え、荷台の中に入るための戸を少し開けてやった。

 ラトムはその隙間から荷台の中へと入り込む。通常の荷馬車より一回り大きく全面を木材で作られた荷台の中は広く、天井も高い。後方の扉も締めきられ、荷台の中はいくつかの魔術灯の明かりで照らされている。そんな荷台の中でマレイと他二人の人物がもくもくと何かしらの作業を行っていた。

 マレイは荷台の中に備え付けられた机に向かって広げられた紙に目を通しながらぶつぶつと何かをつぶやいている。そしてマレイの斜め向かいに座る人物が白紙にペンを走らせていた。そして最後の一人が紙を渡されたり積まれた紙の束から何かを探しだしては渡したりを繰り返している。ラトムは跳ねて荷台の中を進み、マレイの視界の中に入るように一跳びして机の上に立った。

 ラトムの姿をちらりと見たマレイはペンを持つ人物に対して手をかざしペンが上がるの待って声を掛ける。

「二人とも、休憩してくれ」

 マレイの言葉に二人は返事をして緊張の糸が緩んだように脱力した。

「想定より報告が早いな、ラトム。何かあったのか?」

 マレイだけは緊張を維持したままラトムに話しかける。

「昨日の夜に大石橋の砦に入って一拍したっス。今はもう出発してるはずっス」
「ふうん・・・そうか。想定より二日は早いな。こちらはもうすぐ中央に到着する。ラトムもここに来る前に空から見えただろう。
 我々が中央に入ってしまえばラトムといえども直接の接触は難しくなる。中央との検問所にこちらの使いの者を待たせておくから緊急の用件があればそいつから連絡を通せ。
 わかったか?」

 宙を見つめながらマレイは矢継ぎ早に語り、最後にラトムに目線を落として確認した。

「わかんないっス」

 ラトムはまっすぐマレイを見上げながら答える。

「何がわからなかったんだ」

 マレイは動じることなく聞き返した。

「どうしてユウトさんを困らせるっス?」

 ラトムの問いに対してマレイはすんとした表情になっていく。

「砦で見たっス。ハイゴブリンを讃えるような噂を流してるっス。それでユウトさんは悩んでたっス!」
「へぇ、ユウトはどんな様子だった?嫌がったのか」
「いや・・・嫌がってたというより怒ってたっス」

 マレイはラトムの答えを聞いてふんと笑い、ラトムに顔を近づける。

「なるほどな・・・ラトム。お前はなぜユウトが怒っていたのか、わかるか?」
「それは・・・わかんないっス」

 ラトムはマレイの圧力に押し込まれるように一歩後ずさって答えた。マレイはそんなラトムの様子を見て、さらににやりとすると言葉を続けた。

「わからないなら教えてやる。人の形した生物はな、自分ではどうしようもない現実と自身の無力さに腹を立てるものなんだ」

 そう言ってマレイは背もたれに身体を預けて腕を組む。

「ユウトさんが無力?」
「ユウトは確かに強い。単純な戦闘能力だけならユウトに敵う者はそうはいないだろう。だがそれだけでは人の心は動かせない。目に見える結果と周知があってこそだ。
 今回の星の大釜決戦でユウトは必要な仕事をやり遂げた。しかし十分ではない」
「あっ・・・もしかしてぶっ倒れたことが響いてるっス?」

 はっとしてラトムはマレイに確認した。

「そうだな・・・奴の仕事はあの後、盛大に祝われ、この隊列に加わって、中央へ凱旋し、直ちに審議会に出席する、までだった」

 語りながらいら立ちの語気を増したマレイは言い切って、はぁと溜息をつくとさらに脱力する。

「ま、あくまでそれは理想だ。ユウトが出遅れてしまう可能性もありえた、だからああして噂を流す準備はもともと進めていた」
「死んでしまう可能性も見据えてた、ってことっス?」
「・・・最悪な。だから多少、過剰な表現をしてでも英雄の存在を広める必要がある。本人がどう感じるかは抜きにしてな。それはユウトも承知しただろう。だからやめさせようとはしなかったはずだ」
「確かに・・・そうっス。やめさせるようには言わなかったっス。その理由をヨーレンに問い詰めてただけっス」

 ラトムは思い悩むようにうつむいた。

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