ゴブリンロード

水鳥天

第209話 自責

 ユウトとヨーレンの間に沈黙が横たわる。ユウトはそれ以上何もヨーレンに対して尋ねられず黙っていることしかできなかった。

 ユウトはヨーレンが全ての事情を把握し理解しているわけではない、ということに今になって気づく。そして気づくのに時間が掛かってしまった。冷静でいられず詰め寄ってしまった自身の失態にヨーレンへの申し訳なさと恥ずかしさが合わさり言葉がでない。この場に同席しているセブルとラトムも黙ったままだった。

「そろそろ休もうか」

 自責の念からうつむくユウトにヨーレンは普段と変わらないにこやかな笑顔に戻って語りかける。

「ああ、そうしよう」

 ユウトは精一杯の笑顔を作って言葉を絞りだした。

「ユウトさん。オイラ、マレイに砦まで来たって報告してくるっス」
「えっ?」

 突然のラトムの提案にユウトは驚く。

「そろそろマレイは中央、という場所に到着するはずっス。その前にこっちの現在地を報告しておくことは必要だと思うっス」

 ラトムは口早にユウトをじっと見つめて語った。

「どう思う?ヨーレン」
「確かに行ってくれるなら、助かるけど」
「えっと、よろしく頼むよラトム」

 ユウトとヨーレンはラトムの勢いに気圧されるように了承する。ユウトは立ち上がって部屋を横切り窓を開けた。

「じゃあ、行ってくるっスー!」

 ラトムはユウトの肩から勢いよく飛び立ち、窓を抜けると暗い空へ飛び去っていく。ユウトとヨーレン、それにセブルは夜空にうっすらと残る赤い光の軌跡を見送った。



 ユウトは浅い眠りから目を覚ます。どれほど睡眠がとれたのかはわからなかった。

 閉じられた窓の隙間に日の光はまだない。中途半端な覚醒のせいか、暗く否定的な思考がユウトの中に渦巻いた。もやもやしたものを抱えながらユウトはもうひと眠りしようと努める。しかしそのうちじっとしていることに飽きて身体を起こした。

 寝ているヨーレンを起こさないように静かに簡単な身支度を終えると、ユウトはそっと扉を開け部屋を出る。セブルはユウトが閉じた扉の内から鍵を締め、扉と床の間をすり抜けて廊下に出た。身震いしてふっくらな元の姿に戻ったセブルはしゃがんで待っていたユウトの身体に飛び移る。そしてユウトは宿の外へと出ていった。



 ユウトは城壁の屋上に階段を上ってくる。そしてあたりを見渡すと、見張りと思われる兵士が遠くに数人見えた。

 思考の隅にひっかかる小さな不安をユウトは取り除きたくて、夜中の黒い河に浮かび上がる石橋を眺める。緩やかに流れる水面に映し出される魔術灯の明かりが揺れ動いていた。

 そうしてユウトは塀に腰掛け、周囲が薄明るくなってくる中、やわらかく冷たい夜風に当たって、じっと物思いにふける。セブルは何も言わずにユウトの首元で毛を膨らませていた。

 しばらくしてユウトに近づく足音の後、声が掛けられる。

「あ、あの!少し、お時間よろしいですか?」

 声を掛けたのは一人の兵士だった。

「うん、大丈夫だ。何か用かな」

 答えながらユウトは立ち上がり兵士と相対する。一般的な砦の兵士の装備に身を包んでいる若いこの兵士にユウトは見覚えがあった。それは前日の砦に入るための検問での事。ユウト達に対応した兵士の一人に似ているな、とユウトはぼんやり思った。

 遠巻きに見られていることにユウトはすでに気づいていたため驚きはない。その兵士は緊張した固い声で言葉を続けた。

「私は大石橋での魔鳥との戦いを砦から見ていました。あの時の戦い、騎士と魔獣との連携はお見事で・・・ええっと、なんと言っていいか・・・たいへん感動いたしまして、その事をお伝えしたかったのです。そしてあの時、この砦と大石橋を守っていただいて本当にありがとうございました」

 兵士は言葉を詰まらせながらが最後は早口で一息に言い切ると素早く頭を下げる。ユウトはこわばっていた肩の力を抜いて、穏やかな声で頭を下げた兵士に向けて口を開いた。

「そう言ってもらえると、オレもうれしい。こちらこそ声を掛けてくれてありがとう」

 ユウトはそう言ってマントの間から手を差し出す。

 ユウトの手を兵士はあたふたとしながら握る。お互いにぐっと力を入れ、握手を交わした。

「では、そろそろ夜間警備の当直が終わるので私は失礼します。ご武運を」
「そちらも、ご武運を」

 そして兵士はその場から去っていく。ユウトはその後ろ姿をしばらく眺めていた。

 首元のセブルがユウトに声を掛ける。

「あの人、かなり緊張してましたね」
「そうだな。こっちまで緊張してしまった」

 そう言いながらユウトは振り返り、もう一度、大石橋を眺める。朝日に照らされた大石橋は長く影を伸ばしていた。

「星の大釜決戦の噂は知らなかったんでしょうか」
「どうだろ、もしかしたら知ってて言わなかったのかもしれない」
「そうなんですか?どうして・・・」
「はは、どうしてだろうな」

 ユウトは軽く笑ってセブルに答える。思考の隅にある小さな不安はいまだにあるものの、気にならなくなる程には軽くなっていた。

「あ!何か知ってますね。教えてくださいよー」

 少し嬉しそうに尋ねてくるセブルにユウトは空を見上げて返答を考える。

「ちゃんとオレの事を知ってくれてるってことだと思う」
「うん?ならボクの方がずっと、ちゃんとユウトさんの事を知ってますからね!安心してください!」

 セブルはユウトの肩の上で自慢げに鼻息を鳴らした。

「ありがとな、それで十分だ」

 ユウトはそう言ってセブルを撫でる。セブルは嬉しそうにユウトの手のひらに頭を押し付けた。

 日の出とともに砦の中も目覚め始める。戸の開け閉めや挨拶、物を置く音、水音などの生活音が聞こえ始めていた。

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