ゴブリンロード

水鳥天

第176話 不意

 リナは見開いた目を瞬かせ、レナに引っ張り上げられたままの態勢で固まっている。

「えーっと・・・リナ、大丈夫か?」
「・・・あっ、ええ大丈夫!大丈夫・・・」

 見かねて思わず声を掛けてしまったユウトの声にリナは我に返った。

 そしてふうと一度深呼吸をして仕切り直す。

「えっと。みなさん。協力してくれてありがとう。必ず生き残りましょう」

 リナは向かい合った全員の顔をしっかりと見つめながら、ハキハキとした口調で語り掛けた。

 その声に対し、相対する面々は返事をする者、うなずく者などそれぞれの方法で返答する。レナはそんな全員の様子を見て静かに胸を撫でおろし。

 ユウトはほっと息を吐く。どこか安堵したような表情のリナを見た。そのリナの奥、鉄の荷車の中からユウト達を覗く四つの顔を見つける。それがハイゴブリンの四姉妹であることはすぐに気づいた。

 兜をかぶるユウトに見られていることに気づかない姉妹たちは興味津々な瞳でユウト達一団を眺めている。

「リナ。姉妹たちは戦闘中、あの鉄の荷車に乗せておくのか?」
「そのつもり。あれはとても頑丈だから防御を固めるには最適だと思うわ」
「なるほど。確かに安全そうだ。でもあれってどうやって移動とか操縦しているんだ?」
「ソレハ我ガ答エヨウ」

 ユウトの斜め後ろに控えていたヴァルが突然声をあげ、その場の全員の視線を集めた。

 ヴァルは遠慮なく話を続ける。

「アレハ我ガ身体ノ一部デアル。ヨッテ移動、操縦ヲ我ガ遠隔で行ウコトガデキル。
 ソシテ、拡張装置デモアル」
「拡張、装置?どういうことだ?」
「アレハ我ガ手足、トイウコトダ。見テイロ」

 ヴァルは鉄の荷車の方を向く。ユウト達もそれにつられるようにそちらの方向を見た。

 全員の視線が集まることで姉妹たちはびくりと驚いたように垂れ幕を揺らして顔を引っ込める。それと同時に鉄の荷馬車はヴァルのように音もなく浮き上がった。

 そして荷馬車は二つに分かれる。一つは荷車、もう一つは前方の横たわる牡牛のような鉄の塊だった。

 鉄の牡牛はゆっくりとユウト達の方へと移動してくる。近づいてくるとユウトの思っていた以上に大きく、迫りくる光景に後ずさりする者もいた。

 じっとユウトが見つめる次の瞬間、鉄塊のようだった牡牛の身体は展開を始め、みるみるその輪郭を変貌させていく。ものの数秒でその姿は頭部を持たない巨人へと変貌をとげ、足を地に着けた。その重たい衝撃は地面を伝わるとユウトの身体を震わす。そしてヴァルがポンと打ちあがり巨人の首に着地した。巨人の身体から爪が伸び、ヴァルを固定する。ヴァルのおっとりして見える顔が巨人の顔となり固定する爪が角のように見えた。

 先ほどまで鉄塊の牡牛と卵が変形、合体し鉄の巨人へと姿を変える。鉄巨人はその場の誰より高い身長で全員を見下ろした。

「コレデ、ヨリ役ニ立テルダロウ」
「なるほど・・・な。正直、かなり驚いてる。けどなんで今まで言わなかった?教えておく機会はあっただろ」
「さぷらいず、ハ、喜バレルノダロウ?」

 ヴァルの答えにそのユウト以外の全員が首をかしげる。

「ぷっ、ははは」

 ユウトは思わず笑ってしまった。

「わかったよ。なら、その力を存分に発揮してオレをもっと驚かせてくれ」
「期待シテオケ」

 今や巨人のヴァルは腰に手を当て胸を張るような動作を行う。

「いや、なんでヴァルが偉そうにしてるのさ」

 ユウトの耳元でセブルがぼそっと呆れたように小言を言った。



 遠くユウト達の様子を物見矢倉の観覧席からマレイ達は双眼鏡や単眼鏡で眺めている。一連のヴァルの行動に驚きを隠せないのはこの場にいる者も変わらなかった。

「執政官殿、あれは一体何なのですか?何か・・・突然、鉄塊が姿を変えて巨人となりましたが、あれは魔物でしょうか?」
「あー・・・えっとぉ、あれはですね・・・」

 熱心に手に持った双眼鏡をのぞき込んだままドゥーセンはマレイに尋ねる。しかし 
マレイはドゥーセンの問いに対して答えを出しあぐねていた。近場にいるラーラや工房守備隊員を見るも誰も首を振って答えることはない。マレイは眉間に深いしわを寄せて目を閉じ、弛緩するように目を開け答え始めた。

「あれは少なくとも魔物ではございません。おそらく古代の遺物と考えております」
「古代遺物?あのようなものがあったという報告は受けていませんが・・・」
「現在調査中でしたので未だ報告書を提出しておりませんでした。その能力を図る意味で最前線へ投入することといたしております」

 マレイは無気力にすらすらと言葉を並べた。

「しかし・・・あれは特級の域なのでは?」
「ええ・・・まぁそうだと思いますがあれはすでに主人を決めているようですし、私の方で危険はないと判断していました」

 あれをみるまでは、とマレイはドゥーセンにも聞き取れないほどの小声で答えを締めくくる。

「そうですか・・・ひとまずあの古代遺物の処遇については今は保留としておきましょう。兵器としての能力を持った古代遺物は争いの元となりかねません。報告書は念入りにお願いします」
「承知いたしました」

 マレイはげんなりとした表情で音の立たないため息を一つついてユウト達を注視した。

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