ゴブリンロード

水鳥天

第172話 起動

 しばらくしてモリードの「起動・・・よし」という言葉と共に、聞き取れるか取れないかというほどの高音にユウトは気付く。その音からユウトは大魔剣が無事に起動したとわかった。

「ユウト、今のとこ僕が見る限り作動に問題はない。持ってみてユウトも調子を確認してみてくれないか」

 モリードは振り向いてユウトにそう投げかける。そして大魔剣につながれた線を取り払って覆いを取り付けた。

 大魔剣に近づくユウトにはかすかに空気の流れが感じられる。大魔剣の柄から伸びる左右対称の鍔は上下に展開し、かすかに隙間から光が漏れていた。ユウトは柄の両端を幅広く握り、台と平行にしながら慎重に大魔剣を持ち上げる。そして自身の身体から大魔剣へと魔力を送り込んだ。

 すると大魔剣はゆっくりと呼吸するように漏れる光と高音を強める。

「うん、完璧だよ。振動もない」

 そしてユウトはもとあった通りに大魔剣を台に置いた。

「これで僕にできることはおおむねおわりかな。決行は正午ごろだったね」
「そうだよ。少し寝るか?」

 先ほどまで緊張で張り詰めていたモリードの表情はだらりと弛緩している。瞼が重たそうに見えた。

「そうさせてもらうよ」

 そう言いながらモリードはおおきなあくびをする。その隣に鎧に身を包んだデイタスがいつも大魔剣を包む布を持ってやって来てモリードに声を掛けた。

「お疲れ様だな、モリード。寝坊しないようにな」

 ユウトはデイタスに大魔剣を預ける。

「それじゃ、先に行ってくるよ。鎧の装着に時間もかかるし」
「うん。ご武運を、二人とも」

 ユウトとデイタスは静かに頷き、モリードに見送られながら仮設工房を後にした。



 巨石の前にヨーレンはたたずんでいる。普段着込んでいる工房作業着ではなくゆったりとした青紫に銀糸の模様が浮かぶローブをまとっていた。

 朝日の光で影が長く伸びる草原にはヨーレンの他に大工房の守備隊員が数人、ヨーレンの後方に控えている。おもむろにヨーレンは腰のあたりに吊り下げている棒を掴んで目の前に掲げた。

 掲げた棒の先には一塊の透明な鉱石が取り付けられている。ヨーレンは瞳を閉じ、言葉を紡ぎ始めた。すると鉱石の中央にある星雲のような靄が瞬きだし、巨石が震え、その振動が地面を伝う。守備隊員は不安そうにヨーレンを見た。

 ヨーレンは掲げていた棒を両手で握りゆっくりと下ろしていく。その動きに連動するように巨石が地面からせりあがり始めた。

 巨石はどんどん宙に昇っていく。朝日をさえぎり影は伸びた。昇りゆく巨石は地表に見せていた何倍もの長さで地に埋まっていたことを守備隊員たちは知る。時折まとった土を落としながら巨石の全貌が地表からあらわになってようやく動きを止めた。

 ヨーレンはふうと息をついて何の緊張感もなく守備隊員達の方へと振り向いて語り掛ける。

「それではこれからこれを大釜まで移動させます。確認していたようにみなさんには注意喚起と誘導をお願いします」

 柔らかな物腰で浮いた巨石を背景にしながら語るヨーレンに守備隊員たちは一瞬呆けていたがすぐにはっとしてしっかりとした返事でヨーレンに答える。そして散開し、大釜までの通り道を確保し付近の人々に注意を向けた。

 それを確認してヨーレンは巨石の横に立ち、散歩するような気楽さで巨石と共に移動を始める。早朝ながら屋外にいる人々は遠目に移る巨石の異様な光景に目を奪われていた。



 ユウト達一行はとあるテントの前に到着する。そのテントは二日前にマレイに呼び出されて来た白い鎧のテントだった。大魔剣を持ったデイタスを残しユウトとセブル、ラトム、ヴァルはテントの入口を潜っていく。もう一つの垂れ幕を抜け、まず最初にユウトの目に入るのは数人の職人たちだった。

「おはよう。調整はもう十分か?」

 ユウトは少し呆れたような笑顔で背中を向けて作業に勤しむ職人たちに挨拶を投げかける。

「ああユウトか。まぁ、いいだろう。できることはやったな」

 職人の一人が首だけユウトに向け、言葉を返した。

「うん。そんじゃあ身に着けるか。よろしく頼む」

 そう言ってユウトはテントの奥へと歩みを進める。向かう先には机が一つあり、その上にはいくつもの服が並べられていた。ユウトは身に着けていた光魔剣を置き続いてマント、服、靴と次々に脱いでは簡単にたたんで机の空いた場所に置く。ついには素っ裸になってようやく置いてあった服に手を付け始めた。

 身体に密着する伸縮性のある薄手の上下で全身を覆うことから始まり、それから一枚一枚折り重ねるように纏っていく。その中には紐を通した皮で締め上げるようなものもあった。

 そしてようやく着終えると、ユウトの肌が露出するのはあごから上のみになっている。その格好でユウトは両手両足を広げて立った。

 すると職人二人がユウトの前と後ろに立ち、他の職人が持ってくる鎧を一つずつ丁寧にユウトに装着していく。その作業はただかぶせるだけではなく、ユウトの着込んだ下着にあるあらかじめ決められた場所へとかみ合わせて一体化していく作業だった。

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