ゴブリンロード

水鳥天

第160話 御呪

「ロードを待ってるの」「許可・・・まだ」
「まだ食べちゃだめ」「みんなでちゃんとがまんなんだよ」

 四姉妹それぞれが一斉にユウトへ言葉を投げかける。

「そ、そうなのか」

 子どもらしくない統率のある反応にユウトはたじろいでしまった。

「あの、驚かせてしまってごめんなさいユウトさん。ロードがいる時だけ、この子達ロードを待つの。そう教えたわけじゃないんだけど」

 リナがユウトへすかさず説明する。へえ、とユウトが答えるころにロードを乗せたヴァルが敷いた布の縁にやってきていた。

「ユウト、我の代わり、合図をだしてやってくれ」

 ロードはユウトに向けて話しかける。次に並んだ四姉妹の方を向いて指示した。

「お前たちは今後、このユウトの指示に従え」
「「「「ハイッ!」」」」

 四姉妹は声を揃えて即座に返事をする。そしてユウトの方へともう一度注視した。

 ユウトは思いもしなかったロードの頼みを持て余す。四姉妹はただじっとユウトの言葉を待っていた。

「うん、そうだな・・・なら今日から食事を始めるときにはいただきます、食事が終わったらごちそうさまと口にだして挨拶をしてくれ。誰かを待たなくてもいいし、合わせなくてもいい。その代わり、小さい声でもいいからやってくれ」

 ユウトの言葉を聞いて四姉妹はぽかんとしている。薄い反応にユウトは内心焦りだした。

「・・・どうして、いただきますと、ごちそうさま、なの?」

 四姉妹の一人がぽつりとユウトへ訪ねる。

「あーえっとな、オレの育った故郷ではそんな風習をやってたんだ。だからその意味となるとちゃんとは知らないんだよなぁ・・・」

 ユウトは自身の言ったことの根拠をあやふやにしか理解していないことに気づき言葉が弱弱しくなっていった。

「ふうしゅう?」

 別の姉妹がつぶやく。その言葉に答えたのはリナだった。

「おまじない、かな」

 四姉妹は皆、リナの方を向いてへぇと感嘆の声を上げる。リナの補足からユウトは説明を思いついた。

「理由や意味はともかく、そのおまじないをすると食事が楽しくなった思い出があるんだよ。ここは軍隊でもないし合図、とか指示じゃなくていいと思うんだ」

 それを聞いた四姉妹は一斉に「ふーん」と反応を返す。そしてそれぞれ顔を見合わせ、声を合わせて「いただきます」と言った。

 声色、発声に個性を見せながら、いただきますの言葉を皮きりにもりもりと食事をとり始める。ユウトはふぅと一人胸を撫でおろした。

 それからつぶやくように、懐かしむように「いただきます」と言ってからユウトはカレーを食べ始めた。

 食事は進む。四姉妹は何度かカレーのおかわりの後、最後はそろって「ごちそうさま!」と元気よく声を揃えて食事を終えていた。

 カレーはユウトにとって完璧な再現とはいかないまでも忘れさろうとしていた思い出を思い起こさせるには十分な味わいで食事を楽しんむ。先に食事を終えた四姉妹がユウトを意識してそわそわするのでユウトに気を使ったのかセブルが四姉妹の遊び相手をしてあげていた。

 日も傾き始めたころに仕事を終えたラトムがユウトを見つけてやってくると四姉妹の遊び相手に加わりにぎやかなはしゃぎ声が響き渡る。その間にユウトは食事を終えてリナに食器を返しに近寄った。

 リナは食事をとりながら元気いっぱいにはしゃぎまわる四姉妹を穏やかに眺めている。

「ありがとう。とてもおいしくて昔を思い出したよ」
「口に合ったのならよかった。もし機会があればみんなにもふるまってみたいわ」

 ユウトの差し出した食器を受け取りながら笑顔でそう言うリナの表情に、ユウトはどこかさみしさが滲んでいるような気がした。

「大丈夫だよ、きっと。オレでもなんとかなったんだ。あの子たちもリナも受け入れてもらえるはずだ」

 そう言いながらユウトは四姉妹たちの方を見る。

「うん、そうね」

 リナももう一度、四姉妹たちを見て、カレーの最後の一すくいを口に運んで飲み込んで「ごちそうさま」とつぶやいた。

 影が伸び、濃紺の空で茜色の雲が輝く。そんな全体の様子をロードは輪から離れたヴァルの上で静かに眺めていた。



 鉄の荷台の上で四姉妹は並んですやすやと寝息を立てている。あたりはすでに暗く、遠く大釜の稜線に矢倉の魔術灯の明かりが輝いていた。

 食事の片付けを手伝い終えたユウトはそろそろ戻るとリナに伝える。

「あの子たちに付き合ってくれてありがとう。あなたに比べれは私にできることは微々たるものだけれど明後日の決戦は共に死力を尽くしましょう」
「うん、もちろんだ。それじゃあ、また」

 そう言ってユウトは手を掲げリナと別れ、離れたところでたたずむロードの元へと歩みを進めた。

 ユウトの肩の上では四姉妹の遊び相手をしていたセブルとラトムがへとへとになってうなだれている。ロードは頭にまとった布をほどき、空を見上げていた。

「ロード。そろそろ野営基地にもどるよ」
「ああ」

 ユウトはその場から動かずさらに言葉続ける。

「一つ、聞いてもいいか?」

 ユウトの問いかけを許可するようにロードはユウトを見る。

「どうしてこの身体にはロードへの服従を強制させる機能を持たせなかったんだ?」

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