ゴブリンロード

水鳥天

第146話 出立

 明かりの灯った魔女の館に賑やかなはしゃぎ声が響き渡っている。小鳥のさえずりのように華やかな声でも四つも重なればけたたましかった。

「ほらっみんな!もう出発しなくちゃいけないんだから。ジヴァを困らせないで」

 大荷物を抱えながらリナは懇願するように語り掛ける。騒ぎ立つ声は一瞬だけ止むもののすぐに勢いを取り戻した。

 焦りの色がみえるリナの声が向けられているのはハイゴブリンの四姉妹達。椅子に腰かけ、渋い顔をしたジヴァの足元に集まっていた。それぞれが体を揺らしたりジヴァの服を握ったりしながら何かを訴えかけている。リナの呼びかけは四姉妹になかなか受け入れてもらえず膠着状態に陥っていた。

「ねぇねぇジヴァぁ。ここにいちゃだめなの?」「いい子にするからもっといさせてよぅ」
「ちゃんとお手伝いもする・・・」「おねがいっ!」

 上目遣いに見上げる姉妹達に目を合わせないジヴァは深い深いため息をついて語り始める。

「あんたたちはこれからもっと広い世界に出ていこうとしているんだ。こんな小さな箱庭で満足してるんじゃない」

「広い世界ってなに?どこ?」「広い草原ならもう知ってるよ」
「つまんない」「ジヴァもジェスもいる方がいい!」

 姉妹達がすぐさま返答する。ジヴァは渋々視線を落として姉妹達の眼差しを受け止めた。

「いいかい、広い世界ってのは特定の場所じゃない。いろんな人と出会い、環境へ行き、物に触れることだ。もっと明るく、賑やかで、騒がしくなるだろうな」

 ジヴァの言葉に姉妹達はぐっと黙ると、間をおいて次第にその瞳をまん丸に開き輝かせ始める。

「まぁそうなるかどうかはあんたたちの頑張りとユウトの踏ん張りしだいだろうがな」

 また目をそらしながらぼそりとジヴァは言葉を続けた。

「ほんとにほんとっ?!」「もっといろんなことができるようになるの?」
「・・・新しいことも知れるかも」「おもしろそー!」

 姉妹たちはお互いを見合い、わちゃわちゃと騒ぎながらジヴァの元から離れ、慌ただしく駆け出していく。遠ざかっていくはしゃぎ声の中でジヴァとリナの二人だけとなった。

「ありがとうございます、ジヴァ。助かりました」
「まったくだ。ようやくこれでここも静かになる」

 ふうと息を吐きながらジヴァは椅子の背もたれに深く身体をあずける。

「これで・・・お別れになってしまうかもしれませんね」

 リナはうつむき、寂しさをにじませながら独り言のようにつぶやいた。

「お前さんしだいさ」

 ジヴァの声にはっとしてリナは顔を上げる。ジヴァは言葉を続けた。

「選択し、その身を変質させてでもここまで生き延びた。そうしてでも生きることにすがったのは、ここで運に身をゆだねるためではないだろう?」

 投げかけられた言葉を受けて、リナは思考するように一瞬視線を落としてジヴァと向き合う。

「そうですね。今更でした。ふふっ、潔く葬られようなんて考えてしまうのは少し緊張しているのかもしれません。手の掛かる妹たちを放ってはおけません」

 自嘲するように仄かにリナは笑い、ジヴァも口角を吊り上げた。

 リナは背負っている大きな荷物を一度縦に揺らして両肩の掛かる荷物の帯をぎゅっと握り、力強く歩き始める。扉を出て行こうとする直前、一度立ち止まってジヴァへ振り向き語り掛けた。

「近々また会いましょう。
 ・・・ジヴァはやっぱり優しいですね」

 そう告げたリナはジヴァの反応を待たずにそそくさと扉から出ていく。部屋に残ったのはジヴァのため息だけだった。


 リナが玄関から外に出るとそこには地面に大きな金属の塊が鎮座している。車輪のない荷台の屋根の縁に留まったジェスが柔らかな光を発し、あたりを照らしていた。

 リナは開け放たれた荷台へと向かう。荷台の中からは賑やかな声が発せられていた。

 荷台の入口に近づくとリナは足を止めてジェスを見上げ、語り掛ける。

「ジェスもありがとう。また会いましょう」
「はい。その時を楽しみにしています」

 リナは笑顔で頷き荷台へ乗り込み柵を上げた。

 そして四姉妹を避けながら荷台の最奥へ向かうと降ろされている幕を開けて顔を出し、静かにたたずむ金属の牛のような背中へ言葉を発する。

「起動。目的地を設定、ヴァルの元へ。人目を避けて全速の五。移動を開始」
「承認シマシタ。起動シマス。目的地ヴァル。条件ヲ設定シテ経路設定。移動開始」

 抑揚のない声がリナの言葉に呼応して金属の塊から重低音が響き始めた。

 すると荷台とそれを引くように配置された金属の牛はふわりと浮き上がりゆっくりと加速を始める。それを確認したリナは荷物を下ろして開け放たれた荷台の後方へと目をやった。

 遠ざかっていく魔女の家とジェス。それに向かって上げられた荷台の柵に身をあずけながら
手を振る四姉妹の後姿がリナの目に映る。視線は移り、下ろした荷物に括りつけられた木と鉄の棒へと向けられた。

 険しく決意に満ちた表情でちらりとだけそれを見ると四姉妹へ声を掛ける。

「さぁみんな。夕食にしましょ!」

 リナの一声に遠く木々の間に消えゆくジェスの光を眺めていた四姉妹は背筋を伸ばして振り向いた。

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