ゴブリンロード

水鳥天

第139話 達成

 ユウトは信じる。後方に控える一人ひとりの能力と信念は必ずそれぞれの役割を果たすと。雑念のない思考と行動が続いた。

 そして変化が訪れる。ラトムの示す光の点は収縮し、より強く輝き始めた。

 核が近い、もうすぐ現れるという前触れであるとユウトは認識する。

 ユウトは進行速度を増し、危険を冒してさらに一歩踏み込む。後方から回り込むようなムチの一撃をすんでのところでかわすとムチの先の爪がユウトの頬に一文字の傷を刻んだ。

 傷口から球のような血液が浮き上がる。同時に一歩分の踏み込みはそれだけ深く傷口をえぐり開いた。

 魔獣の身体から赤く透明な球面が顔を覗かせる。

 これが核だと直感したユウトは光魔剣を振り切った勢いのまま倒れ込むように地に伏す。

 それまで見えていた魔獣の身体と全く違う光沢を放つ核の一部は直ちにその身を隠すように引き下がろうとする。しかしそれは飛来したカーレンの短剣が覗く核を取り突き刺ささって取り囲んで逃がさなかった。

 逃れようとする働きと引っ張りだそうとする働きがせめぎあい、姿を覗かせる核は震える。そして生まれたその一瞬の間を逃さない鋭敏な一突きが核の球面に触れた。

 それは細い細い光の筋。四肢を踏みしめるセブルを発射台にして突き出したレナの魔槍の刃。光はその先端から伸びていた。

 次の瞬間、滑らかな硬質の球面を白く染めあげられる。微細な亀裂が核に走った。

 そして光の筋は魔獣の身体を貫いてラトムの光に隠れた裏面に一瞬現れる。

 レナは握り締めた柄をグイとさらにねじり込む。魔獣の歪だった身体は一度膨らんで動きを止めると雪崩れるようにその身を崩した。

 その場に居合わせる生き残った全員は時が止まったかのように呆然とする。地に伏し、魔獣の残した黒い毛に身体半分埋もれるユウトはどれほどの時間そうして呆けていたのかわからなかった。

 そして皆が息を合わせて一斉に「はぁあ・・・」と大きくため息をついてうなだれる。ユウトは身体にまとわりつく毛を気にする様子もなく立ち上がってあたりを見回した。

 街道の幅いっぱいに埋め尽くす魔獣の黒い毛。その毛はそよ風に吹かれて舞うほど軽く、ラトムの発する光を受けて小さくきらめいていた。

 レナやカーレンは疲れ切ったようにその場に座り込んでいる。さらに周りの様子を何気なく見回していたユウトはふと何かが小さく鳴っていることに気づいた。

 それはセブルも同じだったようでユウトと同じ方向に目を向けている。ユウトとセブルは引き寄せられるように今にも消え入りそうな鳴き声の方向へと歩みを進め始めた。

 目標は石畳の隅で形を残して転がっている。それは魔獣の頭だった。

 斬り飛ばされた魔獣の頭は身体を失ってなお脈打っている。しかしその強さはすでに小さく今にも止まりそうだった。

 ユウトとセブルが見つめる頭からは確かに何かが聞こえる。ユウトはその声に聞き覚えがあった。

「ユウトさん、あの・・・」

 丸薬の影響で大きな姿のセブルはユウトへ頭を低くして声を掛けてくる。それと同時にユウト達に近づく人影があった。

「これがもう一つの核です。この状態になった魔獣は時間が経てば消滅しますが・・・念のため早めに核を討っておきますか?」

 カーレンがユウトの後ろから声を掛けてくる。その手には短剣が握られていた。

 脈打つ頭の赤い瞳はユウト達を見つめる。ユウトはその瞳と鳴り続ける声を聞いていた。

「いや・・・待ってくれカーレン。セブル、助けられそうなのか?」
「はい、今ある魔力を送れば今なら助けられます。ボクは・・・助けてあげたいです」
「うん、オレもそう思う。
 カーレン、この魔獣はオレに預けてもらってもいいか?面倒はオレが引き受けるから」

 ユウトから正面切っての申し出にカーレンはきょとんとしてからうろたえる。

「えっと、それは・・・私の判断では・・・」
「わかってる。だからこれはカーレンの制止を振り切り、オレの独断でやったと報告してくれ。お願いだ」
「あの、その・・・では、そのように。でも報告はユウトさんの方からも必ず行ってください」

 押し切られそうになるカーレンは気後れした表情を持ち直し、真剣にユウトへ釘を指す。

「必ず報告するよ。ありがとう、カーレン」

 返事したユウトはセブルに視線を移した。

「セブル、やってくれ」

 その言葉を聞き、セブルは頷くと魔獣の頭に近づいて鼻先をほんの少し触れさせる。すると魔獣の頭として形作っていた黒毛が細かくなびいた。

 そして形は次第に崩れていき丸みを帯びて小さくなる。それまで消え入りそうだった魔力の灯が強くなったようにユウトは感じた。そして二つの三角形が並んで生えると黄色くぼんやりと輝く二つの円が現れる。それに続いて短い四肢と尻尾が伸びた。

 ぱちぱちと数回、瞳を瞬きして魔獣の頭であったソレはユウト達を見上げて一声あげる。

「なーぅ」

 その姿はクロネコテンとしてのセブルそのものだった。
 見た目の違いは瞳の色ぐらいしかない。ただそれ以上にユウトには気になることがあった。

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