ゴブリンロード

水鳥天

第113話 花冠

 出入り口の扉は自然と開き手早く元の靴を履いてユウトは外に出る。結び終えていない靴ひもを締め直そうと軒先から庭に視線を向けるとそこには来るときには見かけなかったヴァルがたたずんでいた。

 大きな卵型をした表面は艶のない黒とほんのりと青い金属のような二色で構成され、目のように配置された二つのゆるい逆三角形の濃い黄色がユウトに向けられている。街道に現れた時には抱えても持ちきれなさそうな巨大な卵に圧迫感を感じたユウトだったが、今のヴァルの頂点には小さな白い花を編んだような冠が乗せられており、暖かな日差しの下でおっとりとしているともとれる垂れた目のおかげで和やかな雰囲気を漂わせていた。

 ユウトは靴ひもを締めあげながら緩んだ表情でヴァルに声を掛ける。

「やぁヴァル。ロードの指示は伝わっているみたいだな。よろしく頼むよ」
「了解ダ。今後、特別ナ指示ガ、ロードヨリ無イ限リ、ユウトニ付キ従ウ」

 どこから発生されているのかわからない独特な声でヴァルはユウトに答えた。

「良いものをかぶっているな。その花冠はどうしたんだ?」
「姉妹達カラ送ラレタ、モノダ」
「へぇ。あのハイゴブリンの姉妹達が作ったのか。ずいぶん大きいから大変だったろうな。
 今からオレ達は大工房へ戻るんだけど、その花冠はどうする?」
「装備継続に問題ハ、無イ」
「はは、確かにそうだな」

 靴ひもを締めあげてユウトは立ち上がる。ヨーレンも靴を履き終わり興味深そうにヴァルと花冠を観察した。

「なかなか凝った作りをしているんだね。初めて見たよ」
「直接、褒メテヤルトイイ」

 ヴァルはそう言うとふわりと小さい機械音と共に低く浮かび上がりその場で回転を始める。そしてぴたりと回転を止めるとユウトはヴァルの目の方向を視線で追った。その先はジヴァの館の角にあたり、そこには重なるようにハイゴブリンの姉妹たちが顔だけを覗かせユウト達の方を見ている。ユウトは目が合い軽く手を上げると姉妹たちは驚いたようにわたわたと慌てながら角から姿を消した。

「あらら。やっぱり会話するにはまだ先が長そうだよユウト」

 ヨーレンがユウトを軽い口調で話しかける。上げた手を下ろしたユウトはふと真剣な表情に変わった。

「その先を何とか切り開けるように頑張らないとな・・・」

 誰に言うでもない独り言をユウトはつぶやき、ヨーレンとヴァルの方へ向き直る。ユウトの顔は気力に満ちていた。

「さぁ、戻ろう。時間は少ない。できる限りをつくそう!」

 力強くユウトは語り、ヨーレンも「そうだね」と頼もしくうなずく。そしてユウト達は大工房へ向けて進みだした。


 庭の丘を下っていくユウト達の後姿を遠目に眺める四人の姿がある。一度は物陰に隠れたはずの姉妹たちは好奇心を我慢できない様子でよそよそしく屋敷の角から頭を覗かせていた。

「ヴァルも一緒にいっちゃったね」
「昨日もいた二人よね。何が目的だったのかな」
「鎧のヤツよりはいいヤツっぽいけど」

 三人がそれぞれが口を開く。

「・・・ヴァルにあげた花冠を褒めてたみたい」

 一拍おいて最後の一人がぼそりと付け加えた。

「えっ!ほんとなのアキ!」
「・・・たぶん」
「ふふん。当たり前よ。だってわたしの思いついた案なんだから」
「えー?たしかにナツの思い付きだけど、ほとんど作ったのわたしだったじゃん。ハルもすぐにあきちゃってたし」
「フユは作るの上手だよねー」

 四人は騒がしくしているところに人影が一人、近づいてくる。

「・・・あっ、おねえちゃん」

 一人の発現に他の皆はすぐに反応して一斉にリナの元に駆け寄ると腰のあたりに皆抱き着いた。

「探してたんだからね。みんな原っぱから突然いなくなるんだもの。ジェスがいなかったら見つからなかったわ」

 リナは屋敷の屋根の縁にとまっている鮮やかな赤い鳥に目を向け手を上げて見せる。リナに抱き着いていた姉妹たちはリナの真似をするようにジェスに向けて手を掲げた。

「まったく。やってくれるものだよ」

 リナは背後から突如響いた声に背筋が一気に伸びる。姉妹たちはリナの急激な変化を不思議そうに見て腕を組みながらたたずむジヴァを見た。そしてすごすごとリナの影に隠れようと四人身を寄せあう。リナの長いスカートは姉妹たちに握られ多くの皴が入った。

「ジ、ジヴァ?えっと、その、ごめんなさい。庭に姉妹を入れるなって忠告だったわよね」

 リナの声は緊張で上ずる。

「ああ、そうさ。それで、せっかくわしが整えていた庭がどうなったか見たかい?」
「いっ、いいえ・・・まだ」

 ジヴァは大きく無念そうにため息をつく。

「ごめんなさい、ジヴァ。私の責任だから!」

 姉妹たちから必死に掴まれているレナは後ろを振り向くことができず、体を捻りながらなんとか声を張り上げて謝罪する。ジヴァは黙って額を手で押さえて考え込んだ後、口を開いた。

「しばらくあんた達に仕事を与える。この庭の整備、修繕だ。人形たちに指示させるからしっかり働きな。
 リナ、あんたも今度こそしっかりその子等を見ておくことだ。次やったら・・・なんて考えるのも面倒だよ」
「ありがとうジヴァ。ほら、みんなもちゃんとあやまって」

 リナがしゃがみ込み強張った姉妹たちを両手でひしと抱く。リナが立ち上がると姉妹たちは横に広がった。

「ごめんなさいっ!」「ごめんなさい、ジヴァ」
「ごめんなさい・・・」「ごめんっなさいっ!」

 それぞれが合わせることなく謝罪の言葉を述べ、しおれた花のようにうつむく。ジヴァは小声で「これだから子供は・・・」とつぶやき言葉を続けた。

「しっかりやりな」

 そう言って振り向くと、その場を去っていく。その背後でぱっと明るさを取り戻した姉妹たちがそろって「はーい!」と元気よく返事を返した。

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