ゴブリンロード

水鳥天

第96話 過多

 レナははっきりと確認すると突然、歩きだす。乱暴な足取りで向かう先は部屋に入ってきた扉だった。レナは勢いよく扉をあけ放ち部屋を出ていく。ユウトはレナを追いかけようと席を立とうとしたが腰が浮いたところでそれ以上椅子から離れることができなかった。

 ひじ掛けに置いた手が離れないことがわかる。ユウトはジヴァをどういうつもりだという視線でにらみつけ、ジヴァはその視線に答えた。

「交渉はまだ続いている。お前さんがいなければ話が進まないよ」

 その答えと同時にセブルがユウトの耳元で声を掛けてくる。

「ボクが追います」
「頼む。行ってくれ」

 セブルはユウトから離れ、床に飛び降りるとレナを追って開け放たれたままの扉から走り去っていく。ジヴァはセブルを止めようとはしなかった。

 ユウトは胸のもやもやから来る怒りの感情を息にのせて吐き出し、浮いた腰をおろして座り直す。そして部屋へ呼ばれた人物に目を移した。

 締め切った上、空気の流れが悪いこの室内で女性が一人増えたことはユウトの身体にとっては由々しき事態であった。しかし緊張と混乱、殺意でよどんだ重たい空気を利用してユウトは本能を無理やり押し殺した。

 レナの言葉からユウトの目の前にいる人物、それがチョーカーの発動で死んだと思われていた姉であることは想像がつく。首元にはチョーカーとは違う布が巻かれているのが見えた。

「君は・・・リナで間違いないのか?」

 ヨーレンがおそるおそる尋ねる。

「ええ、そうよ。久しぶりねヨーレン」

 リナと呼ばれた女性はしっかりと指を組み、沈痛な表情を浮かべて答えた。

 この場に存在していることへの罪を感じているような居たたまれない雰囲気が漂っている。ユウトはその様子を見た目以上に感じ取り、過去の自身と重なって居心地の悪さを思い起こされていた。

 リナは確かに姉妹であるレナに似ている。ただ細身に鍛え上げたレナと比べると身長も高く少しふくよかに見えた。そしてその陰に何かいることがわかる。リナの後ろでもぞもぞと動く数人の小さな人影。ユウトにとってはリナ以上に注意が吸い寄せられていった。

 リナの身に着けた長いスカートは後ろから掴まれているのか横に皴が入っている。ユウトは我慢できなくなり質問しようと声を上げようとした。そのとき、身を隠す人物達の一人が顔を覗かせる。ユウトと目が合うと慌てて顔を引っ込ませた。

 それはリナと同じ肌、髪、瞳それぞれの色をしたかわいらしい子供。予想外の事態を目の当たりにしたことでユウトの脳は過度な情報処理で脳の働きが一気に弱まった。

「全員、並べ」

 思考力が弱まっているところにロードが指示を出す。その言葉に従いリナの後ろから四人の子供が横に広がり整列した。

「この子ら四人がハイゴブリン。そしてリナの体の半分もハイゴブリンだ」

 ヨーレンは額に手を当て天井を見上げる。その様子にヨーレンも非常に悩んでいるのだろうとユウトは想像がつく。整列している子供たちは皆そわそわと落ち着きがなく正面の椅子に座るユウト達を見回していた。

 全員女の子ということがユウトには明確にわかる。わかってしまう事実にユウトは少し自己嫌悪を抱いた。

 間もなく人形たちが椅子をそれぞれに持ってくる。子供たちの反応は様々に無邪気で、その場だけに漂う全く違う雰囲気にユウトの混乱は加速した。

「説明してくれロード。あまりに突拍子がなくて、どう理解すればいいのかわからない」

 ユウトはこの事態に対して状況判断から答えを導き出せそうにないと判断する。何がどうなっているのかわからずお手上げだった。

「自我を持った我は群れから離れ、ゴブリンという種を生き延びさせるために必要なことを考えた。その一つの答えが問題点を修正し最初からやり直すということだった。意図的に調整された性質を逆転させるという手法を取ることにした」
「逆転?改良や排除ではなく?」

 ユウトはロードの言い回しの引っかかる。

「そう、逆転だ。ハイゴブリンは雌、女性しか存在しない。そして生まれない。成長速度は落ちるがローゴブリンより個の能力を強化し成長限界を高くしている。思考、感情を制御する自我を持ち、他種族への寄生から共生へ逆転させた」
「ではリナの存在はなんだ。雌であるハイゴブリンのユウトはどうなる」

 今度はこれまで黙っていたガラルドが重い声で質問を投げかけた。

「私から説明させてください。ガラルド隊長」

 リナが覚悟を決めた強い口調で身体を乗り出し発言する。ロードを一度見てからガラルドに向き合った。ロードもガラルドも何も言葉を返さない。そんな二人を気にすることなくリナは語り始めた。

「私は一度死んだあの日。強い雨で起きた突発的な洪水に私は飲まれました。そのまま下流へ流され、どうにか岸に上がることはできましたが、すでに歩ける状態ではありません。呼吸もままならないほど傷だらけでした。私は死を覚悟して魔術枷の発動を待つばかりの状況。
 その時現れたのがロードです。人語を扱うロードとの会話からハイゴブリンの計画詳細聞きました。そして一度はねられた首をつなぎ直す見返りに新たに作られるハイゴブリンの子供達の面倒を見るという提案を受けました。
 私は・・・私はその提案を受けました」

 リナの語りはそこで一度途切れる。斬首を待つ罪人のように首をもたげ、垂直に落ちる髪でその表情は見えなかった。強く握られた手と小さく肩が震えている。それはまるでこの場にいない誰かへ深く深く懺悔をする姿にユウトは見えた。

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