ゴブリンロード

水鳥天

第92話 伝言

 人ごみを抜け出しセブルは荷馬車の停まる広場へと躍り出る。荷馬車の間をすり抜けるとそこからさらに速度を増していった。

 瞬く間に二本の大柱が近づいてくる。その根元に集まっている人影をユウトは視界に捉えた。

「セブル、人だかりの手前で止まってくれ。あまり刺激したくない」
「わかりました」

 セブルは次第に足運びの速度を落とすと最後は四足を目いっぱいに踏ん張って濡れた石畳の上を滑り兵士たちの手前で斜めに止まる。セブルはユウトとレナの股からすり抜けユウトも小走りに集まる兵士たちを掻き分けてその先を目指した。

「すまない!ユウトだ。通してくれ」

 ユウトは声を上げる。その声で気づいた兵士たちはのけぞるように詰めた。ユウトを先頭に人が割れて道ができる。小走りに進むユウトにレナ、セブルと続いた。

 人だかりを抜けるとそこには金属光沢を放つ大きな卵が雨に打たれながら街道に鎮座している。兵士たちは一定距離を取って半円状に取り囲み、街道の席では荷馬車数台が兵士に止められていた。

「来たか」

 ユウトが並ぶ兵士の最前列に到着するとそこにはガラルドがいる。ユウトは状況を確認するためガラルドに尋ねた。

「これが魔物?」
「おそらくそうだろう。向こうから何か仕掛けることはない。お前に用があるそうだ」
「わかった。話してみよう」

 ユウトは一人、金属の卵の目の前に歩みを進める。まじまじとその形を観察した。ユウトにはこの金属の卵に見覚えがある。大石橋で河に落ちたユウトを助けたナニカによく似ていた。

「ユウト。オ前ニ言付ケガアル」

 ユウトを目の前に卵は言葉を発する。その声は抑揚がなく平坦でユウトは古い機械音声を思い起こさせた。

「話しを聞こう」
「ゴブリンノ将来ニツイテ取引シタイ。提案者ハ、ロード」

 ユウトは感情のない声で語られたゴブリンという単語が強烈に耳に残る。心拍数が急速に跳ね上がっていくのをユウトは感じながら冷静さを維持しつつ質問した。

「ロードとは何者だ?」
「ゴブリンヲ統ベルモノ、上帝」

 端的な回答に謎が深まる。言葉の意味を理解できないことへの違和感に一瞬めまいを覚えた。大きく瞬きをして頭を抑えて頭をはっきりさせる。さらに質問を続けた。

「それで、その取引やその話はどうやって聞けばいい?」
「説明スル。取引ノ詳細ナ内容ハ魔女ノ森、ジヴァ邸デ行ウ。仲立チニジヴァガ立チ会ウ」

 ジヴァの名前が出てきたことについてユウトはあまり驚かない。ジヴァならいかなる状況においても話に一枚かんでいて不思議ではないという印象をユウトはすでに持っていた。

「我ガ道ヲ先導スル。ガラルド、レナ、ヨーレン、三名ト魔物ノ同行ヲ認メル」
「それはいつ出発する?」
「今カラダ」

 ユウトは少し考え込む。

「わかった。少し考えさせてくれ。同行者に内容を伝えたい」
「待ツ」

 ユウトは離れて待つガラルド達のところへ戻ろうとして振り向く途中にその動きを止める。

「そうだ。名前はあるのか?」
「我ガ名ハ、バル」
「バルだな」

 今度こそバルに背中を向けてユウトは戻っていく。そしてガラルドや初老の兵士、レナと駆けつけたのであろうマレイが待つ場所までたどり着くとバルと話た内容について説明した。

「すぐに出るぞ」

 ガラルドはユウトの話を聞くや否やすぐさま出発しようとする。

「待ってくれガラルド。できればヨーレンの到着を待ちたい。こっちに向かっているんだろ」
「知らせている。もうすぐ来るはずだよ」

 マレイが答える。マレイはお披露目の時とは服を変えておりいつもの制服作業着にマントのいでたちだった。

 その時、集まっていた兵士たちを掻き分けてヨーレンが息を切らせながら姿を現す。

「よし。行くぞ」

 ぜぇぜぇと膝に手を置いて肩で息をするヨーレンをそのままにガラルドはすでにバルの元へ歩きだしていた。

「大丈夫かヨーレン。すまないがすぐに出る。詳しい話は歩きなが説明する」

 ヨーレンは息を整えながら「わかった」と辛そうに返答する。

「念のため警備兵たちはいつもより数を増やして入り口で待機させておく。私もユウト達がもどるまでここで待つ。白灰が関わるならろくなことにならないだろうから覚悟しておけ」

「ありがとうマレイ。腹をくくるよ」

 ユウトはレナの方に向く。

「レナはどうする?待っていてもいいけど・・・」
「もちろん一緒に行くに決まってるじゃない。戦力は一人でも多い方がいいでしょ」

 レナは自信に溢れる表情でユウトに返答を返した。

「ならレナ。チョーカーをだしな。ここを一旦出るなら私の権限でチョーカーを着けておきな」
「ええ。お願いします。工房長」

 レナはいくつも身に着けているポーチの一つからレースのような黒く細長い極薄の布を取り出しマレイに渡して少し腰を落とす。受け取ったマレイはレナの首に布を巻いて手のひらで抑えて言葉を唱えた。

「接続承認、接続者マレインヤー=ローディノート、接続開始」

 布はみるみる張り付きマレイが手を離すとまるで刺青のようなチョーカーへと姿を変える。これまで何人かの女性に着けられたチョーカーをユウトは見てきたがチョーカーを付けたレナに見慣れない違和感を感じた。

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