ゴブリンロード
第78話 証明
「これで終わりだ」
ジヴァはユウトへそう告げると振り向きその場を離れて椅子へと座わる。球体へと姿を変えた鉱石はゆっくりと下降し人形たちの手に戻った。それと同時にユウトは体の疼きを想い出す。身震いして荒くなる呼吸を落ち着かせようと床へ視線を落として一点集中し、ゆっくり整えた。
どうにか平静を保ちながらユウトは椅子に戻って腰をおろす。その様子をみてユウトが落ち着くまで黙って待っていたジヴァは話しを始めた。
「約束通り、人であるという証明書を私の署名で発行しよう。書簡は後でヨーレンの工房に届けさせるよ。そこで寝泊まりしているのだろう」
「ああ、そうだ。よろしく頼むよ」
ユウトは視線をジヴァからそらしつつ返事をする。決して平気ではいられなかったがジヴァが若返った直後とくらべるとまだ耐えられそうだった。それでも必死に視線を逸らすが自然と瞳はジヴァに引き寄せられユウトの瞳はせわしなく泳いでいる。
「ふむ、それと」
ジヴァは少し考え言葉をつづけた。
「お前さん、大工房にはどれほど滞在するか決めているかい?」
「マレイに頼まれて魔術具の試験を数日やる予定だからしばらくはいると思うけど」
ジヴァはあご先に指を添えて目を伏せ、さらに何かを考えるような仕草をみせる。そして性腺をユウトへ戻し話始めた。
「滞在中に使者がお前さんを訪ねてくるかもしれない。その時はそいつの話を聞いてやりな。危険はないから」
「・・・覚えておくよ」
ユウトは何か引っかかるものを感じ、いぶかしがりながら返事をする。ジヴァには珍しく危険はないという言い回しで説得するような話しぶりは余裕のないユウトにも違和感を感じた。
「さて、これで調査も終わりだね。私の家を汚される前に出てって欲しいが、動けるかな?」
そう言うジヴァには先ほどまでの真剣な表情はもうなく皮肉めいて愉快そうな笑顔でユウトへ尋ねる。
「ならすぐに出ないとな。冗談じゃすまなくなりそうだ」
ユウトはジヴァの言葉を嫌味なく受け取り余裕なく立ち上がるととぼとぼと出口へ向かって歩きだす。入ってきた時より果てしなく感じる出入り口の扉までの間をユウトは後ろ髪をひかれるような欲望を引き連れながら着実に歩いた。
もたもたと自身の靴へと履き変えると扉はユウトの手を触れることなく自然と開け放たれる。
その瞬間、外の新緑のあたたかい光が飛び込んできた。数歩進んで扉を出ると柔らかい風がユウトの頬を撫でてそれまでじっとり湿らせていた肌を乾かす。それと同時に嗅覚をくすぐっていた異性の香りも吹き飛ばされたことは張り詰め続けたユウトの緊張の糸を緩めた。その反動にそれまでの緊張は爽快感へと変換されユウトは体が軽くなったような錯覚を感じる。
「ユウトさんっ!」
扉からでてきたユウトをいち早く認識したセブルが景気よく鳴いてユウトへ駆け寄る。その姿は大石橋の決戦で見せた大猫のように変身していた。決戦の時と比べユウトが一人乗れる程度の大きさに小さくなっている。トラから豹になったような印象だった。
「無事ですかユウトさん!ケガはないですか?変なことされませんでしたか?」
駆け寄るセブルはぐるりとユウトの身体をすり寄せ全身を観察する。足先から頭頂部まで入念にセブルは鼻を近づけ匂いを嗅いだ。
「おっとっと、大丈夫だよセブル。大したことないから」
入念なチェックは若干過剰とも思えたがユウトはうれしさと安心させるため笑顔で返答した。
大きくなったセブルのすり寄る勢いにユウトの体は押され続けて日の当たる芝の上にまで運ばれるとついに足がもつれてしりもちをつきそうになってしまう。すかさずセブルはクッションとなってユウトを受け止めた。
そこに突然、輝く何か屋のようなものがセブルをクッションに座り込んだユウトの周りを火花を散らして円を描く。すぐに火花はなくなり急減速してユウトの前で開いて止まる。
「ユウトさん!ユウトさん!オイラ達いろいろできることが増えたっス!」
その正体はラトムだった。
滞空しながら話すラトムの羽ばたきは緩やかで往復するたび軽い熱波がユウトには感じ取れる。セブルもラトムもジヴァがジェスへ言いつけていたように新しい技能を身に着けることができたことがわかった。
「これでもっとユウトさんのお役に立てるっス!」
ユウトはラトムの表情は読み取れなかったが意気揚々と語る姿はとてもうれしそうに見える。ラトムは羽ばたくのをやめユウトの肩へと降り立った。
ユウトもセブルのクッションから立ち上がる。セブルも豹のような姿に戻ると胴をぴたりとユウトに合わせて立つ。
「すごいな、驚いたよ。短い時間でこんなにできることが増えるんだな」
ユウトの言葉を聞いてセブルとラトムはどこか自慢げに胸を張っているようにユウトには見える。
そこへ姿の見えなかったヨーレンが歩いてきた。
「ユウト。なんとか無事そうで何よりだ。調査の方はどうだったかい?」
「ジヴァは人であるという証明書を出してくれるそうだ。これで何とか一つ心配事を減らせそうだよ」
ユウトはホッとした表情で語る。それを聞いたヨーレンは一息ため息をついた。
「そうか。それは本当に良かった。
予想以上の結果で正直驚きだよ。師匠の証明書に難癖をつける者はいないからね。
でも、師匠を納得させたんだ。かなりの無茶をさせたんだね」
ヨーレンはしみじみとユウトをいたわるように語る。その表情はどこか申し訳なさそうでもあるとユウトには見えた。
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