ゴブリンロード

水鳥天

第73話 対価


 ユウトは自身の指にはめられた指輪を見てジヴァの問いを考えてみる。性欲を抑える効果。ユウトの持っていた膨大な性欲をここまで抑え込めるということは普通の人であればほぼなくなるに等しいのではないかと考えられる。

「男の方のやる気がないのだから子供ができないよな。わざわざそうさせるようにする意味って何なんだ?人口を管理するためか」

 明確な答えは掴むことができないユウトは考えを口に出してつぶやく。自分の発言した内容に自問自答を重ねていった。

「人口の管理は増やすためにすることより維持させるか減らすためにやるはずだよな。維持させる利点・・・消費、出費、食費・・・消費される食料を管理するためか」

 そこまでつぶやくとユウトの頭の中が加速するように記憶が呼び起こされる。街道を移動していて感じた何も利用されない広い草原、ディゼルから聞いたゴブリンへの対抗策にあった人口集中、ユウトはまだこの世界に来て一度も農業をしている様子を見たことがなかった。

「そう。女性にだけチョーカーをつけさせ都市に閉じ込めるような枷をはめさせたわけじゃない。男にだってそれ相応の重荷を背負ってもらわなければ不均衡だ。
 その指輪の効果はほとんど知られていない。魔術師、魔導士あたりの式が読める連中ならその意味を理解しているだろうがな。ただ誰もそのことについて広言しない。それはユウトが言ったようにゴブリンへの対策のために必要な犠牲ととらえているからだろうね」

 ジヴァの話す内容にユウトはある程度理解できる。人の住む場所を制限して局所的に集中させれば無理が生じる。直面する食糧生産量の低下は免れず、生産量を人口が越えてしまえば飢饉が起きかねない。だがユウトは今一つこの問答の先が見えなかった。

「この指輪の話しはわかった。だけどそれと対価になんの関係があるんだ?」

 ユウトは話を整理するためジヴァに問う。

「そう焦らない、重要なのはここからだよ。指輪、枷、柵のそれらの基本技術は私が提供したもの。ではその対価は誰が払ったのか、ということ。
 それはガラルドだ。奴はこのゴブリンを根絶する案を発案し、それを実行するための技術的な壁を突破する知恵を私に求めた。
 ではその対価は何だったか」

 淡々と語るジヴァの話をユウトは緊張感を持って聞いている。ジヴァは魔術具の技術についてあっさりと語ったがその内容はこの世界、あるいはこの国の技術的な根底を押し上げるものだったのではないかと考えられた。

「ガラルドはゴブリンという種に対して根絶への誓いの証にその指輪を付けている人すべての命を懸けることを承諾した」
「えっ・・・つまりゴブリンを根絶できなければこの国の人口の半分を失うということか?」

 あまりにスケールの大きな話にユウトは思考がついてけない。

「まぁだいたいそういうことだよ。ガラルドの双肩には正にこの国の命運がかかっているということだね」

 ユウトは自身の指にはめられた指輪をもう一度見る。首に巻かれたチョーカーも合わせれば二重に死の枷をはめられていることになり、なんとも神妙な面持ちになった。

「他に条件はないのか?」

 指輪からジヴァへ視線を戻しあやふやな言葉の意味をユウトは問う。冷えた頭はこれまでのやり取りでネイラからの助言を思い起こさせ、ジヴァの話をうのみにするのは危険だと警鐘を鳴らしていた。

「フッ、やはり気になるか。抜け目ないな。
 ゴブリンが根絶やしになるまでにガラルドが死ねば契約不履行、というわけではない。
 ちょっとした不幸が重なれば生き物なんてすぐに命を落とすものさ。そんな偶然でどうにかなるような対価に興味はない。これはあくまで私とガラルドの間での取り決め。だからこそこれに明確な条件はない。強いて言えば奴の心が折れた時だろうかね」
「そんなあやふやな・・・!」

 ユウトは気づく、条件など本当は関係ないと。条件がはっきりしないうやむやな状態だからこそガラルドはより条件に縛り付けられることになる。ガラルドは常にぼやけたラインの上を越えないように緊張を強いられているはずだとユウトは思った。だからあれほど自身を追い込み、常に張り詰めた空気を漂わせゴブリンのことだけを考え続けているのだと。その長い時間をユウトは想像し以前の世界の自分と重ね、大きすぎる対価を未だ背負い続けるガラルドを思い絶句した。

「・・・本当に性悪な性格をしているんだな」

 しばらく黙った後、ユウト絞りだすように声を出す。

「そうらしいね。私はそうは思わないのだけど皆そう言うのだからそうなのだろうな」

 ユウトに言葉を返すジヴァにはまったく悪びれた様子はない。口元だけが自然な微笑を浮かべるジヴァの顔をじっと見つめたユウトはその時ふと違和感を感じた。指輪によって得た平穏のせいか妙に周りが静かに感じる。これまでまぶしいと思っていた光が自然に見える。何か鈍くなったような感覚が心地がいいもののどこか不安を感じた。

「それでここからは私からの質問と提案だ」

 自身の感覚の変化に気を取られていたユウトはジヴァの言葉で意識を引っ張り上げられる。これまでの指輪とガラルドの契約の話が前振りだったのだろうと直感した。どんな提案であれこの白灰の魔女相手に油断は許されない。もしかすれば気を抜くなよというジヴァからの親切な警告だったのかもしれないとユウトは思った。

「ユウト、お前さんはこの世界の住人じゃないだろう?」

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