ゴブリンロード
第59話 工房長
ヨーレンは作業を眺めながら手元の用紙を確認している人物を見つけると声を掛け何やら尋ねる。尋ねられた人物はとある方向を指さしヨーレンは答えを得たようだった。
指さされた方向へ歩みを進める。ヨーレンの背中はだんだんとこわばっていくのユウトは後ろから眺めながらついていった。
しばらく歩くと作業を行う人は少なくなっていきまだ平坦な場所になっている。そこから屋上の隅に人だかりがあった。ヨーレンはそこへ向かう。
高所に加え遮るもののない塔の屋上は風が強い。
人だかりは一方向を眺めつつ話をしていた。ユウト達は話がひと段落するまで数歩引いた場所で待機する。待っている間、ユウトは周りの様子を眺めていた。屋上の端の方に来たことによって街並みが一望でき、塔を中心に街道の細い線方向へ楕円形に区画が延びていることがわかる。大きな工場、小さな工場、それ以外の建物とはっきり色分けできるほど境界線がきっちり見て取れ、さらに街道のラインから左右対称に広がる様子からずいぶんと計画的に街を広げているんだなとユウトは思った。
ユウトがのんびり景色を眺めているうちに人だかりの話は終わったようで人はばらけて移動し始める。その中にユウトは違和感を感じた。身長や体格に差はあってもどの人も屈強そうな男ばかりの中にユウトよりも身長の低そうで華奢な体つきの人物が一人まぎれている。
ヨーレンが話し合いの終わりを見計らって近寄り誰かに話しかけ、手紙を渡している。その相手がユウトの違和感を抱いた華奢な人物だった。人がはけ切りヨーレンと一対一になるとその姿をはっきりとらえることができる。その人物は低身長で華奢な体つきにもその腰や胸のふくらみの特徴から女性らしさが表れていた。日に焼けたような健康的な肌に明るいオレンジ色した髪を三つ編みにして顔の横に二つ後ろに大きく一つにまとめている。
ヨーレンが振り向き手招きする。ユウト達は二人の元へ進むとヨーレンがユウトに向けて女性の紹介を始めた。
「この方が大工房を取り仕切る工房長。マレインヤーさんだ」
ヨーレンから渡された手紙を読み込んでいた女性は目線を上げてユウト達を見渡し、ユウトを見つめた。
「マレイで構わない。ゴブリンにされた人というのは君か。名前は?」
「はい。ユウトといいます」
ユウトはマレイに短く答えを返す。強い風によって匂いを感じることはなかったが間近ではマレイを直視することができない。一瞬見えた瞳は明るい緑をしていることだけユウトは確認できた。
「ふーん。ちょっと体を見せてもらおう。失礼する」
マレイはそう言って手紙をヨーレンに押し付けるとずかずかとユウトに迫る。ユウトは気配を感じて一瞬後ずさってよけようとしたがマレイの勢いにはかなわない。ユウトと同じ程度の身長だがユウトはマレイの圧に圧倒された。
マレイは躊躇なくユウトの腕を掴む。ユウトは驚き体に魔膜のバリアを無意識に反応して張ったのだがマレイの握力はそれを一切無視していた。一瞬ユウトは身の危険を感じて振りほどこうとするがマレイは全く抵抗を許さないほど力強く握っている上にユウトはマレイを動かすことができない。見た目以上にマレイを重たく感じていた。
ユウトの拒否反応を感じてかセブルが体を滑らせユウトの腕を握るマレイの手にからもうとする。しかしセブルは動き出そうとした瞬間にマレイのもう片方の空いた手でがっしり掴まれレナにめがけて投げつけられた。
「邪魔だ。傷つけようってわけじゃない。レナ、そいつ持ってて」
セブルはなすすべなくレナの胸に投げ込まれる。一瞬放心したセブルは我に返ってじたばたするもレナに抑え込まれなだめられた。
「ハ、ハナセー!」
ラトムもセブルの行動を見て一歩出遅れてたが抵抗を試みるもあっさりセブルと同じくレナに投げ飛ばされセブルがキャッチした。
「何しッ・・・ムグ!」
ユウトはセブルとラトムの扱いに表情をむっとさせ掴まれた腕を明確な意思で振りほどこうとしたがそれより早くマレイの空いた手がユウトの口、というよりあごを口事わしづかみにする。マレイは全くユウトを気にするそぶりを見せずユウトの頭を右、左と振り顔を観察した。
出鼻をくじかれたユウトはなすがままで抵抗らしい抵抗ができない。それはマレイが密着するんじゃないかというほど体も顔も近づけてくるため女性の匂いを無視できず、必死に精神を落ち着かせることで精一杯になってしまったためだった。
瞳の虹彩の読み取ろうとしているじゃないかと思えるくらい顔を近づけてくるマレイ。ユウトにとって初体験の女性との距離感にいよいよ緊張を催し全身がこわばった。
一通り観察し終わるとマレイは最後にユウトの両手を確認するとユウトの顔を見上げて手を放し数歩下がった。
「ぱっと見ゴブリンだけど確かに違うな。高い身長、整った顔立ち、緑ではなく青に近い灰色の肌、そして多すぎる魔力量。そして何よりこいつの精神力には敬服するよ。
ヨーレン、あんたも白灰に似てずいぶん意地悪になったもんだ」
マレイは皮肉めいた顔つきでヨーレンを見る。その顔つきはユウトの知る同年齢の女の子には出せそうにはない嫌味が見て取れた。
「ええっ!どういうことですか?」
ヨーレンは明らかに動揺を見せる。
「わかってないならなお悪い。白灰にしばらくいじられ続けるといい」
マレイは真顔で言い放ち、ヨーレンは固まった。
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