ゴブリンロード
第56話 工房街
ガラルド、レナも荷台の後方から降車する。ヨーレンは荷台の中からケランと話しをしていた。ユウトが興味本位で聞き耳を立てて内容を推測するに賃金の受け渡しや荷物を下ろす場所に関する事務的なやり取りのようだった。
話しを終えたヨーレンも荷馬車を降りる。ケランは手を上げ合図して荷馬車は発車し、遠ざかって行った。
「よし。それじゃあ工房長に会いに行こう。まずはそこで話をつけて新しいチョーカーの製造とユウトの身体の調査のための許可をもらう。ガラルド隊長もご協力をお願いします」
ヨーレンの話し方にユウトは緊張感があることに気づく。緊張しているヨーレンが新鮮でユウトはその原因が気になって尋ねた。
「工房長ってそんなに気難しい人なのか?」
「そうだね、否定できない。工房長はこの大工房のトップ、運営について絶大な信頼があるんだけど・・・なんていうか豪快なドワーフでね。できれば機嫌は損ねたくない。
あまりこういうことを頼みたくはないんだけどユウトも気を使って欲しい」
「あー・・・なるほど。いわゆる悪い人ではないんだけどって感じだな。わかった、善処しよう」
「助かるよ。よろしく頼む」
ユウトにはこの雰囲気に覚えがある。前の世界でのこと、凄腕の上司というものの取り扱いの難しさは身に染みていた。
「えー?そうかな、すごく話のわかるいいドワーフだと思うけど」
何食わぬ顔で語るレナにヨーレンは苦笑した。
「確かにレナと工房長は相性いいと思うよ。とりあえず移動しようか。みんなついてきて」
ヨーレンは歩き出し皆もそれに続く。
広い屋根を備えた空間の中では人でごった返している。ユウトはゴブリンの体になって初めて人ごみの中を歩くというこれまで懸念していた事態を初体験していた。男ばかりではなく女性も多くみられ子供から年寄りまで年齢層の幅も広い。視線、気配、においの渦の中に身を投じている。
ユウトはフードを深くかぶりヨーレンの背中一点に集中して自らの思考に制限を設ける。平静を保ち暴発しないよう心掛けた。
「大丈夫ですか?ユウトさん」
フードの毛皮に擬態しているセブルがユウトに尋ねる。ラトムはユウトの肩の上で物珍しそうにキョロキョロしていた。
「ああ。何とかなりそうだ。初めの頃に比べるとずいぶん扱いなれてきた気がする」
ユウトはそういつつも握った手のひらはじっとりと汗を感じていた。
ヨーレンは馬車の乗り降りを行う空間を抜け通りを横切りすぐ真正面にある大きく開け放たれた出入り口の立派な建物へと入っていく。複数階で十分な横幅を持っているうえ磨かれた石造りになっており、とところどころには装飾が施されている様子は大橋砦の武骨な建物と全く雰囲気が違っていた。
中に入るとすぐ物腰の柔らかい男性にヨーレンは声を掛けられる。ヨーレンは自ら名乗り工房長への面会をしたい旨を伝えた。男性は奥に向かって手ぶりで合図を出す。
建物内は天井が高く天窓から降り注ぐ日の光と魔術灯の柔らかい光で満たされ明るく、入り口のある手前と奥を仕切るような長大な台の前には同じデザインの衣装に身を包んだ人々が等間隔に並び、台を挟んでそれぞれの人々が話しをしているようだった。台の奥は入口側のスペースより広く取られ設置された机に向かって同じ服装の人々が何か作業をしている。さらに吹き抜けの二階まであったがそちらは一階から見上げるユウトには何をしているのかはわからなかったが一階と同じように人がせわしなく行き来していた。
ユウトが周りを眺めている間にヨーレンは男に案内され最も隅の台の方へ通される。ユウト達もそれに続いた。その台には大きな仕切りが備えつけられ周りからの視線は通らない作りになっている。台の前には男性が一人、初老で身なりはかなりきっちりしているようにユウトには見えた。ほんの一瞬、注意深く観察されたように感じる。
「遠征への出向お疲れさまでした。ヨーレン主任。工房長への報告ですか?」
男は落ち着いた声で話しかける。ヨーレンは客ではなく同僚といった感じではあったが馴れ馴れしさは感じれない。
「ええ。急ぎで申し訳ないのですが面会は可能ですか?」
「かしこまりました。今、工房長は塔の屋上を視察しておいでです。お手数ですが屋上に向かっていただいてもよろしいですか?」
「かまいません。お願いします」
「それでは少々お待ちください」
受付の男性はヨーレンと言葉を交わすと立ち上がり一旦その場から離れる。戻ってくるとひものついた鉄製のように見える小さなプレート三つを台の上に置いた。
「お一人ずつ身に着け裏手の入口より塔へ向かわれてください」
「ありがとう」
ヨーレンはプレートを受け取り少し後方で待っていたユウト、ガラルド、レナのもとに戻ってくる。そしてプレートを一つずつそれぞれ三人に手渡した。
「それを身に着けてついてきてくれ」
そう言ってヨーレンはまた歩きだした。
入ってきた入り口から出て建物沿いに歩き続ける。しばらく歩き続けると広い道に出た。それまでは人通りしかなかったがその道では街道を走っていたものと同じぐらいの大きさの馬車がゆったりとした速さで走っている。今度はその道に沿い崩壊塔を目指してさらに歩き続けた。
道沿いには多くの建物がところせましと並ぶ。大体どの建物も二階建ての石造りでどれも開け放たれた大きな間口の中では何かを製作している人々が見えた。
 街並みに洗練さはなくどこか雑然ととした印象を受けるユウトだったが、多くの人がいてその誰もがはつらつと仕事に取り組んでいるように見える。活気があるとはこういうことなのかもしれないと思いながら次第に崩壊塔へと近づいていった。
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