ゴブリンロード

水鳥天

第48話 商人


 ケランに連れられてユウトは食堂に入ると隅の方に空いている席に二人とも座る。食堂には女性もちらほら見受けられ、給仕の女性が近くを通り過ぎるとユウトはそわそわと背中を丸めて縮こまった。

 ケランは手慣れた様子で給仕を呼び注文を行いコインのようなものを渡すとほどなくして料理が運ばれてくる。料理の内容は肉と野菜が豊富な煮込みと焼き色のついた肉の塊、それにパンだった。ユウトは酒も進められたが自制心が崩壊するのを恐れ、頼み込んで水にしてもらっている。ケランは肉の塊を切り分けてくれた。

「よし!じゃあ食うか!」

 ユウトとケランはそれぞれ水と酒の入った金属製の取っ手付きの大きな容器で乾杯する。二人はそれからもくもくと食事をとった。

 料理の味に申し分はなく、作戦を終えた解放感も合わさってかユウトはじっくりと味わって温かい料理をもくもくと食べる。セブルも今は擬態を解いてユウトに分けてもらった食べ物を食べていた。

 会話で盛り上がることもなく食事に集中していた二人と一匹は頼んだ料理をすぐさま平らげる。最後に残った酒を流し込んだケランは非常に満足げにアァーと声をあげた。

「あーうまかった!なぁユウト」
「うん。本当においしかったよケラン。でもよかったのか?おごってもらって。オレはお金を持っていないからありがたかったけど」
「まぁおごりとは言っても今回はポートネス商会の計らいで料金がかなり抑えられて提供されてるんだ。普段はこんないいもんなかなか食えん。だからこれは魔物を退治に協力したユウト達ギルドのおかげでもある。何か礼がしたかっただけだからな気にすんな!」

 ケランはそういってガハハと景気よく笑う。その様子にユウトはほっとした感情が沸き上がってきた。

「それじゃあ俺は馬を見てくる。あいつ等にも餌をやっておかないとな。
 ああ、そういえば出発は明日一番になるとヨーレンさんが言ってたぞ」
「わかったよ。ガラルドやヨーレンはどこにいるか知ってるか?」

 ケランは立ち上がりながら思案している。

「確か・・・ガラルドさんとヨーレンさんは調査をしに対岸の砦にいったらしい。レナさんはこっちの砦を歩いてたのを見たぞ」
「ありがとう。探してみるよ」

 ケルンはじゃあな、と言って食堂から出ていく。ユウトは残っていた柔らかくてもちもちしたパンを食べ切ろうとセブルにちぎって分けつつ口に運んでいた。

 そこへ一人の人物がユウトのテーブルの前を通り過ぎようとして足を止める。そしてユウトは視線を感じた。フードを目深くかぶっていたユウトは顔をあげその人物と目が合う。それは先ほど見かけたポートネス商会の商人ラーラだった。

 ラーラは不思議そうな顔をしていたがすぐにニコッと笑顔になると先ほどまでケルンが座っていた対面の席に腰を下ろす。一連のラーラの行動にユウトの唖然として飲み込みかけていたパンでむせてしまい慌てて水で流し込んだ。

「こんにちわ。突然申し訳ない。私はポートネス商会所属の商人。名をラーラ・クエストラと言います。少しお話してもよろしいかしら?」

 ラーラはユウトに正対し背筋をピンと伸ばして座りテーブルの端に手を重ねる。ラーラの後ろには男が背中を向けて立っていた。ユウトはラーラの気品の漂う身のこなしと絶妙な間での会話の誘いに断って逃げるスキを失ってしまう。セブルは何かを察してユウトの膝の上に滑り降りて身を隠した。

「あ、ああ。かまわない・・・かな」

 ユウトはラーラの顔を直視できずぐっとうずくまる。

「体調がすぐれませんか?」
「いっいや。気にしないでくれ。それで話ってなんだろう」

 ユウトはマントのフードの橋からラーラの顔を観察する。端整な顔立ちで意志の強そうな目つきと眉、深い緑の瞳、薄褐色の肌に黒い髪。受け入れも突き放しもしない薄い笑みを浮かべていた。

「今回の騒動を遠巻きながら見させていただきました。調査騎士団の活躍もさることながらユウト様の活躍がなければ魔鳥退治はなしえなかったでしょう。
 大石橋が通行できなければ私どもの損害は計り知れません。一言ご挨拶にでもと不躾ながらこうしてお声をかけさせていただきました」
「そうか。それはご丁寧に挨拶をありがとう。こちらも調査騎士団に頼まれてそれに答えたまでだよ」
「そうご謙遜なさらず。ゴブリンの身でありながら懸命に戦う姿には砦にいた兵士以外の者も目にしています。
 できれば個人的にでもお礼をさせていただきたいところですが長話にお時間を取らせるのもご迷惑かとと思います。
 ですので何かご所望ありましたらこの金属板をポートレス商会の窓口にご提示ください。支部でもかまいません。可能な限り早急にお会いする日程を設定いたします」

 そういってラーラは一枚の銀色の金属プレートをテーブルの上に差し出す。何か文字が彫り込まれているようだった。

「お持ちになるかどうかもおまかせいたします。ご迷惑であれば捨ててもらってかまいません。
 それでは私は失礼いたします。お時間をいただきありがとうございました。またお会いできる日を楽しみにしております」

 そういってラーラはスッと立ち上がると手のひらを体の側面で開いて見せる。そして瞳を伏せ顎を引き軽く一回膝を折って立ち上がった。

 そして何事もなかったようにその場を後にする。残されたのは銀色のプレート一枚。ユウトは緊張が解け、うなだれながらため息をついた。

 セブルがテーブルの上に戻りユウトに声をかける。

「なんともスキのない人でしたね。ボクと目が合ったのに無視してましたよ」
「そうだったか。商人を名乗っておきながらクロネコテンを見てあの反応とは・・・別の意味で怖い人かもな」
「これ、どうします?」

 セブルはプレートに視線を移す。

「うーん、一応取っておくか。いつか何かの役に立つかもしれない。
 それにしてもなんて書いてあるかわからないな。セブルはどうだ?」
「ボクもダメですね」
「ヨーレンかレナに聞いてみるか」

 ユウトはそういってプレートを手に取る。どことなく名刺のような印象を受けた。

「これからどうしますか?」

 セブルがユウトのフードに取り付きながら問いかける。

「そうだな・・・レナを探すにも見当はないし、とりあえず昨日の見晴らしのいい城壁にでも行ってみるよ」

 ユウトは残っていたパンを口に詰めて立ち上がり水を飲んで食堂を後にした。

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