ゴブリンロード
第26話 野宿
日の高さが頂点を過ぎしばらく経った頃。馬車は道を少しそれて停車する。
この日移動するのはここまでで近くの川から水の補給を行い、不整地を走った馬を休ませるとうことだとユウトはヨーレンから説明があった。
ユウト、ガラルド、レナの三人は小川の場所を御者から教えてもらい、それぞれが桶を持って水を汲みに行く。ユウトの桶は自身が入れそうなほど大きい。
小川の水は透き通っており川幅は狭いが波も静かに悠々と流れていた。三人でそれぞれ水を持って帰るも馬に飲ませる分がまだまだ足りないとのことでユウトは率先して小川と馬車の間を桶を担いで往復する。
その様子にはレナもヨーレンも御者さえも驚きあきれる。
「どうなってるの・・・あいつの体力。今日は一日中走りっぱなしだったのに」
レナは運んできた飲み水用の桶の水を樽に移しながらぽつりとつぶやく。レナの近くで夕食の準備を進めていたヨーレンが考察する。
「魔力を変換して体力の回復を補っているんだと思う・・・けど普通は魔力総量に反比例して体力へ魔力を変換する効率は低くなるはずなんだけどなぁ」
ゴブリンの姿をしたユウトに警戒していた御者も心配し恐る恐る声を掛ける。
「あんた。大丈夫なのかい?今日ずっと走りながら着いてきてたんだろ。休んだ方が良いんじゃないのか?」
御者の問いにユウトは多少息を切らしつつも明るく答える。
「ありがとう。でも大丈夫。動いてた方が落ち着くんだ。他にも手伝えることがあるなら言ってくれ」
「あ、ああ。わかった。たすかるよ」
ユウトの見た目とギャップのある明るい話し方に御者は面食らう。
そしてまたユウトは水を汲みに駆け出していった。
川岸に一人ユウトが桶に水を溜める。水が溜まり切った桶を岸に一旦置いてユウトはぐうっと組んだ両手を空に突き出し体を伸ばした。
マントのフードの毛皮に擬態していたセブルもユウトを心配してか声を掛ける。
「いくら余裕があるといってもユウトさんがこんなに働かなくてもいいじゃないすか。
大体あの女に気を使いすぎなんですよ。隠さなくったって困らないでしょ」
セブルの言いようにユウトは苦笑した。
「確かに無茶してるって思うけど、大事なことなんだよ」
日はいよいよ傾き空の雲が赤く照らされ出している。
「前の身体じゃこんな強烈な欲求はなかったから、この身体特有の反応なんだと思う。それを仕方ないからってあきらめて欲求に身を任せるとこの変な身体に頭・・・というか心が全部持ってかれそうな気がするんだ」
置いていた桶を抱えユウトは歩き出す。
「今日一日走り切って確信できる。この体の能力はすごい。だからその代償って気がするんだよ、この苦労って。
だから納得はしてる。理不尽だとは思わない。ただ少し生きづらいけどな」
そう言うとユウトは着け心地のない首の魔導枷のチョーカーを意識する。
「まぁどうしようもなくなればヨーレンに相談するかガラルドに首を飛ばしてもらうさ」
ユウトのあっさりとした物言いを聞いてセブルは少し間を置いてから話し出す。
「わかりました。でもどうしようもなくなる前にボクにも相談してくださいね。ボクにもできることをさせてください」
切実な感情が載せられているのをユウトは感じ取る。
「ああ。その時はよろしくたのむよ。セブル」
そしてユウトはまた駆け出した。
馬車に近づくといい匂いが漂っている。石が組まれその中央には赤く鈍い輝きを放つ石が据えられておりその上に置かれた黒い鍋から湯気が昇っていた。
「みんな集まってください。食事ができました。レナ、パンと器を配って」
ヨーレンに頼まれてレナはスープを装う木製の器とスプーン、固いパンを切りながらそれぞれを配る。ユウトにはセブルにもと少し多めにパンを配った。
そして順番にヨーレンから器へスープを注いでもらう。透き通ったスープにはぶつ切りされた様々な野菜とわかる具材とソーセージが入っていた。
配られた食材をみなそれぞれ好きな場所で食べる。立ったまま手早くすませるガラルド。馬車の荷台でゆっくり食べるレナ。御者は馬の近くで様子を見ながら食べている。ユウトは少し離れた場所で先ほどまで使っていた桶をひっくり返して地面へ置き、そこへ腰を下ろして味わって食べる。
食事を終え、片付けが終わることには日は沈み辺りは暗くなっていた。
日中に睡眠をとっていたらしいガラルドが夜の番を買ってでる。ヨーレン、レナは荷馬車の中で眠りにつき、御者も前の座席で馬を見ながら眠りについていた。
ユウトは魔剣を持ち、一人修練に励む。前日にガラルドから言われた通りに光の刃の出現の速さ、長さを意識し、出したいと思った瞬間に出力できるよう魔剣を振る。
さらに魔獣との戦闘を振り返り、また同じような場面で使える手札を増やすイメージを持って身体の動かし方を発展させていく。ガラルドから習った動きを基礎として突き技や連続技に発展させていった。
また自身の魔力量も意識する。一日中走ることで減っていく魔力の感覚を掴むきっかけを得ることができそうだった。修練初日のどん底を基準とすれば魔力量の差が分かりやすいことに気づく。あの惨めな思いは無駄ではなかったとユウトは思ったが説明を怠ったあの時のガラルドに対しての恨みはやはりまだ消えてないなと苦笑した。
体感できる魔力の回復量に自信が持てないユウトは次の日も走ることを考え余力を残して修練を終了する。
見上げると空には満点の星だった。もっと知識を持っていれば前の世界との比較もできたかもと若干の後悔をしつつもその煌びやかさには胸が躍る。
(光に過敏になっているこのゴブリンの身体だから人よりいっそう綺麗に見えてるのかもな)
ほんの少し、ゴブリンの身体であることで得した気分になったユウトはセブル付きのマントを着込み桶に潜り込んで眠りに着いた。
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