ゴブリンロード
第10話 魔剣
食事をとり、ヨーレンから治癒魔術を当ててもらったあと自分のテントへと戻り床についた。
その日は前日と打って変わり一瞬で眠りにつく。不安な妄想をする余裕もないほどの身体の疲れのせいか、またはヨーレンのいれてくれたお茶のおかげかもしれない。
ユウトが眠りについたころ、救護テントへガラルドが訪れていた。いまだ回復しきれない身体をヨーレンに診てもらっている。
ヨーレンから治癒魔術をかけてもらいひと段落してガラルドはヨーレンに尋ねた。
「ユウトはどうだ」
あまりに短い問いかけにヨーレンは苦笑しながら答えた。
「疲労が蓄積されていましたけど身体的には昨日診た状態から変化はありません。精神的には随分と追い込まれてまいっていましたよ」
「そうか。魔力量は診たか?」
「魔力量ですか?そういえば昨日もみませんでしたね」
あまりに変わっているユウトの身体の成り立ちの解読に集中してしまい万物の持ち合わせる魔力の量を計り忘れてしまっていたことを思い出した。
「今日、ユウトには魔剣を魔力吸収状態で渡してみた」
ガラルドの答えにヨーレンは目を見開いて驚く。座っていた椅子から立ち上がりそうになるほどだった。
「危険すぎます!ことによっては生命力まで吸い尽くされていたかもしれませんよ」
ガラルドの言葉を遮り強い語気でヨーレンはガラルドに言う。しかしガラルドはそんなヨーレンの様子を全く気にする様子もなく話を続けた。
「昨日ユウトを引きずって回したがヤツは身体の見た目以上に重い。ただのゴブリンより大柄だがあの重量は異常だった。だから試してみることにした。これまでの戦闘で魔力を使い切った低等級の魔剣を使った。総魔力量を計るにはちょうどいいと考えたがヤツは最後まで気を失なわなかった。魔剣の魔力が溜まり切ってしまったのだろう」
ヨーレンは真剣にガラルドの実験結果に耳を傾けている。実験内容は無茶苦茶なものだったがそこから得られた結果それを上回るほど興味深かった。
魔剣は剣の形をとった魔術現象の発生装置である。術式を組まなくても設定されている魔術を即座に使用できることが利点であった。しかし問題は人族において魔力生成に長けた者は少なく、さらに戦闘力に長け、魔剣を使いこなせるものは皆無だった。そこで魔力を少量しか持ち合わせない者でも扱えるよう魔力を内包し、術を発動させるためのごく少量の魔力しか必要としない魔剣が作られた。ガラルドがユウトへ貸し与えられたものがそれにあたる。魔力生成に長けた者に別途魔力補充を行ってもらう手間と資金が必要ではあったが魔剣は各段に扱いやすくなっていた。
ガラルドの使用していた低等級の魔剣でも十分な魔力補給を行うには最速でも1ヶ月は待たなければならないはずだった。それを日が沈む前までに済ませてなお意識が保てる魔力量、併せて生成能力をユウトが持ち合わせていることにただただヨーレンは驚くしかなった。
「ユウトは何者なんでしょうか。ただのゴブリンでないことは確かでしたが・・・」
「まだわからんな。衝動的な生殖行動も今のところは確認できない。レナを見ても取り乱すことはなかった」
「レナは今どうしているんですか?チョーカーを外している以上は周辺調査などキャンプからでる任務はまかせられませんが」
「今は夜間のユウトを監視させている」
「それではレナはかなり不満をため込んでいるでしょうね」
「そうなのか?レナは忠実に任務をこなしているが」
ガラルドの素朴な疑問にヨーレンはため息をついた。
「彼女はまだ若い。ゴブリンに対しての憎悪がもっとも新鮮です。明らかにゴブリンに見える者に対して手を出さずに監視をさせるには酷でしょう。自らユウトをけしかけ襲わせ正当防衛といって殺しても不思議じゃない娘ですよ」
あきれたようにガラルドのレナに対する認識の迂闊さを指摘するヨーレンだったがガラルドは全く意に介さない。
「丁度いい。自らの性欲に打ち勝てないようなら早いうちに殺しておいたほうが安全だ」
あっけらかんとした物言いにヨーレンは先ほどよりさらに大きい溜息をついた。
「わかりました。私からはこれ以上は何もいいません。とりあえずしばらくは彼は経過観察するということですね」
「そうだ」
それから一時ヨーレンは思案して
「ユウトがいた洞穴の部屋へ私を連れて行ってくれませんか。それとユウトと共に倒したというボス級のゴブリンの死体も調べさせて欲しいのですが」
と、ガラルドへ申し出る。
「わかった。俺も同行する。数日後に連れていく」
ガラルドは立ち上がりながらそう言うと救護テントから出て行った。出ていくガラルドの後ろ姿に「よろしくお願いします」と声をかける。
ガラルドを見送るとヨーレンは椅子の背もたれに体を預け、大きく息を吐いた。
(いよいよ師匠に手助けを求めないといけないかもしれないな・・・)
ふとそんなことを考え立ち上がると調査のための準備に取り掛かる。
日はいよいよ傾き夜がせまっていた。
獣は走る、ゴブリンの気配を追い続けて。
獣にはゴブリンを探し、殺す以外の思考を持ち合わせなかった。空腹もなく、疲れもしらずただゴブリンを殺すことのみが思考の全てとして。
しかしその思考にはかすかなひびが入っている。もうすぐ空っぽになる。何かを使い切ってしまうという警告。それは生存本能の最後の抵抗だったのかもしれない。
指先に刺さった小さな棘のように痛む思考のひびをかき消すように、獣はがむしゃらに駆けまわり闇の中へ消えてゆく。
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