おれたち天使の部屋の極悪兄弟

文戸玲

震える声


「昔さ,グローブをねだったことがあったよな」
「グローブ?」

 黒目を左上に向けて,達也は考えた。そして「そういえば」と呟いた。

「なんかそういうこともあったな。確か買ってもらえなかったけど。今思えばなんであんなこと言ったんだろうな。家が苦しいのは知っていたのに。で,それがどうしたんだ?」

 不思議そうに達也は問いかけた。プリペイドカードをポケットから出して,眺めながら答えた。

「グローブ,買おうと思って。なんか,分かんねえけど不意に思ったんだよ。買えるだろ,ネットで」

 達也は口を開けたまま正弥を見つめた。そして,顔をくしゃくしゃにして笑い,ぷっと噴き出した。

「何言ってんだよ。そんなことしたら足がつくじゃねえか」

 そうか,と息を漏らした。そこまで頭が回らなかった。自分ではかなり用心深いほうだと思っていたが,達也に指摘されるようじゃあまだまだだな。プリペイドカードを手の中で遊ばせていると,達也は背中を向けて毛布をかけた。そろそろ休まないとな,と思って毛布にくるまっていると,達也の背中から「ありがとな」と闇の中に消え入りそうな,弱弱しい声が聞こえた。その声は弱いばかりではなく,少し震えているようにも聞こえた。


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