おれたち天使の部屋の極悪兄弟

文戸玲

万引き少年


 初めて万引きをしたのは小学校四年生の時だった。
 変わり果てた達也を見ていられなかった。変わらせたのは,この恵まれない家庭環境だということは考えるまでもなかった。

 お金がないなら,生み出すしかない。

 もちろん,小学四年生を雇ってくれるところなどあるはずもなく,汗水流した勤労の対価として報奨を得ることなど不可能に等しかった。正弥には,物を盗むしかなかった。それを実行に移すのにそうためらいはなかった。
 最初はコンビニでお菓子を盗んだ。お菓子が欲しかったわけではない。嫌いではないが,嗜好品を我慢するぐらいの忍耐力は持ち合わせている。
 以前,高校生がコンビニでお菓子を万引きしているのを見たことがある。ここはカメラに映らないから,と会話していたのが耳に入り,どういうことだろうと様子を伺っているときょろきょろしていた高校生の一人がガムをポケットに入れた瞬間を見た。それから店内を物色する風に一周した後で,堂々と扉から出ていった。何か悪いものを見た。それに対して何もできなかった。そんな罪悪感にしばらく苛まれていたから,そのシーンは映画の有名なワンシーンのように鮮やかにまぶたの裏に映し出された。
 あれだけ簡単にできていたのだから,自分にも出来るはずだ。そう思ってたかをくくっていた。でも,現実は甘くなかった。
 高校生がやっていたことを思い出して,全く同じ場所で隙でも無いブラックガムをポケットに入れた。簡単だ。あとは店内を一周して店を出るだけ。心臓は少しだけ高鳴っていたが,無理やり落ち着かせるようにゆっくりと店内を歩いた。そして,出口に向かった。自動ドアが開いて外の風を頬に受けた時,待ちなさい,と後ろから腕を掴まれた。
 振り返ると,コンビニの服を着たおじさんが口を固く結んで立っていた。こっちに来なさい,と腕をつかまれ,子どもにとっては大きすぎる歩幅で裏へと連れていかれた。

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