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バツ×ばつ×バツ【下】

Pt.Cracker

【真の敵!魂を弄ぶ者編】第五十二話 九字

「どうか、大橋様も上でお待ち下さい」

 月影さんは残ると主張する小暮を気にして動けずにいた大橋社長に退避するように促した。

「そ、そうだな。そのために君達を呼んだんだ。そうさせてもらう」

 最初からメディアなんて呼ばなければこんな事態にはならなかっただろうに、非常に無責任な人だ。

「小暮さんも、上へ戻らないかね?」

「いいえ。わたしゃ、そこいらの役立たずのスタッフとは違うんで残りますよ。任せてください、死人憑きやらの恐怖、とことんカメラに収めますって」

 特にこの小暮というスタッフは厄介だ。これ以上この場に居られても、死人憑きと
対峙しようとしている俺たちにとってお荷物にしかならない。

「そ、そうか……じゃあ君たち、後は任せたよ。事が済んだら、呼んでくれたまえ」

 大橋社長はそう言って、逃げるように階段を上って行った。
 ここに残ったのは俺と近江さん、司と月影さん、そして頑として死人憑きを取材しようと残ったヒガシTVのディレクター、小暮の五人だ。
 携帯電話のカメラをスタンバイしている小暮に対し、もう勝手にしてくれという空気になっている。
 これ以上俺たちの邪魔をするなら、千咒丸から習った金縛りの術でも掛けてやろうかと思うくらいだ。とは言え、無力な人間に掛けるとリスクが付くので滅多な事では使ってはいけない。ノーリスクだったのなら、既に近江さんが彼らの身動きを封じていただろう。
 気持ちを切り替え、ふと、俺は月影さんに訊ねた。

「月影さんも残るんですか」

「私は大丈夫です。これでもマネージャー兼、司の補佐役です。お気になさらず」

 司の補佐役となると、月影さんも降魔術や何か、そういった心得があるのだろうか。マネージャーとは聞いたものの、彼女はTV関係者とは違うようだ。月影さんに訊ねた時、司があからさまに良い顔をしなかったため追及するのは止めておく事にした。
 ガンガンと扉を叩く音はさっきよりも激しくなる一方で、近江さんは「この様子じゃ、開けた途端に二の舞だろうね」と言った。
 扉の向こうから放たれる殺気は、さっきよりも増して感じる。二の舞というのは、カメラマン久遠の腕を傷つけた現象を指しているんだろう。
 はっきりと見たわけじゃないが、負の感情が詰まった刃状の風……喩えるなら、《瘴気の刃》が扉の向こうに居るモノから放たれたんだ。床に投げ出されたままのレンズの割れたカメラがさっき起きた出来事の生々しさを残していた。

「それなら、ヤツの動きを封じればいいんだろう」

 やる気に満ちた佇まいで扉の前に立つ司の言い分に、それなら俺にもできるのではと思った。

「金縛りの術?」

 人間に害はあるが、死人憑きなら問題はないだろう。

「陽介くん。残念だけど、千咒から習った金縛りの術は妖霊に対する軽い護身術なんだ。恐らく、この様子だと死人憑きの動きを止める事は幾秒もできない」

 近江さんの説明に、俺はがっくりと肩を落とした。習いたての術を使って、ようやく自分も降魔師らしく活躍できると思ったのに。

「本当に降魔師か?」

 振り返りもせず皮肉を口にする司に、俺は眉間に皺を寄せる。後ろで携帯電話のカメラを回している小暮がププッと笑いを漏らすのが聞こえ、余計に不快だ。
 そりゃあ、護身術をようやく身につけた程度のビギナー降魔師ですけど。一々癪(しやく)に障る言い方をするなよな、と俺は不機嫌に口を結ぶ。

「ここは彼に任せよう」近江さんはどうどう、と軽く俺の肩を叩いてなだめた。
 成り行きとはいえ、共に仕事をする以上はお互いに仲良く……とまでいかなくても、角を立てるような言動や行動は止めてほしいんですけど。
 俺より遙かに経験豊富だろうし、正式な降魔師じゃないにしてもあの宣戦布告や突っかかる態度さえなければ頼りになる人だし、尊敬できるだろうに。

「どいてろ」

 司は扉から俺達を遠ざけると、扉の前で集中し、胸元に構えた指先に気を集めた。
 臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前…………
 司の微かに呟く声と、指が空を切る音が聞こえる。これは《九字》だ。知識の浅い俺でもこれだけはなんとなく知っている。
 坊さんが使う護身法――それくらいの範囲でだけど。しかしこれが、扉の向こうの死人憑きの身動きを封じる術になるのか、俺は気で宙に描かれる格子状の模様をじっと見ていた。
 それが四縦、五横を切り終わると、司は両手を印の前に翳し、九字の印を扉の向こうへと押し出した。

「はあっ!」

 押し出された九字は光を放ち、鋭く扉の向こうへ飛び込んでいった。そしてどさりと鈍い音がし、扉を叩く音が止んだ。
 小暮は感嘆の声を小さく上げる。自分の声がなるべく収録されないように気を遣っているのだろうが、携帯電話を持っていない片方の手は興奮で熱く握り締められていた。俺もつい「凄い」と口に出してしまっていたのに気付き、恥ずかしさのあまり口を塞いだ。
 社司は表情一つ変えずに振り向き「開けるぞ」と宣言し、扉に向き直って解錠された扉をゆっくりと開いた。
 今度は瘴気の刃は飛んでこない。
 開け放たれた扉のすぐ傍には死人憑きとなった大橋一江夫人がロープで椅子に括り付けられたまま倒れ込んでいた。右腕だけロープの束縛から逃れ、拳は血で赤く染まっている。さっきまでこの拳で扉を叩いていたのだろう。
 一江夫人の胴体は九字の光が浮かび上がり、一江夫人の動きと瘴気を封じていた。
 小暮は司の後ろから顔だけを出して、恐る恐る床に倒れた死人憑きを見て訊ねた。

「し、死んだんですか?」

「動きを抑えているだけだ。持って数分だろう」

 司が答えると、小暮は顔を青くして扉から遠ざかった。携帯電話のカメラは相変わらずこちらに向けられたままだが、多少利口と言える。

「さて。死人憑きについては、お前達のほうが詳しいそうだが」

 司は俺と近江さんの顔を見た。近江さんは進んで死人憑きの前に歩み寄り、屈んで死人憑きの様子を見る。

「やっぱり、おかしいね」

 数秒もしない内に近江さんは立ち上がって俺達に向き直った。

「瘴気を飛ばしてきたのもそうだけど、今までに見てきた死人憑きとは違う」

 簡単に浄化できるものではない、と近江さんは頭を横に振った。

「それはどういう?」司は近江さんに訊ねる。

 近江さんは神妙な面持ちで答えた。

「これまで見てきた死人憑きは肉体に別の魂を入れたものばかりだった。でも、これは生物の魂じゃない上に、肉体まで融合してる」

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