バツ×ばつ×バツ【下】

Pt.Cracker

【真の敵!魂を弄ぶ者編】第四十九話 邪悪な意思の存在

 大橋社長の依頼を受け、死人憑きに変わってしまったという社長夫人を見るために大橋社長の出迎えにより豪華にも運転手付きのリムジンで社長邸宅へ向かっていた降魔師見習いの俺、榊野陽介と、降魔師を統べる五獣会に所属する近江さんの二人。
 豪華なリムジンを止めた道路のかたわら、俺達の視線は賽ヶ淵さいがぶち嶺太みねたの友人を名乗る死人憑きの少女、一条詩子に注がれていた。
 賽ヶ淵嶺太は俺にとって親父を殺した仇で、これまで他にも多くの人の命を奪ってきた。
 だが、彼女が死人憑きで賽ヶ淵の関係者だったとしても、俺達を欺くために来たのではないと確信めいたものを感じていた。
 初めて降魔師としての仕事を努めた戸丸家の件で視た、あの時の魍魎の瞳のような、真っ直ぐで澄んだ瞳に似ていたからかもしれない。

「無理を承知でお願いしているのはわかっています。彼を、助けてください。どうか話だけでも、聞いて」

 懇願する彼女に対し、俺は「わかった」と答える。その様子に、車の側に避難していた大橋社長が地べたに尻をついたまま威張って文句を垂れる。

「お、おいっ! そんな奴に構っている暇などないだろう。早く車に戻るんだ」

 怯えた様子で文句を垂れ続ける大橋社長をよそに、俺は彼女に話を促した。

「君の話を聞かせて」

 大橋社長は「いくら金を積んだと思っているんだ、お前達は言われた通りにすればいいだろう」と好き放題に声を荒げている。一条詩子は躊躇いがちに、ゆっくりと話し始める。

「……彼は、本来の賽ヶ淵嶺太ではないんです。別の意思に操られているんです」

「別の意思?」

 反復して聞き返すと、彼女は小さく頷いた。

「降魔の力で彼は日に日に体がむしばまれ、降魔術を扱えるような体ではありません。これ以上あの人格の思うままにさせておけば、嶺太は降魔の力に呑まれてしまう。そうなる前に、あなた方に彼を止めてほしいんです」

 降魔がいかに危険な術なのかは、紫吹川の件で知った〝朱眼寄せ〟で嫌というほど理解した。俺のような新米の降魔師が知り得ぬような禁忌の呪を奴は使う。そして奴は「世界を逆転させる」と、生者と死者の世界をひっくり返そうと企んでいる。そんな大事を成そうとしているのなら、相応のリスクを負っていてもおかしくない。

「俺達は、賽ヶ淵嶺太を止めるつもりなんだ。これ以上、犠牲者を出さないために」

「でも五獣会は、彼の命まで保証できないよ」

 続いた近江さんの言葉に、俺は息を吞んだ。

「それでも構いません」

 一条詩子は近江さんの言葉に対し、淡々とした口調で答えた。

「嶺太を止めてくれるだけで、いいんです」

 奴は親父の仇で、殺人者で、それでも「命まで保証はできない」という言葉にもどかしさを感じた。俺は、賽ヶ淵嶺太を殺したいわけじゃない。こんな考えは、綺麗事でしかないのだろうか。
 何も言えないまま考え込んでいると、後ろから野次が飛んだ。

「おいっ。いつまで化け物と話し込んでるんだ! 早く消せ! 消さないか!」

 大橋社長が痺れを切らしたらしい。
 一条詩子は気力の無い胴体を起こし、ふらふらと覚束ない足元で立つ。

「心に、留めておいてくれるだけでいい。嶺太を助けて……私もあまり長い時間、傍を離れていたら彼が不審に思うから、戻ります」

 ごめんなさい、と彼女は頭を下げ、彼女は俺達に背中を向けた。

「あの……さ!」

 俺は去ろうとする一条詩子の背中に声を掛けた。彼女は驚いて体を竦(すく)ませ、立ち止まった。

「できる限りの事はやるから」

 我ながら、うまい言葉が出なかったと瞬時に後悔したが、彼女はそんな俺のぎこちない言葉に振り返って微笑んで見せてくれた。生気のないはずの死人憑きとは思えない、生き生きとした少女の純粋な笑みのようだった。それが見間違いだったのではと思うくらいの間に、彼女は人間の体とは思えない速さで跳ねるように林の中へ消え去ってしまった。
 そうして道路に残されたのは、リムジンと道路上に立ち尽くす四人の姿だけ。
 大橋社長は死人憑きが居なくなって安堵したのか、胸を撫で下ろし、運転手を運転席へ押し込み、俺と近江さんへ車へ搭乗するように催促した。
 車で向かうは死人憑きとなった大橋一江夫人が待つ大橋邸。
 だが、頭の中は一条詩子と賽ヶ淵嶺太の事で一杯だった。

「賽ヶ淵嶺太の、別人格……」

 ふと、遊園地で対峙した際に視えた子供の姿を思い出していた。あれが、本当の賽ヶ淵嶺太なのだろうか?

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