バツ×ばつ×バツ【中】
【不気味!紫吹川事件編】第二十九話 守谷センパイと消えた幽霊
何事かと、悲鳴の方向に俺達は注目した。
校舎の前で守谷みくが尻餅をついて、何かに怯えて震えている。
「守谷センパイ?!」
俺達は急いで守谷センパイのもとへ駆けつけると、センパイの表情は青ざめ、宙を見つめて口をぱくぱくと金魚のように開閉している。
「どうした?」
話しかけると、ゆっくりと俺の顔を見て「ひ……ひ、人が」と絞り出したような、掠れた声で言った。
「見間違い、見間違いなんかじゃないの」
「うん、わかったから落ち着いて話してくれよ」
守谷センパイは了解したのかしてないのか三度忙しく頷き、早口で話した。
「ここから職員室を覗いていたポロシャツ姿のオジサンが居たからあたし、声を掛けたの。そしたら〝カナコを助けてくれ〟って……ぐしゃって、目の前でぐしゃって、血が、トマトみたいに潰れて、それで……消え…………うっぷ」
余程気持ち悪い光景だったのか顔を一層青くし、口元を覆う。
「そ、それって生きてる人?」
一度聞いた限りでは、生きた人間ではなく幽霊でも視たかのように聞こえる。
「わかんない……生きてるなら、目の前で消える? あり得ないでしょ……うえぇ」
確かに、マジックショーやCGでもない限り目の前で消えるなんて無理だ。俺が知らないだけで、降魔とか呪術とかでぱぱっと消える! 瞬間移動できる! なんてファンタジー世界で言う魔法みたいなものが存在する可能性は否定できないけど。
それにしたって、ポロシャツ姿のオッサンが「カナコを助けてくれ」とは一体なんだっていうんだろう。
夏休み、学校祭、そして今。紫吹川で見つかった遺体と朱眼寄せの呪術――全くの無関係とは思えないのは、ただの思い過ごしなんだろうか?
守谷センパイは用意良くスカートのポケットに入れてあったハンカチを取り出し、気持ち悪そうに吐く素振りを見せる。
「せ、センパイ、大丈夫ですか。家まで送っていきますよ」
どのみち、途中まで帰路は一緒だし、と提案してみる。
「ごめん、榊野クン。今日ばかりは有り難いわ」
怖いものを見た後は俺だって一人でいたくない時がある。今の守谷センパイの気持ちの一端くらいはわかってやれる気がする。
いつも何かと絡んできて面倒だと思う事も多い守谷センパイでもなんだかんだ放っておけないわけで、こういうのを腐れ縁とでも言うんだろうかと内心笑う。
「じゃあ近江さん、俺帰ります」
鞘に戻した降魔刀を近江さんに返す。
「うん、気を付けて。今度から協力が必要な時は連絡するよ」
近江さんと別れ、鞄を取りに戻ってから怯える守谷センパイ、そして千代助と一緒に帰路へついた。
守谷センパイを途中まで送り、俺と千代はようやく帰宅。腕時計を見ると、六時丁度だ。日照時間が短くなってきているのか、既に空は薄暗く肌寒い。
「ただいまー……」
玄関の戸をガラリと開けると、明かりが点いていないせいか家の中から闇でも這い出してきそうな不気味さを醸し出している。
いつもなら爺やが家を暗くしないように明かりを灯して待っていてくれて、この時間であれば夕飯の匂いがしているはずだ。
「爺や……?」
台所、客室、トイレにも入っている様子はないし。一階から二階、部屋中を覗いても爺やの姿は見当たらない。
遅くなる用事があれば、几帳面な爺やはいつも留守電やメモにメッセージを残していくけどそれも無い。単に残す暇がなくて、まだ帰ってきていないだけならいいけど、と千代助と顔を見合わせる。
「爺やが居ないんじゃ、夕飯は俺が作るしかないかー」と腕まくりして台所へ向かおうと階段を下りたところ、千代の耳がピンと立つ。居間からドタリと何かが倒れ込んだような鈍い音が聞こえた。
千代はすぐさま居間へ走り、俺も続いて足を急かした。
千代が吠える先に、体中傷だらけで縁側に倒れ込む爺やの姿があった。
俺は慌てて爺やに駆け寄り、屈んで爺やの傷の状態を確認する。
「爺や?! この傷は?」
「すみません、坊ちゃん。少し下手をしてしまって……」
爺やの傷の出血も気になるが、手足を悪くしてしまったのか起き上がろうとするも、起き上がるどころか再び床へうつ伏せになってしまう。
「爺や、無理に動くなって。今、救急車呼ぶから!」
俺は電話をとるために立ち上がったが爺やは「坊ちゃん」と声を掛けて俺を引き留め、痛々しい傷を負った右腕を動かしてシャツのポケットから黒革の手帳を取り落とす。
「すみませんが、こちらに書いてある八坂御病院へ連絡をお願いします」
俺は手帳を拾い、連絡先一覧のページを開き、爺やに番号を確認して身を翻した。
「わかった。爺やは安静にしてて」
爺やは弱々しく「頼みます」と呟く。俺は手帳を持って電話のもとへ走り、八坂御病院の番号を押す。
『はい、こちら八坂御病院です』
穏やかな女性の声が受話器から聞こえると、俺は要件を伝えようと口を開いたが、声を出す前に『患者さんのお名前は?』と問いかけてきた。俺は「社大文字」と爺やの名を告げると、電話の向こうの女性は『今すぐそちらへ救急車を一台向かわせます。社大文字さんには到着まで安静にするようにお伝えください』と言って電話が切れた。
俺は不審げに首を傾げ、電話機から離れる。
「名前しか聞かないで、安静にして待ってろって」
爺やは「それでいいんです」と口元を笑って見せた。
腑に落ちないまま、爺やの容態を案じながら待っていると救急車のサイレンが近付いてきた。
                                ◆◇◆◇◆
爺やの傷はどれも軽傷だったものの、手足を軽く骨折していたらしく一ヶ月ほどの入院が決まった。
翌日、俺は爺やの居ない家に千代助一匹を残し、登校する。
校舎の生徒玄関で上履きに履き替えていると、俺の姿を見つけた守谷センパイが声を掛けてきた。
「昨日は家まで送ってくれてありがとう」
いつものセンパイらしからぬ、しおらしい態度だ。昨日の今日で無理もないか、と俺はなるべく優しく返した。
「いや、いいって。気分は落ち着いた?」
「うん、ホントに助かった。あたし、幽霊とかそういうの…昔から苦手で」
まさか、過去には学校中から恐れられていたという不良さえ取材したという伝説のある守谷センパイの苦手なものが幽霊だなんて。なんだか今日は調子が狂う。
上履きを履き終え、それじゃ、と別れる前に「そうだ」と守谷センパイは思い出して俺を引き留めた。
「あの後、榊野クンの近所で救急車が停まったって聞いたんだけど、何か知ってる?」
八坂御病院の救急車の事だ。
しかしいくら守谷センパイがいつもと違って大人しいとはいえ、いつ調子を戻すかわからない。俺は言葉を濁し、首を横に振った。
「そう? 何もなかったらそれでいいんだけど」
爺やが入院した、なんて別に隠す必要もないが、どのみち守谷センパイには関わりのない話だ。
「本当に昨日はありがとう」
守谷センパイはそう言って玄関を去り、続いて俺も自分の教室へ行かないとな、と階段を上った。
校舎の前で守谷みくが尻餅をついて、何かに怯えて震えている。
「守谷センパイ?!」
俺達は急いで守谷センパイのもとへ駆けつけると、センパイの表情は青ざめ、宙を見つめて口をぱくぱくと金魚のように開閉している。
「どうした?」
話しかけると、ゆっくりと俺の顔を見て「ひ……ひ、人が」と絞り出したような、掠れた声で言った。
「見間違い、見間違いなんかじゃないの」
「うん、わかったから落ち着いて話してくれよ」
守谷センパイは了解したのかしてないのか三度忙しく頷き、早口で話した。
「ここから職員室を覗いていたポロシャツ姿のオジサンが居たからあたし、声を掛けたの。そしたら〝カナコを助けてくれ〟って……ぐしゃって、目の前でぐしゃって、血が、トマトみたいに潰れて、それで……消え…………うっぷ」
余程気持ち悪い光景だったのか顔を一層青くし、口元を覆う。
「そ、それって生きてる人?」
一度聞いた限りでは、生きた人間ではなく幽霊でも視たかのように聞こえる。
「わかんない……生きてるなら、目の前で消える? あり得ないでしょ……うえぇ」
確かに、マジックショーやCGでもない限り目の前で消えるなんて無理だ。俺が知らないだけで、降魔とか呪術とかでぱぱっと消える! 瞬間移動できる! なんてファンタジー世界で言う魔法みたいなものが存在する可能性は否定できないけど。
それにしたって、ポロシャツ姿のオッサンが「カナコを助けてくれ」とは一体なんだっていうんだろう。
夏休み、学校祭、そして今。紫吹川で見つかった遺体と朱眼寄せの呪術――全くの無関係とは思えないのは、ただの思い過ごしなんだろうか?
守谷センパイは用意良くスカートのポケットに入れてあったハンカチを取り出し、気持ち悪そうに吐く素振りを見せる。
「せ、センパイ、大丈夫ですか。家まで送っていきますよ」
どのみち、途中まで帰路は一緒だし、と提案してみる。
「ごめん、榊野クン。今日ばかりは有り難いわ」
怖いものを見た後は俺だって一人でいたくない時がある。今の守谷センパイの気持ちの一端くらいはわかってやれる気がする。
いつも何かと絡んできて面倒だと思う事も多い守谷センパイでもなんだかんだ放っておけないわけで、こういうのを腐れ縁とでも言うんだろうかと内心笑う。
「じゃあ近江さん、俺帰ります」
鞘に戻した降魔刀を近江さんに返す。
「うん、気を付けて。今度から協力が必要な時は連絡するよ」
近江さんと別れ、鞄を取りに戻ってから怯える守谷センパイ、そして千代助と一緒に帰路へついた。
守谷センパイを途中まで送り、俺と千代はようやく帰宅。腕時計を見ると、六時丁度だ。日照時間が短くなってきているのか、既に空は薄暗く肌寒い。
「ただいまー……」
玄関の戸をガラリと開けると、明かりが点いていないせいか家の中から闇でも這い出してきそうな不気味さを醸し出している。
いつもなら爺やが家を暗くしないように明かりを灯して待っていてくれて、この時間であれば夕飯の匂いがしているはずだ。
「爺や……?」
台所、客室、トイレにも入っている様子はないし。一階から二階、部屋中を覗いても爺やの姿は見当たらない。
遅くなる用事があれば、几帳面な爺やはいつも留守電やメモにメッセージを残していくけどそれも無い。単に残す暇がなくて、まだ帰ってきていないだけならいいけど、と千代助と顔を見合わせる。
「爺やが居ないんじゃ、夕飯は俺が作るしかないかー」と腕まくりして台所へ向かおうと階段を下りたところ、千代の耳がピンと立つ。居間からドタリと何かが倒れ込んだような鈍い音が聞こえた。
千代はすぐさま居間へ走り、俺も続いて足を急かした。
千代が吠える先に、体中傷だらけで縁側に倒れ込む爺やの姿があった。
俺は慌てて爺やに駆け寄り、屈んで爺やの傷の状態を確認する。
「爺や?! この傷は?」
「すみません、坊ちゃん。少し下手をしてしまって……」
爺やの傷の出血も気になるが、手足を悪くしてしまったのか起き上がろうとするも、起き上がるどころか再び床へうつ伏せになってしまう。
「爺や、無理に動くなって。今、救急車呼ぶから!」
俺は電話をとるために立ち上がったが爺やは「坊ちゃん」と声を掛けて俺を引き留め、痛々しい傷を負った右腕を動かしてシャツのポケットから黒革の手帳を取り落とす。
「すみませんが、こちらに書いてある八坂御病院へ連絡をお願いします」
俺は手帳を拾い、連絡先一覧のページを開き、爺やに番号を確認して身を翻した。
「わかった。爺やは安静にしてて」
爺やは弱々しく「頼みます」と呟く。俺は手帳を持って電話のもとへ走り、八坂御病院の番号を押す。
『はい、こちら八坂御病院です』
穏やかな女性の声が受話器から聞こえると、俺は要件を伝えようと口を開いたが、声を出す前に『患者さんのお名前は?』と問いかけてきた。俺は「社大文字」と爺やの名を告げると、電話の向こうの女性は『今すぐそちらへ救急車を一台向かわせます。社大文字さんには到着まで安静にするようにお伝えください』と言って電話が切れた。
俺は不審げに首を傾げ、電話機から離れる。
「名前しか聞かないで、安静にして待ってろって」
爺やは「それでいいんです」と口元を笑って見せた。
腑に落ちないまま、爺やの容態を案じながら待っていると救急車のサイレンが近付いてきた。
                                ◆◇◆◇◆
爺やの傷はどれも軽傷だったものの、手足を軽く骨折していたらしく一ヶ月ほどの入院が決まった。
翌日、俺は爺やの居ない家に千代助一匹を残し、登校する。
校舎の生徒玄関で上履きに履き替えていると、俺の姿を見つけた守谷センパイが声を掛けてきた。
「昨日は家まで送ってくれてありがとう」
いつものセンパイらしからぬ、しおらしい態度だ。昨日の今日で無理もないか、と俺はなるべく優しく返した。
「いや、いいって。気分は落ち着いた?」
「うん、ホントに助かった。あたし、幽霊とかそういうの…昔から苦手で」
まさか、過去には学校中から恐れられていたという不良さえ取材したという伝説のある守谷センパイの苦手なものが幽霊だなんて。なんだか今日は調子が狂う。
上履きを履き終え、それじゃ、と別れる前に「そうだ」と守谷センパイは思い出して俺を引き留めた。
「あの後、榊野クンの近所で救急車が停まったって聞いたんだけど、何か知ってる?」
八坂御病院の救急車の事だ。
しかしいくら守谷センパイがいつもと違って大人しいとはいえ、いつ調子を戻すかわからない。俺は言葉を濁し、首を横に振った。
「そう? 何もなかったらそれでいいんだけど」
爺やが入院した、なんて別に隠す必要もないが、どのみち守谷センパイには関わりのない話だ。
「本当に昨日はありがとう」
守谷センパイはそう言って玄関を去り、続いて俺も自分の教室へ行かないとな、と階段を上った。
コメント