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Pt.Cracker

【不気味!紫吹川事件編】第二十五話 元気出して

 親父との思い出はごくわずかなものだったように思える。
 家に居てもずっと机に向かって仕事の書類や電話に向かい。机を離れたと思えば外出。年を重ねるにつれ、自然と会話も少なくなった。
 そんな中一番記憶に残っているのは、小学三年の夏休みに遊園地ニャンダーランドへ連れて行ってくれた時の事。
 久し振りに親父と遊べると前日から楽しみで仕方なくて、よく眠れなかった覚えがある。当日は園に入るなり、すぐ父とお揃いのニャンキャップを買ってかぶり、はしゃいで親父の手を引っ張って遊園地を周ったっけ。
 普段難しそうな顔をしていた親父が唯一笑顔でいてくれたのが嬉しくて、親父の顔から声からアトラクションを待っている間の会話の内容まで、今でも鮮明に思い出せる。
 その時にかぶっていたニャンキャップは今でも部屋の片隅に飾ってある。
 親父が誰かに殺されただなんて、今でも信じられない。
 振り返ってみれば、俺は親父をちっとも理解していなかった。理解しようともしなかったんだと今では後悔している。

 親父の仕事さえわからず、苦悩さえわからず、ただのうのうと過ごしてきた自分が憎くもある。榊野の血を継ぐ俺には《霊視》の力があるんだから、幽霊にでもなってひょっこり出て来てくれたらいいのにと、死んだ親父に憤りや不安を感じる。
 どうして親父は、俺の前に姿を現してくれないのだろう。
 先日、親父が「人間に殺された」と告げられてから様々な想いが頭の中で交錯していた。
 自室で一人うつむき考え込んでいると、きゅーんと千代助の鼻の音が聞こえた。

「千代、ごめん。ちょっと一人にしてくれないか」

 千代助は心配してくれているのだろうか、一度振り返ってから静かに部屋を後にして階段を下りて行った。
 塞ぎこんでいるのは、過去の親父の死のせいだけじゃない。

『死人憑きを造り出している犯人を捕まえるために、君の力を貸してほしい』

 近江さんは親父の死の真相を伝えた後、俺にそう言った。

 ……俺に何ができるっていうんだ? 親父が亡くなった原因に仇討ちしろって?

 爺やに押され降魔師として片足を突っ込んで戸丸姉妹や勇美中学校の件は解決する事ができた。俺でも少しは他人の役に立てるのだと、自信もついてきた頃だった。
 だが、学校祭の時の社司の活躍を見たら、嫌でも思い知らされた。〝俺はヒーローじゃない。幽霊が視える変わった能力を持っただけの、ただの高校生だ〟と。
 死人憑きの件も、俺じゃなく有名人の社司に頼めばいいじゃないか。あいつなら、学校祭の時みたいにすぐ解決してくれるじゃないか。
 柄にもなく溜息を吐いた時、玄関のチャイムが鳴った。
 生憎、爺やは留守だ。
 どんな用事で訪れた客であろうと、こんな気分じゃ出る気にならない。俺は居留守を使おうとだらしなく床に体を放り出した。
 が、何故かガラガラと玄関の戸が開く音が聞こえた。
 鍵は掛かってるはずなのに?! と俺は慌てて身を起こし、部屋から飛び出す。爺やが帰って来たならチャイムなんて鳴らすわけがない。

「あれっ? 千代助……」

 玄関から、行成の声がした。
 階段越しに玄関を覗くと、千代助が行成を出迎えていた。

「あ、陽介さん! すごいですね、玄関の戸を開けるワンちゃんなんて見た事ないです」

 行成は階段上から覗いていた俺に気付き、無邪気に笑って手を振った。相変わらず千代助を犬と思い込んでいる天然っぷりに、さっきまでの陰鬱な感情は和らいでいた。とにかく泥棒じゃなくてよかったと俺はほっと胸を撫で下ろし、階段を下りた。
 これまで何度か千代助が玄関の戸を開けるのを見た覚えがあるものの、それはいつも鍵を掛けていない時であって、今はさっきまで確かに鍵が掛かっていたのにと、千代助の鼻面をまじまじと見つめる。千代助は見つめ返してくるだけで答えてはくれなかったが。

「これ、親戚から送られて来た梨なんですけど、僕と父さんの二人だけじゃ食べきれませんから。お裾分けです」

 行成はそう言って手に下げられたビニール袋を差し出した。
 中には丁寧に新聞紙で包まれた梨が五個ほど入っており、ずっしりと重い。

「毎年毎年、悪いなぁ」

「いつもお世話になってますから」

 行成の親父さんの親戚は北海道から本州のあちこちに点在しているらしく、毎年春から秋、年中何かしらの果物や野菜、魚介類が送られて来るそうだ。そしてその度、近所の俺の家に有り難くもお裾分けが巡ってくる。

「大文字さんにも宜しく伝えてください。元気、出して下さいね」

 それじゃまた、と手を振って行成は自宅へ戻って行った。
 行成の後ろ姿を見送って、そっと玄関の戸を閉める。今度は施錠をしっかり確認する。
 嬉しそうに梨の入ったビニール袋を見上げる千代助。

「元気出してくださいね……かぁ。そんなに俺、元気なく見える?」

 千代助に訊ねるが千代助は首を傾げるばかりだ。
 爺やが帰ってきたら早速梨をむいて食べようと、俺は袋を持って台所へ向かった。

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