バツ×ばつ×バツ【上】
【初仕事!姉妹編】第四話 さかきのけのシゴト
「ただいまーっ」
玄関の戸を勢いよく開く。首の周りがかゆいのか、千代助は首輪のあたりを足で搔く。
「ほいほい、リード外すからじっとしてて」
千代助の首輪からリードを外し、千代助の足を洗面所から濡れ布巾を持って来て拭いてやる。
「お帰りなさいませ、陽介坊ちゃん」
居間から爺やが出迎えた。千代助は足を拭き終えると、拭いてやった礼の一つも言わずに廊下の向こうへ走り去って行った。
「それで大事な話って?」
「こちらへ」
爺やに促され居間へ入ると、居間の中央に鎮座する木製の机上には見慣れぬ箱がいくつも積み重ねられていた。
「箱?」
爺やは机の前に座り、箱を整頓する。俺もならって机に着いた。
「これには源助様――陽介坊ちゃんのお父上が仕事で使っておられた物が収められております」
俺は爺やに差し出された箱のひとつを開けてみる。
「札に……なんだ、コレ?」
箱の中には神社で見かける護符に似たものや古びた円盤状の鏡、使いのわからない土器のようなものなど、不明な物ばかり入っている。説明がなければ形見といえどガラクタとして処分してしまいそうだ。
「爺や、もしかして話って榊野家の家業についてだったりする?」
親父の仕事道具を引っ張り出してきたという事は、そうに違いないと踏んだ。予想通り、爺やは頷く。が、躊躇う素振りを見せた。
「そのつもりでございますが……」
小学生の頃、親の仕事についての作文が未提出のままで先生に怒られた時の事を思い出す。親父や爺やに聞いてもはぐらかされるばかりで、期限までに書けなかった思い出。
親の仕事がわからないなんてと同級生に笑われた事もあった。自分も榊野家の一員だ、長男だ、知る必要があると親父に理由を付けて話しても、その都度言葉を濁し「お前は家業を継がなくてもいい」だの、一言「すまん」だのと逃げられるばかりで半ば追及するのを諦めていた。が、話すつもりだというのにいざとなって躊躇うとは卑怯ではないか。
「そんなに言い辛い事なの?」
「それは……いえ、源助様亡き今、話さねばなりませんな。心してお聞きください」
俺は爺やの言葉に姿勢を正した。
「榊野家の家業といいますのは、《降魔》と申しまして」
「ごうま?」
聞いた事のない響きだ。
「はい。現代では時に霊媒師、除霊師、拝み屋と別称で活動しております」
「霊媒……」というと。夏にTVや雑誌でよく取り上げられているアレかと思うと、なんだか胡散臭く聞こえる。親父達はそんな胡散臭い家業だから息子の俺に言うのを躊躇ったのだろうか? しかし自分にも霊を視る《霊視》の力がある以上、冗談だとは思えない。
「マジ?」念のために爺やに確認する。
「マジでございます」
いつにも増して真面目な表情をする爺やを見て、これはマジだと確信する。
「陽介坊ちゃんにその家業を継いで頂きたく、源助様の使われていた品を蔵より出して参りました」
「降魔の?」
爺やは頷く。
「今、こちらの業界では大変な事態となっておりましてな。源助様亡き今、どうしても陽介坊ちゃんのお力が必要なのです」
「親父は前に継がなくていい、って言ってたけど……」
「……私も願わくば、陽介坊ちゃんには平穏な生活をと考えておりましたが、そうも言っていられない状況なのです。どうかお願いします、坊ちゃん」
急に今まで隠されていた家業が降魔という霊媒師の類だと伝えられ、継がなくていいと言われていた家業を継いでくれと言われたり。心の整理がつかない。
俺が返答に困っている内に、爺やは机の端に置いてあった一枚の白い紙切れを俺の目の前に差し出した。
「実は既に、坊ちゃんの名前でひとつ仕事を請けてございます」
「えぇっ?!」
寝耳に水とは、まさにこの事だ。
「明朝、この紙に書かれた場所で依頼人と待ち合わせの予定でございます、坊ちゃん」
「い、いや。そんな急に言われても」
「明日、依頼人との待ち合わせは午前三時三十分です。朝餉は時間に合わせて用意しますから、二時頃にはご起床くださいませ」
爺やの有無を言わさない勢いに俺は抵抗できず、小さく「……はい」と答えてしまった。
果たして俺は、家業をこなせるのだろうか?
玄関の戸を勢いよく開く。首の周りがかゆいのか、千代助は首輪のあたりを足で搔く。
「ほいほい、リード外すからじっとしてて」
千代助の首輪からリードを外し、千代助の足を洗面所から濡れ布巾を持って来て拭いてやる。
「お帰りなさいませ、陽介坊ちゃん」
居間から爺やが出迎えた。千代助は足を拭き終えると、拭いてやった礼の一つも言わずに廊下の向こうへ走り去って行った。
「それで大事な話って?」
「こちらへ」
爺やに促され居間へ入ると、居間の中央に鎮座する木製の机上には見慣れぬ箱がいくつも積み重ねられていた。
「箱?」
爺やは机の前に座り、箱を整頓する。俺もならって机に着いた。
「これには源助様――陽介坊ちゃんのお父上が仕事で使っておられた物が収められております」
俺は爺やに差し出された箱のひとつを開けてみる。
「札に……なんだ、コレ?」
箱の中には神社で見かける護符に似たものや古びた円盤状の鏡、使いのわからない土器のようなものなど、不明な物ばかり入っている。説明がなければ形見といえどガラクタとして処分してしまいそうだ。
「爺や、もしかして話って榊野家の家業についてだったりする?」
親父の仕事道具を引っ張り出してきたという事は、そうに違いないと踏んだ。予想通り、爺やは頷く。が、躊躇う素振りを見せた。
「そのつもりでございますが……」
小学生の頃、親の仕事についての作文が未提出のままで先生に怒られた時の事を思い出す。親父や爺やに聞いてもはぐらかされるばかりで、期限までに書けなかった思い出。
親の仕事がわからないなんてと同級生に笑われた事もあった。自分も榊野家の一員だ、長男だ、知る必要があると親父に理由を付けて話しても、その都度言葉を濁し「お前は家業を継がなくてもいい」だの、一言「すまん」だのと逃げられるばかりで半ば追及するのを諦めていた。が、話すつもりだというのにいざとなって躊躇うとは卑怯ではないか。
「そんなに言い辛い事なの?」
「それは……いえ、源助様亡き今、話さねばなりませんな。心してお聞きください」
俺は爺やの言葉に姿勢を正した。
「榊野家の家業といいますのは、《降魔》と申しまして」
「ごうま?」
聞いた事のない響きだ。
「はい。現代では時に霊媒師、除霊師、拝み屋と別称で活動しております」
「霊媒……」というと。夏にTVや雑誌でよく取り上げられているアレかと思うと、なんだか胡散臭く聞こえる。親父達はそんな胡散臭い家業だから息子の俺に言うのを躊躇ったのだろうか? しかし自分にも霊を視る《霊視》の力がある以上、冗談だとは思えない。
「マジ?」念のために爺やに確認する。
「マジでございます」
いつにも増して真面目な表情をする爺やを見て、これはマジだと確信する。
「陽介坊ちゃんにその家業を継いで頂きたく、源助様の使われていた品を蔵より出して参りました」
「降魔の?」
爺やは頷く。
「今、こちらの業界では大変な事態となっておりましてな。源助様亡き今、どうしても陽介坊ちゃんのお力が必要なのです」
「親父は前に継がなくていい、って言ってたけど……」
「……私も願わくば、陽介坊ちゃんには平穏な生活をと考えておりましたが、そうも言っていられない状況なのです。どうかお願いします、坊ちゃん」
急に今まで隠されていた家業が降魔という霊媒師の類だと伝えられ、継がなくていいと言われていた家業を継いでくれと言われたり。心の整理がつかない。
俺が返答に困っている内に、爺やは机の端に置いてあった一枚の白い紙切れを俺の目の前に差し出した。
「実は既に、坊ちゃんの名前でひとつ仕事を請けてございます」
「えぇっ?!」
寝耳に水とは、まさにこの事だ。
「明朝、この紙に書かれた場所で依頼人と待ち合わせの予定でございます、坊ちゃん」
「い、いや。そんな急に言われても」
「明日、依頼人との待ち合わせは午前三時三十分です。朝餉は時間に合わせて用意しますから、二時頃にはご起床くださいませ」
爺やの有無を言わさない勢いに俺は抵抗できず、小さく「……はい」と答えてしまった。
果たして俺は、家業をこなせるのだろうか?
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