零の英雄譚

ピヨコ

プロローグ2 零から


 「……父上っ!」


 僕は気がつくと屋敷から数km離れた森の中にいた。父は死の間際に最後の力を振り絞って僕をこの森に飛ばしたらしい。

 父が心配だが、とにかく隣町の貴族に救援を要請しなければならない。領内の村に立ち寄り、馬を借りてから隣町へと向かえば2日もかからないうちに辿り着ける。

 村へとついたところでその状況に愕然とした。賊は屋敷へ来る前に村で略奪をおこなっていたのだ。家々からは煙が立ち昇り、辺りは血の海。何度か話をしたことのある村長も自宅の近くで倒れていた。

 感情を殺しながら僕は馬を探した。厩舎はもぬけの空であったが、幸いにも一頭の馬が取り残されていた。

 

 その後、僕は一人で2日かけて隣町の貴族のもとへと駆け込んだ。
 

 「おや、ロノア様ではありませんか!お久しゅうございます。」


 この町、「ウエスト」で私兵を持つことができる貴族はこのパルマル家しか存在しない。

 実は父とは遠縁にあたる人物で、エイジス家は昔はパルマル家の分家にあたる家柄だったらしい。曽祖父の代で国王より伯爵の位を賜ったエイジス家は、子爵家であるパルマル家より立場が上になってしまったというわけだ。

 「パルマル様、私達の屋敷に賊が侵入し、父のおかげで命からがらに逃げて参りました。どうか救援を…!」

 僕はすぐに救援を要請した。遠縁とはいえこちらは伯爵家だ。位の高い貴族からの要請を断ることは原則としてできないはずだ。

 しかし…


 「申し訳ありませんな、ロノア様。エイジス家を攻め入ることのできる戦力を持った賊がすぐ近くまできているのです。私はこの町を守らねばなりませんので。」


 パルマルの答えはNOであった。いくら自分の町を守るためとはいえ、彼の私兵100人の中から数人を偵察に出すくらいはできるはずだ。相手をする気が無いように思える。


 「では国王の元へ使いを出して事態を伝えてはいただけませんか?」


 パルマルは国王に使いを出すことを約束し、しばらく滞在するように勧めてきた。2日の間走りっぱなしだった僕は、食事を摂るとすぐに部屋で眠ってしまうのだった。


 ー「おぼっちゃん、そろそろ起きたらどうですかい?」


 僕は揺れる木の檻の中で目を覚ました。パルマルの屋敷でクスリで眠らされ、何処かに運ばれている途中らしい。

 周りには黒いローブに身を包んだ4人の男性。


 「ようやくお目覚めですか。こちとらずっと重い檻を担がされてて散々ですわい。」


 散々なのはこっちだ。まさかパルマルまで賊とグルだったとは!賊を雇ったのがパルマルという可能性もある。


 「あんたら、僕を何処に運ぶつもり?」


 現在地はよくわからないが、ウエストの近くの森といったらアルジュ地方の中では敵国との境に位置する「コール」だろうか。


 「ぼっちゃんの家の指揮する軍隊が強すぎてなぁ。正面からは勝てないから搦手を使わせて貰ったんだよ。少し金はかかったらしいけどなぁ。」


 聞いてもいないことをペラペラよく喋る。

 向かう先は敵国のようだ。こんな檻も、父上の魔法があれば脱出できるのだろうが、僕は魔法が使えない。完全な丸腰だ。

 それから数分経った頃。


 「おい、何の音だ。」


 急に先頭を歩いていた男が短剣を抜いた。

 耳を澄ませてみると、確かにドスン、ドスンと、大きな動物の足音らしきものが聞こえてくる。

 そしてソレはすぐに目の前に現れた。


 「ふざけんなよ、火竜がこんなところにいるなんて聞いてないぞ!」

 火竜は龍とは違い羽が無く、口から火を吐くオオトカゲといった生物だ。危険度はBランクで、小隊規模(武装した50名)で戦う相手である。

 すぐに4人の男は逃げ出そうとしていたが、先頭の男が踏み潰され、左右にいた2人は尻尾で吹き飛ばされた。残る1人も逃げたところを追いつかれ、大きな顎で噛み付かれ、そのまま飲み込まれた。

 火竜は次に、僕の入っている檻に噛み付いた。木でできた檻など簡単に噛み砕かれたが、一瞬の隙をついて檻の外へと飛び出した。

 外に出ることはできたが、状況は悪いままだ。逃げてもすぐに追いつかれる。

 檻の破片を目の前で構えてみるが、何の意味も無いだろう。様子を伺っていた火竜も僕が無力なのを悟ったのか、大顎を開けながら迫ってきた。

 その時だった。


 「我が言の葉をもって願い奉る、燃え盛る業火よ、我が眼前の敵を焼き尽くせ!」

 「ーー焔火槍(フレイムランス)!ーー」


 詠唱と共に発された炎の槍は、火竜の横っ腹に突き刺さり、爆発を発生させた後で内側から身体を焼いた。

 火竜は炎に苦しみながらも一度大きく吠えると、森の奥へと走り去った。


 「火竜は火を吐くくせに炎熱耐性が高くないのよね。あなた、大丈夫?」


 僕を助けてくれたのは若い金髪のエルフであった。お礼を言おうとした僕だったが、これまでの疲労と、安堵からその場で意識を失ってしまうのであった。



続く






 

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