神様のいないセカイ(Novel Version)
Episode4 キッドナップ(2/2)
市街地の入り組んだ建物の隙間を縫うようにして、ようやく人の往来のある通りへたどり着く。兵士の姿も見え、ここまで来たら誘拐犯は手出しができないだろうと二人は息を切らしながら安堵した。
無理をして走ったせいか、サーマは激しく咳き込む。
「サーマ、大丈夫?」
……見ると、また、血の混じった咳だ。
「大丈夫。でも、少し休憩したいな……」
そう言ったサーマの表情は、全く大丈夫な様子ではなく、血の気が引いて青白く、汗も出ていた。そばにあったへいに寄りかかり、咳が治まるのを待つ。
(どうか、サーマの病気が良くなりますように)
ミカは祈ることしかできない自分がもどかしかった。平和なエラ・シムーのままだったなら、祈りが力になると思えたが、今は祈りはただの気休めでしかないのではないかと、疑心を抱いていた。
祈りよりも、今、サーマに必要なのは適当な環境と薬だ。
エラ・シムーは貧しくても安価で医療を受けられ、移民でさえ衣食住に困らなかったが、今は労働で得た金銭だけでは薬は高価で手が出せない。
以前、バザーの際に民間人から聞いた話では、民間の医師はナセルトゥール軍が戦争のために駆り出して以降、数えるほどしかいないため、引っ張りだこで裕福層でしか予約できない状況だという。
サーマの病状は日に日に悪くなっていくようだった。
咳が治まり、少し歩いて行くと、見慣れた建物があった。いつもとは違う方角から見たせいで、気付きにくかったのだろう。
「ここは……いつも帰り道に通る大通りだね。早く戻らないと……」
恐らく、集合を知らせる鐘が鳴ってからずいぶん時間が経っただろう。集合地で点呼が行われ、いないことが判明したなら、戻っても罰が待っているだろうが、戻らなければ逃亡者として、尚、悪い扱いを受けるのは目に見えていた。
「お前ら! 無事だったか!」
ミカとサーマの姿を見つけ、バザーのほうからイツハークが駆けて来た。
「イツハークさん?!」
「最近、ここらに物騒な組織がまぎれ込んでるらしくてな。二人とも、いつまで経っても戻って来ねぇから、探してたところだ」
イツハークの後から、ジオや他の衛兵もやって来る。
「物騒……それって、僕たちを、誘拐しようとした連中のことですか……?」
「……なんだって?」
サーマの言葉に、イツハークは片眉を吊り上げた。
「ぼくたち、戻る途中で、黒ずくめの人たちにさらわれそうになったんだ。サーマが――」
サーマが助けてくれた。ミカがそう続けようとした時、サーマは軽くミカの肩を叩き、頭を横に振る。はっとして、ミカは言い直した。
「じゃなくて……えっと……なんとか逃げて来れたけど」
短剣で誘拐犯を殺したことは下手に言わないほうがいい。しかし、逃げて来られたのは、ほとんどサーマのお陰なのだ。サーマが助けてくれたことは、どちらにせよ間違ってはいないが、サーマにとっては差し支えのある表現なのだろうか。
「……ジオ」
イツハークは考え込むように顎髭を触って、ジオを呼んだ。
「ああ。今やこの国だけじゃない。長年の戦争のために、労働者、後継者不足が続いていて、人さらいが横行している。今回の件は、いくら貴重な労働力としか見ていないにしても、監視があまりにもずさんだ……」
ミカとサーマが見聞した通りなら、戻る道で通行人や監視兵が集まらなくてはならないような騒動を、誘拐犯たちのボスが起こしたのだろう。
「あとは僕たち衛兵たちに任せて、君たちは、イツハークと一緒に戻ってくれ」
「……例の件、よろしくな」
「わかってる。お前もうまくやれよ」
イツハークとジオは親しい様子で言葉を交し、別れた。
(イツハークさんとジオさん……並ぶと、雰囲気が似てるな)
褐色の肌と、金色の髪、空のように青い目。時々見せる優しい眼差しはそっくりだ。兄弟か、親戚ではないかと思わせるような姿だ。
「どうした、ミカ? 俺の顔になんかついてるか?」
じっとイツハークの横顔を見ていたのを気付かれ、急に恥ずかしくなってうつむく。
「ううん。なんでもない」
「ついてんのはヒゲくらいだろ? ハハハ、不安がらなくても大丈夫だ。お前たちはキッドナップに遭ったんだ、罰則はチャラだ。ちゃ~んとメシも用意されてるぞ」
不安そうに見えたのか、イツハークは二人の不安を取り除こうと、おどけながら言った。
「本当?」
「ジオが全部お上に話してくれるからな。誘拐犯を摘発できりゃ、あいつらのお手柄になるわけだし。まあ、後々、情報提供しろって言われるかもしれんけどな」
正直、食事が抜きにならなくて助かる思いだった。
サーマは相変わらずイツハークの前では不機嫌そうだったが、二人はイツハークの先導で集合地へ向かい、労働部屋へと戻った。
無理をして走ったせいか、サーマは激しく咳き込む。
「サーマ、大丈夫?」
……見ると、また、血の混じった咳だ。
「大丈夫。でも、少し休憩したいな……」
そう言ったサーマの表情は、全く大丈夫な様子ではなく、血の気が引いて青白く、汗も出ていた。そばにあったへいに寄りかかり、咳が治まるのを待つ。
(どうか、サーマの病気が良くなりますように)
ミカは祈ることしかできない自分がもどかしかった。平和なエラ・シムーのままだったなら、祈りが力になると思えたが、今は祈りはただの気休めでしかないのではないかと、疑心を抱いていた。
祈りよりも、今、サーマに必要なのは適当な環境と薬だ。
エラ・シムーは貧しくても安価で医療を受けられ、移民でさえ衣食住に困らなかったが、今は労働で得た金銭だけでは薬は高価で手が出せない。
以前、バザーの際に民間人から聞いた話では、民間の医師はナセルトゥール軍が戦争のために駆り出して以降、数えるほどしかいないため、引っ張りだこで裕福層でしか予約できない状況だという。
サーマの病状は日に日に悪くなっていくようだった。
咳が治まり、少し歩いて行くと、見慣れた建物があった。いつもとは違う方角から見たせいで、気付きにくかったのだろう。
「ここは……いつも帰り道に通る大通りだね。早く戻らないと……」
恐らく、集合を知らせる鐘が鳴ってからずいぶん時間が経っただろう。集合地で点呼が行われ、いないことが判明したなら、戻っても罰が待っているだろうが、戻らなければ逃亡者として、尚、悪い扱いを受けるのは目に見えていた。
「お前ら! 無事だったか!」
ミカとサーマの姿を見つけ、バザーのほうからイツハークが駆けて来た。
「イツハークさん?!」
「最近、ここらに物騒な組織がまぎれ込んでるらしくてな。二人とも、いつまで経っても戻って来ねぇから、探してたところだ」
イツハークの後から、ジオや他の衛兵もやって来る。
「物騒……それって、僕たちを、誘拐しようとした連中のことですか……?」
「……なんだって?」
サーマの言葉に、イツハークは片眉を吊り上げた。
「ぼくたち、戻る途中で、黒ずくめの人たちにさらわれそうになったんだ。サーマが――」
サーマが助けてくれた。ミカがそう続けようとした時、サーマは軽くミカの肩を叩き、頭を横に振る。はっとして、ミカは言い直した。
「じゃなくて……えっと……なんとか逃げて来れたけど」
短剣で誘拐犯を殺したことは下手に言わないほうがいい。しかし、逃げて来られたのは、ほとんどサーマのお陰なのだ。サーマが助けてくれたことは、どちらにせよ間違ってはいないが、サーマにとっては差し支えのある表現なのだろうか。
「……ジオ」
イツハークは考え込むように顎髭を触って、ジオを呼んだ。
「ああ。今やこの国だけじゃない。長年の戦争のために、労働者、後継者不足が続いていて、人さらいが横行している。今回の件は、いくら貴重な労働力としか見ていないにしても、監視があまりにもずさんだ……」
ミカとサーマが見聞した通りなら、戻る道で通行人や監視兵が集まらなくてはならないような騒動を、誘拐犯たちのボスが起こしたのだろう。
「あとは僕たち衛兵たちに任せて、君たちは、イツハークと一緒に戻ってくれ」
「……例の件、よろしくな」
「わかってる。お前もうまくやれよ」
イツハークとジオは親しい様子で言葉を交し、別れた。
(イツハークさんとジオさん……並ぶと、雰囲気が似てるな)
褐色の肌と、金色の髪、空のように青い目。時々見せる優しい眼差しはそっくりだ。兄弟か、親戚ではないかと思わせるような姿だ。
「どうした、ミカ? 俺の顔になんかついてるか?」
じっとイツハークの横顔を見ていたのを気付かれ、急に恥ずかしくなってうつむく。
「ううん。なんでもない」
「ついてんのはヒゲくらいだろ? ハハハ、不安がらなくても大丈夫だ。お前たちはキッドナップに遭ったんだ、罰則はチャラだ。ちゃ~んとメシも用意されてるぞ」
不安そうに見えたのか、イツハークは二人の不安を取り除こうと、おどけながら言った。
「本当?」
「ジオが全部お上に話してくれるからな。誘拐犯を摘発できりゃ、あいつらのお手柄になるわけだし。まあ、後々、情報提供しろって言われるかもしれんけどな」
正直、食事が抜きにならなくて助かる思いだった。
サーマは相変わらずイツハークの前では不機嫌そうだったが、二人はイツハークの先導で集合地へ向かい、労働部屋へと戻った。
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